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かませ犬、いかがですか?  作者: 鷲野高山
一章 かませ犬と名家の落ちこぼれ騎士
5/7

四話 落ちこぼれの理由

仕事が忙しく、半年近くぶりの投稿となりますが、よろしくお願いします。

 ――ビュマス家。


 その単語を聞いた瞬間、クーが抱いていた疑問は氷解した。


「……なるほど」


 ――なぜ、アルバンス家が大して有名でもない『アンダードッグ』を知っていたのか。

 ――知っていたとしてなぜ、アルバンス家ほどの騎士の名家が、依頼の話を持ち掛けてくるという行動(アクション)に踏み切ったのか。


 非常に不可解であったが、それにビュマス家が絡んでくるとなると、話は変わる。

 ビュマス家というのは、アルバンス家と同じく騎士の家系だ。とはいえ、アルバンス家よりも地位は低く、知名度も然り。だが、悪い噂の聞かない一族である。


 さて、そんなビュマス家だが――過去に一度だけ、『アンダードッグ』と関わったことがあった。

 ビュマス家というよりは、正確にはその娘が、であるが。依頼があったわけではなく、偶々、偶然。


「ビュマス家の方から、お聞きになったのですね? 『アンダードッグ』のこと。そして――俺に憑紋(ひょうもん)があることを?」


 ヨシュアの言葉から、クーは確認するように彼を見た。


 ――憑紋(・・)

 それは神が――より正確に言えば神の一部たる力が、人間に憑いた際にその身に浮かび上がる、紋様のことである。

 古来より、神々は己が気に入った存在に、また力を与えるに相応しいと判断した存在に、その力を、加護を与えてきた。

 その証が形となって刻まれたのが、憑紋。神が憑きし、紋様。


「うむ。とはいえ、少々賭けではあったがな」


 クーの視線を受けたヨシュアは軽く頷き、その声色に苦笑を混ぜた。


「付き合いが深く、信があるとはいえ、ビュマス家の言だけでは少々弱い。なにしろ、我が息子――ひいてはアルバンス家に関わる重要なことだ。――無論、ビュマス家を信用していないわけではないが……なにせ、私との面識はない上、聞いたことのない人物に、その肩書(・・)。フランツを任せるどころか、そも下手に話を持っていくことすらできぬ」

「まあ、そうでしょうね。そちらからすれば、こちらはかなりぼんやりとした……いうなれば、怪しい輩。何かあった際のリスクを考えれば、接触しないに越したことはないでしょう」

「その通り。だが、聞けばその者には憑紋があるという」


 ――憑紋がある。

 それ即ち、その存在は神に認められたと同義ということだ。


 数多いるとされている神々ではあるが、中には己の力を人間に授けていない神も稀ではない。

 加え、そこに含まれない神も、そう易々と己の力を振りまくわけもなく。真に気に入った者の一人、二人。或いは、その家系など。別段、大勢に力を授けているわけではない。


 故に。当然といえば当然の帰結で、憑紋を持つ人間は希少。圧倒的に少ない。


「――神に認められた証たる、憑紋。それになにより、ビュマス家の勧め。その二つの要素を無下にできず、私は悩んだ」

「…………」

「そして、決めた。会うだけ会い、話をしてみようと。そこでもし、フランツを任せられぬと判断したならば。フランツの話は出さず、別の話を用件として終えるつもりであった。ビュマス家の推薦もそうだが――個人的には、中々興味深い肩書(・・・・・・)ではあったのでな」


 ヨシュアは、そこで言葉を切ると。

 クーを暫し見据えた後――やがて、破顔した。


「だが君は早々、私の思惑を飛び越えた。よもや、こちらが切り出すかどうかを考えていたフランツの件を、逆に切り出されるとは思わなんだ」


 朗らかな口調のヨシュアに対し、しかしクーは声を上げる。


「……ですが、こちらのことを知った上でのお呼びのはず。ともすれば、その対象が誰かはともかく、こちらとしてもある程度内容が想定できる、というのはそちらも理解の上では?」

「確かに。情報を探ろうと思えば、騎士学園でのフランツの評価に行き着き、推察することはできただろうな。だが、君は私こう言った」


 ――先程庭で剣を振るっていた、ご子息のことでしょうか?


「騎士学園に通っている、ではなく、庭で剣を振るっていたフランツ、と。他者の目を介した、情報の上での息子ではなく、直に見た、と」

「……はい」


 はっきり言えば、クー達がフランツを知ったのは偶然。本当に偶々、この場に案内されている最中に、遠くから見た程度だ。


 元より、胡散臭さ満点――というよりは、本当に彼の騎士の名家が依頼なぞするのか、という思いがクーの頭に絶えずあった。

 ついでに言うなら、仮に本当に依頼があったとしても、是が非でもと飛びつきたかったわけでもない。

 依頼を受けるにあたってのクーの中の理念――信念は、ただの一つ。例え依頼主が名家であろうが、それは揺らぐことはない。

 つまり、話のあった時点(・・・・・・・)ではそこまで乗り気でもなかったため、そういったアルバンス家の事情は調べる気も――そもそも時間もさほどなかったのである。


「だから私は、君に聞きたくなった。そしてその問いに対し、君はこう答えた」


 ――剣に迷いあり。それは優しさからくるがゆえ。

 ――しかし、素晴らしい才能を秘めている。


「ええ」 

「……余り言いたいものでもないが、騎士学園でのフランツの評価は、よくない。実力を基に振り分けられるクラスは、中位。ただしそれも、本来は最下位のクラスであったのを、我がアルバンス家が学園に無理を通してなんとか面目を保たせた、とそういう噂があると聞く」


 ――あると聞く、というのはつまり、アルバンス家当主であるヨシュアはそういった行いはしていない、ということだろうか。

 となれば、名家であるアルバンス家であるがゆえに、学園側が独断で配慮を行ったのかもしれない。

 或いは、フランツをある程度は評価した人間がいるということか。

 まあ考えても詮無き事、とクーは静かに耳を傾ける。


「表立って馬鹿にする者は少ないが、『アルバンス家の次男は落ちこぼれ』、『アルバンス家の次男は剣をまともに振れぬ腰抜け』などと、フランツを貶める陰口が出回っているそうだ。しまいには――」


 と、ここでヨシュアが、なんとも言い難いことがあるように、その言葉を止めた。

 その様子に片眉を上げ、クーは口を挟む。


「……お話になりたくなければ――」

「いや、構わん。甚だ不本意ではあるが、私の口から告げねばなるまい。……もっとも、君達の元には既に情報が届いているかもしれんがな」


 クーがやんわりと上げた声を遮り、ヨシュアは振り切るように断言すると。

 右腕を持ち上げ、その手の甲をクー達に見せつけるように掲げた。


 そこに刻まれしは、彼の髪と等しき、朱き紋様。

 獣――遠吠えを上げる狼に、それを囲う炎の如き揺らめき。


 それこそは、まさに。


「我がアルバンス家は代々、その身に憑紋を宿すことを許された一族だ。時期に個人差はあるが、遅くとも騎士学園に入学する年齢となる前には、憑紋が現れるのが通例だとされている」


 ――軍神、アレスの憑紋。アルバンス家が代々力を受け継ぐ、加護。


 軍神を謳われた神が一柱、アレス。その祝福を受けた者は、炎の力を得る。


 ヨシュアに説明されるまでもなく、クーは知っていた。というより、聞いていた。

 なにせ、自身の隣にいるのは。その、神アレスの――いや、現存する全ての神々のかませ犬を務めた存在なのだから。


「しかし、どういうわけか、あの子の――フランツの身体に、未だ憑紋は現れていない。フランツ以外の我が子にはあるというのに、だ。はっきり言えば、前代未聞だ。過去、我がアルバンス家――ひいては、代々憑紋を受け継ぐ他の家系とて、そのような事例は確認されていない」


 その続きは、なんとなくクーにも想像できた。

 つまり――。


「『フランツ・アルバンスは、実はアルバンス家の人間ではないのではないか』。そんな噂が広まってしまっている」


 ……なんとも、非常に答えづらい。

 相槌を打つべきか、打たぬべきか。若干視線を彷徨わせるクー。ふと、その目が隣に座るペラの顔を捉えた。

 表面上は、まあ真剣に聞き入っているようではある。ヨシュアと会話を始めた時と、態度はそれほど変わっていない。


 だが、クーには分かる。


 ……あ、これは怒ってんな。


 自らがべた褒めした人間(存在)が、そのような評価に甘んじているのが許容できないのだろう。或いは、その才がか。

 と、そんなクーの視線に気付いたのか。ペラが微かに、しかし確りとクーを見た。


 彼女の、その眼底が光る。

 そこに込められた意思は、確認するまでもない。


 ……はいはい、断るなっていうんだろう。分かってるって。


 一体どれだけ気に入ったのか。

 もっとも、剣に表れるほどの優しさを持っているなら、恐らく性格は悪くないのだろうが。


「フランツは、間違いなく私の子だ。……だが、私があの子の才能について声を上げたところで意味は無く、もとよりフランツのためにならない。重要なのは、あの子が、あの子の意思で剣を取ること。さすれば神アレスも、フランツを認めてくださるだろう」


 弱く息を吐きだし、されど力強い確信をもって。

 ヨシュアは、己が右手を――その甲に刻まれた憑紋を見つめて、言い切った。

 されど、見ようによっては何処か縋るようでもあった――そんなヨシュアの様子に対して。


「――ええ、間違いなく。……もしそうならなければ、私が直接アレス君にお話し(・・・)しにいきます」


 前半は、きっぱりと。後半は、隣のクーでもギリギリ聞こえる程度で、囁くように。

 ペラが、ヨシュアを真っすぐに見据えて、言った。


 ここまでクーが主導で話をしていただけに。このタイミングで突如声を発したペラを、ヨシュアは暫し虚をつかれたようにじっと見て。

 やがて、その顔に笑みが戻り。ありがとう、とヨシュアはペラに軽く言葉をかけた。

 それに応じるようにペラが小さく頭を下げたのを見て、さて、とヨシュアはクーに向き直る。


「……もっとも、学園の中にも、あの子に才を感じている者がいないわけではない。が、そう多くはないだろう。なにせ、実績として伴っていないのだからな。……このような言葉で済ませたくはないが、仕方がないといえば仕方がない。目に見える形として、実績というものは重要なものだ。――しかし」


 思わせぶりに言葉を切ったヨシュアに、クーはペラへと若干傾けていた意識を戻す。


「しかし、君――或いは君達は、見抜いた。……いや、見抜いたというには語弊があるな。正しく言い換えれば、フランツに才があると感じた」


 確かに、語弊と言えば語弊ではある。

 ヨシュアはフランツに才能があると確信しているようだが、如何せん、そのフランツが才を発揮していないのだ。


「それも、この部屋に来る途中という、極めて短い時間の中で。……その齢にして、大した眼力だ」


 真実とは異なるが、あくまで自然体に、クーはヨシュアの言葉を受ける。


「あの瞬間、私は君達にある程度の信を置いた。成る程、その肩書――かませ犬屋(・・・・・)という、中々に不思議な仕事を名乗り、こなしているだけある、と」


 ヨシュアは手放し――であるかは微妙だが――で賞賛するが、もちろん買い被りである。

 あの時――庭で剣を振る少年(フランツ)を見た時、クーは何も感じなかった。それこそただ、あの少年は剣を振っているな、ぐらいにしか。


 見抜いたのは、あくまでペラ。かませ犬の女神。

 名無しのかませ犬、クーではない。そも、そんな人を見る才すらないのだから、クーは己をかませ犬だと自覚しているのだ。


「無論、私とて何もしなかったわけではない。どうにかあの子にその気を出させようと、考えつくことは試した。……が、結果は知っての通りだ」


 その言葉尻からは、悔しさが滲み出ている。

 叶うことなら、一族が――親たる自分が、解決したかったことだろう。

 だが、できなかった。できなかったからこそ、クーはこの場にいるのだ。


「しかし、どうしても私ではできなかったことがある。つまり――同年代からの刺激だ」


 ああ、成る程。

 合点がいった、とクーは内心で頷く。だから、先の話に繋がるのだと。

 そういう理由となると、ヨシュアの提案は不自然なものではない。むしろ、自然だった。


「だから、学園の生徒として潜り込ませる、ということですか」

「いかにも。無論、学園での生活中の費用は、こちらが支援するつもりだ。……やってくれるかね?」


 正直に言えば、学園生活というのが、クーには少し抵抗があったが。

 だがしかし、断る、という選択肢はクーにはなかった。


 ――かませ犬とは、導くものであり、教育者でもある。


 ペラの口癖だ。かませ犬を司る、女神ペラの信条。

 

 否、とでも断ろうものなら、その瞬間に満面の笑みのペラによって、――きっとろくでもないことが起きるだろう。

 だが、逃げ道は用意させてもらう。もっとも、話を聞く限り、要らぬ心配だとは思うが。

 しかしそれが、クーの。名無しのかませ犬なりの、信条だ。


「分かりました。……ただし、一つ」

「なにかね?」


 じっと、ペラがクーを見つめているのが、気配で分かる。

 横顔にじっと注がれるそれを無視して、クーは宣言した。


「それほど懸念してはおりませんが、もし彼が好ましくない人柄であった場合――つまりは、私が彼と会い、言葉を交わした際に、かませ犬になりたくないと感じた場合。その時は、断らせていただきたい。これは依頼の話があった時の、私の譲れない一線です」


 ――こちらとて、進んで踏み台となるならば、選ぶ権利はある。


 強い意志をもって、クーはヨシュアの、その瞳を見た。


「…………」


 ヨシュアと、クーの視線が交差する。

 暫しの沈黙。

 

「……問題ない。では、かませ犬屋『アンダードッグ』に、正式に依頼とさせていただこう」

「「ありがとうございます」」


 クーとペラ、二人揃って頭を下げる。


 その後は、特にめぼしい会話はなく。軽く雑談をする程度で、アルバンス家と『アンダードッグ』の邂逅は終了した。

 詳しい話はまた、編入試験の時期が近づく、数週間後に。


 そう取り決めて、クーとペラは、椅子から立ち上がる。

 一拍遅れて、ヨシュアも立ち上がった。


 そういえば、とふと、クーは思い出したように声を上げた。


「ビュマス家から話しを伺った、とのことですが。私が、如何な神の憑紋を宿しているかはご存知で?」

「ん? ああいや、聞いてはいないな。ビュマス家からは、もし依頼をする気になっても、色々詮索はしないように、と忠告を受けている。そもそも私が聞いたのは、君達の存在と依頼の方法、そしてその者達には憑紋がある、ということだけだ」


 ――我が事ながら、これでよく依頼が来たな。


 改めて、そうクーは思う。

 『アンダードッグ』の存在を知る者に、他者へ教えないことは強制していない。そんなことをしたら、存在は広まらず、依頼など来るわけがないからだ。

 ただ、極力多くは漏らさないよう、というお願いをしているだけ。


「その仕事上、色々と伏せるに越したことはない、というのは理解できる故、忠告の通り詮索はしないし、なに、ビュマス家にも聞くつもりはない」


 ヨシュアは、そう苦笑を零すと。

 最後に、朗らかな笑みを見せ、こう言った。


「私は、君達をこの目で見て、その声をこの耳で聞いて、信じた。それ以上でも、以下でもない。……憑紋を見せられずとも、君達からは大いなる力――即ち神の、人ではない存在の片鱗を感じる。それで充分だ」


 ――まあ、俺に宿る憑紋どころか、その本体がここにいるわけだが。


 などとは当然言えるわけもなく。

 クーは頭を下げると、ペラと共にアルバンス家を後にするのであった。

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