問いと顛倒
この場面で、物語が展開していきます。
僕は徐々に彼女に近づいていく。
そうすることで僕は、暗がりで朧げだった彼女のシルエットを、
より鮮明な輪郭へと更新していくことができた。
僕の足跡を起点とする微妙な明かりが、彼女をローアングルから照らし出して、
白くほっそりとしたその足に、
ふっくらとして柔らかな印象を添えているように思われた。
そんな彼女は、僕に背を向けた状態で自らの細身な肢体を、
極めてナチュラルに直立させていた。
時折、体重をかける方の足を変えることがあって、
その度に僕は、スレンダーであるがゆえに際立つ彼女の骨盤周りの艶美な曲線を、
着ていた黒の緩いドレスの薄布越しにしっかりと確認できたのだ。
僕はすっかり見惚れてしまって、彼女へとさらに近づいていった。
暗さ故に見分けにくかった彼女の髪が、
肩よりも高い位置で一様に裁断されていることに気づいた頃だった。
「あなたは、自分が本質的に善い人間だと思う?」
僕に背を向けたままで、突拍子もなく彼女はそう問うた。
だから僕は、冷水をかけられて夢から目を醒ました気分になって、
「そ、そんなことは分からないさ。なにせ僕は自分が何者で、
ここがどこかも分からないんでね。」
少し、言葉を詰まらせながらも、極力流暢に聞こえるように僕はそう答えた。
「僕の方からもいくつか貴女に尋ねたいことがあるんだけど、良いかな?」
「良いわよ。」
「君は一体誰で、この暗い領域は何であって、
・・・この世界はなぜ存在するんだい?」
「随分と質問が多いのね。けれども残念、どの問いにも私は答えられないわ。
私だって、自分が誰なのかさえも分からないんですもの。」
彼女はそう言って、素っ気なく僕に答えを寄越したのだが、
このとき初めて彼女は振り返って僕の方を向いたのだった。
どこか見覚えのある顔だと言えば、そうでないとは言えないこともない。
首筋からスッと自然な角度で上方へ伸びて行く下顎骨、上唇と比べて少し分厚い下唇、存在を主張しない頬骨、耳の上を回り込む形で掻き上げられたしなやかで艶めいた黒髪、それら総てが相俟って、僕と同じ年齢くらいであるはずの彼女に、それよりも少しだけ幼い印象を与えるのだった。
「そうかい、それは残念だ。」
僕は、彼女の顔に魅入ってしまい、つい適当な相槌を打ったのだった。
「ねぇ、少し歩きましょうよ?
せっかくこんな伽藍堂な世界に年頃の男女が二人でいるのよ?
何もしないままなんて、勿体無いじゃない?」
彼女の悪戯っぽい笑い方には、僕の琴線に触れるものがあった。
「いいね。なんだかロマンチックで。」
僕は即答した。
そんな訳で、彼女と僕は一緒に歩き始めた。
彼女の積極性と、僕の受動性がうまく噛み合って、
道中は楽しく談笑したのだった。腕を伸ばせば手を繋いで歩くこともできる距離感で、然し乍ら僕たちは敢えてそうせずに、彼女が僕の半歩だけ前を歩くのだった。
そして僕たちは弾んだ会話に気を取られ、
別段注意も払わず仄暗いドームの世界から外に出てしまった。
薄暗がりに目が慣れていたこともあって、
外の明るさは僕の目を刺すように感ぜられた。
結果として僕たちの会話は一旦中断され、
その間僕は、自身の虹彩が十全に機能するのを待つより他なかった。
白い閃光の中で、僕の視覚機能は漸く正常さを取り戻してきた。
「っ・・・眩しいな。君はもう平気かい?」
僕は彼女に語りかける。
しかし、その返事はすぐには返ってこなかった。
その不自然な休符が、僕の許容できる範囲を超えたので、
僕は、彼女がいるだろうと思われる方へ目を向けた。
彼女は俯せに倒れていた。




