四話 落ちこぼれの理由
仕事が忙しく、半年近くぶりの投稿となりますが、よろしくお願いします。
――ビュマス家。
その単語を聞いた瞬間、クーが抱いていた疑問は氷解した。
「……なるほど」
――なぜ、アルバンス家が大して有名でもない『アンダードッグ』を知っていたのか。
――知っていたとしてなぜ、アルバンス家ほどの騎士の名家が、依頼の話を持ち掛けてくるという行動に踏み切ったのか。
非常に不可解であったが、それにビュマス家が絡んでくるとなると、話は変わる。
ビュマス家というのは、アルバンス家と同じく騎士の家系だ。とはいえ、アルバンス家よりも地位は低く、知名度も然り。だが、悪い噂の聞かない一族である。
さて、そんなビュマス家だが――過去に一度だけ、『アンダードッグ』と関わったことがあった。
ビュマス家というよりは、正確にはその娘が、であるが。依頼があったわけではなく、偶々、偶然。
「ビュマス家の方から、お聞きになったのですね? 『アンダードッグ』のこと。そして――俺に憑紋があることを?」
ヨシュアの言葉から、クーは確認するように彼を見た。
――憑紋。
それは神が――より正確に言えば神の一部たる力が、人間に憑いた際にその身に浮かび上がる、紋様のことである。
古来より、神々は己が気に入った存在に、また力を与えるに相応しいと判断した存在に、その力を、加護を与えてきた。
その証が形となって刻まれたのが、憑紋。神が憑きし、紋様。
「うむ。とはいえ、少々賭けではあったがな」
クーの視線を受けたヨシュアは軽く頷き、その声色に苦笑を混ぜた。
「付き合いが深く、信があるとはいえ、ビュマス家の言だけでは少々弱い。なにしろ、我が息子――ひいてはアルバンス家に関わる重要なことだ。――無論、ビュマス家を信用していないわけではないが……なにせ、私との面識はない上、聞いたことのない人物に、その肩書。フランツを任せるどころか、そも下手に話を持っていくことすらできぬ」
「まあ、そうでしょうね。そちらからすれば、こちらはかなりぼんやりとした……いうなれば、怪しい輩。何かあった際のリスクを考えれば、接触しないに越したことはないでしょう」
「その通り。だが、聞けばその者には憑紋があるという」
――憑紋がある。
それ即ち、その存在は神に認められたと同義ということだ。
数多いるとされている神々ではあるが、中には己の力を人間に授けていない神も稀ではない。
加え、そこに含まれない神も、そう易々と己の力を振りまくわけもなく。真に気に入った者の一人、二人。或いは、その家系など。別段、大勢に力を授けているわけではない。
故に。当然といえば当然の帰結で、憑紋を持つ人間は希少。圧倒的に少ない。
「――神に認められた証たる、憑紋。それになにより、ビュマス家の勧め。その二つの要素を無下にできず、私は悩んだ」
「…………」
「そして、決めた。会うだけ会い、話をしてみようと。そこでもし、フランツを任せられぬと判断したならば。フランツの話は出さず、別の話を用件として終えるつもりであった。ビュマス家の推薦もそうだが――個人的には、中々興味深い肩書ではあったのでな」
ヨシュアは、そこで言葉を切ると。
クーを暫し見据えた後――やがて、破顔した。
「だが君は早々、私の思惑を飛び越えた。よもや、こちらが切り出すかどうかを考えていたフランツの件を、逆に切り出されるとは思わなんだ」
朗らかな口調のヨシュアに対し、しかしクーは声を上げる。
「……ですが、こちらのことを知った上でのお呼びのはず。ともすれば、その対象が誰かはともかく、こちらとしてもある程度内容が想定できる、というのはそちらも理解の上では?」
「確かに。情報を探ろうと思えば、騎士学園でのフランツの評価に行き着き、推察することはできただろうな。だが、君は私こう言った」
――先程庭で剣を振るっていた、ご子息のことでしょうか?
「騎士学園に通っている、ではなく、庭で剣を振るっていたフランツ、と。他者の目を介した、情報の上での息子ではなく、直に見た、と」
「……はい」
はっきり言えば、クー達がフランツを知ったのは偶然。本当に偶々、この場に案内されている最中に、遠くから見た程度だ。
元より、胡散臭さ満点――というよりは、本当に彼の騎士の名家が依頼なぞするのか、という思いがクーの頭に絶えずあった。
ついでに言うなら、仮に本当に依頼があったとしても、是が非でもと飛びつきたかったわけでもない。
依頼を受けるにあたってのクーの中の理念――信念は、ただの一つ。例え依頼主が名家であろうが、それは揺らぐことはない。
つまり、話のあった時点ではそこまで乗り気でもなかったため、そういったアルバンス家の事情は調べる気も――そもそも時間もさほどなかったのである。
「だから私は、君に聞きたくなった。そしてその問いに対し、君はこう答えた」
――剣に迷いあり。それは優しさからくるがゆえ。
――しかし、素晴らしい才能を秘めている。
「ええ」
「……余り言いたいものでもないが、騎士学園でのフランツの評価は、よくない。実力を基に振り分けられるクラスは、中位。ただしそれも、本来は最下位のクラスであったのを、我がアルバンス家が学園に無理を通してなんとか面目を保たせた、とそういう噂があると聞く」
――あると聞く、というのはつまり、アルバンス家当主であるヨシュアはそういった行いはしていない、ということだろうか。
となれば、名家であるアルバンス家であるがゆえに、学園側が独断で配慮を行ったのかもしれない。
或いは、フランツをある程度は評価した人間がいるということか。
まあ考えても詮無き事、とクーは静かに耳を傾ける。
「表立って馬鹿にする者は少ないが、『アルバンス家の次男は落ちこぼれ』、『アルバンス家の次男は剣をまともに振れぬ腰抜け』などと、フランツを貶める陰口が出回っているそうだ。しまいには――」
と、ここでヨシュアが、なんとも言い難いことがあるように、その言葉を止めた。
その様子に片眉を上げ、クーは口を挟む。
「……お話になりたくなければ――」
「いや、構わん。甚だ不本意ではあるが、私の口から告げねばなるまい。……もっとも、君達の元には既に情報が届いているかもしれんがな」
クーがやんわりと上げた声を遮り、ヨシュアは振り切るように断言すると。
右腕を持ち上げ、その手の甲をクー達に見せつけるように掲げた。
そこに刻まれしは、彼の髪と等しき、朱き紋様。
獣――遠吠えを上げる狼に、それを囲う炎の如き揺らめき。
それこそは、まさに。
「我がアルバンス家は代々、その身に憑紋を宿すことを許された一族だ。時期に個人差はあるが、遅くとも騎士学園に入学する年齢となる前には、憑紋が現れるのが通例だとされている」
――軍神、アレスの憑紋。アルバンス家が代々力を受け継ぐ、加護。
軍神を謳われた神が一柱、アレス。その祝福を受けた者は、炎の力を得る。
ヨシュアに説明されるまでもなく、クーは知っていた。というより、聞いていた。
なにせ、自身の隣にいるのは。その、神アレスの――いや、現存する全ての神々のかませ犬を務めた存在なのだから。
「しかし、どういうわけか、あの子の――フランツの身体に、未だ憑紋は現れていない。フランツ以外の我が子にはあるというのに、だ。はっきり言えば、前代未聞だ。過去、我がアルバンス家――ひいては、代々憑紋を受け継ぐ他の家系とて、そのような事例は確認されていない」
その続きは、なんとなくクーにも想像できた。
つまり――。
「『フランツ・アルバンスは、実はアルバンス家の人間ではないのではないか』。そんな噂が広まってしまっている」
……なんとも、非常に答えづらい。
相槌を打つべきか、打たぬべきか。若干視線を彷徨わせるクー。ふと、その目が隣に座るペラの顔を捉えた。
表面上は、まあ真剣に聞き入っているようではある。ヨシュアと会話を始めた時と、態度はそれほど変わっていない。
だが、クーには分かる。
……あ、これは怒ってんな。
自らがべた褒めした人間が、そのような評価に甘んじているのが許容できないのだろう。或いは、その才がか。
と、そんなクーの視線に気付いたのか。ペラが微かに、しかし確りとクーを見た。
彼女の、その眼底が光る。
そこに込められた意思は、確認するまでもない。
……はいはい、断るなっていうんだろう。分かってるって。
一体どれだけ気に入ったのか。
もっとも、剣に表れるほどの優しさを持っているなら、恐らく性格は悪くないのだろうが。
「フランツは、間違いなく私の子だ。……だが、私があの子の才能について声を上げたところで意味は無く、もとよりフランツのためにならない。重要なのは、あの子が、あの子の意思で剣を取ること。さすれば神アレスも、フランツを認めてくださるだろう」
弱く息を吐きだし、されど力強い確信をもって。
ヨシュアは、己が右手を――その甲に刻まれた憑紋を見つめて、言い切った。
されど、見ようによっては何処か縋るようでもあった――そんなヨシュアの様子に対して。
「――ええ、間違いなく。……もしそうならなければ、私が直接アレス君にお話ししにいきます」
前半は、きっぱりと。後半は、隣のクーでもギリギリ聞こえる程度で、囁くように。
ペラが、ヨシュアを真っすぐに見据えて、言った。
ここまでクーが主導で話をしていただけに。このタイミングで突如声を発したペラを、ヨシュアは暫し虚をつかれたようにじっと見て。
やがて、その顔に笑みが戻り。ありがとう、とヨシュアはペラに軽く言葉をかけた。
それに応じるようにペラが小さく頭を下げたのを見て、さて、とヨシュアはクーに向き直る。
「……もっとも、学園の中にも、あの子に才を感じている者がいないわけではない。が、そう多くはないだろう。なにせ、実績として伴っていないのだからな。……このような言葉で済ませたくはないが、仕方がないといえば仕方がない。目に見える形として、実績というものは重要なものだ。――しかし」
思わせぶりに言葉を切ったヨシュアに、クーはペラへと若干傾けていた意識を戻す。
「しかし、君――或いは君達は、見抜いた。……いや、見抜いたというには語弊があるな。正しく言い換えれば、フランツに才があると感じた」
確かに、語弊と言えば語弊ではある。
ヨシュアはフランツに才能があると確信しているようだが、如何せん、そのフランツが才を発揮していないのだ。
「それも、この部屋に来る途中という、極めて短い時間の中で。……その齢にして、大した眼力だ」
真実とは異なるが、あくまで自然体に、クーはヨシュアの言葉を受ける。
「あの瞬間、私は君達にある程度の信を置いた。成る程、その肩書――かませ犬屋という、中々に不思議な仕事を名乗り、こなしているだけある、と」
ヨシュアは手放し――であるかは微妙だが――で賞賛するが、もちろん買い被りである。
あの時――庭で剣を振る少年を見た時、クーは何も感じなかった。それこそただ、あの少年は剣を振っているな、ぐらいにしか。
見抜いたのは、あくまでペラ。かませ犬の女神。
名無しのかませ犬、クーではない。そも、そんな人を見る才すらないのだから、クーは己をかませ犬だと自覚しているのだ。
「無論、私とて何もしなかったわけではない。どうにかあの子にその気を出させようと、考えつくことは試した。……が、結果は知っての通りだ」
その言葉尻からは、悔しさが滲み出ている。
叶うことなら、一族が――親たる自分が、解決したかったことだろう。
だが、できなかった。できなかったからこそ、クーはこの場にいるのだ。
「しかし、どうしても私ではできなかったことがある。つまり――同年代からの刺激だ」
ああ、成る程。
合点がいった、とクーは内心で頷く。だから、先の話に繋がるのだと。
そういう理由となると、ヨシュアの提案は不自然なものではない。むしろ、自然だった。
「だから、学園の生徒として潜り込ませる、ということですか」
「いかにも。無論、学園での生活中の費用は、こちらが支援するつもりだ。……やってくれるかね?」
正直に言えば、学園生活というのが、クーには少し抵抗があったが。
だがしかし、断る、という選択肢はクーにはなかった。
――かませ犬とは、導くものであり、教育者でもある。
ペラの口癖だ。かませ犬を司る、女神ペラの信条。
否、とでも断ろうものなら、その瞬間に満面の笑みのペラによって、――きっとろくでもないことが起きるだろう。
だが、逃げ道は用意させてもらう。もっとも、話を聞く限り、要らぬ心配だとは思うが。
しかしそれが、クーの。名無しのかませ犬なりの、信条だ。
「分かりました。……ただし、一つ」
「なにかね?」
じっと、ペラがクーを見つめているのが、気配で分かる。
横顔にじっと注がれるそれを無視して、クーは宣言した。
「それほど懸念してはおりませんが、もし彼が好ましくない人柄であった場合――つまりは、私が彼と会い、言葉を交わした際に、かませ犬になりたくないと感じた場合。その時は、断らせていただきたい。これは依頼の話があった時の、私の譲れない一線です」
――こちらとて、進んで踏み台となるならば、選ぶ権利はある。
強い意志をもって、クーはヨシュアの、その瞳を見た。
「…………」
ヨシュアと、クーの視線が交差する。
暫しの沈黙。
「……問題ない。では、かませ犬屋『アンダードッグ』に、正式に依頼とさせていただこう」
「「ありがとうございます」」
クーとペラ、二人揃って頭を下げる。
その後は、特にめぼしい会話はなく。軽く雑談をする程度で、アルバンス家と『アンダードッグ』の邂逅は終了した。
詳しい話はまた、編入試験の時期が近づく、数週間後に。
そう取り決めて、クーとペラは、椅子から立ち上がる。
一拍遅れて、ヨシュアも立ち上がった。
そういえば、とふと、クーは思い出したように声を上げた。
「ビュマス家から話しを伺った、とのことですが。私が、如何な神の憑紋を宿しているかはご存知で?」
「ん? ああいや、聞いてはいないな。ビュマス家からは、もし依頼をする気になっても、色々詮索はしないように、と忠告を受けている。そもそも私が聞いたのは、君達の存在と依頼の方法、そしてその者達には憑紋がある、ということだけだ」
――我が事ながら、これでよく依頼が来たな。
改めて、そうクーは思う。
『アンダードッグ』の存在を知る者に、他者へ教えないことは強制していない。そんなことをしたら、存在は広まらず、依頼など来るわけがないからだ。
ただ、極力多くは漏らさないよう、というお願いをしているだけ。
「その仕事上、色々と伏せるに越したことはない、というのは理解できる故、忠告の通り詮索はしないし、なに、ビュマス家にも聞くつもりはない」
ヨシュアは、そう苦笑を零すと。
最後に、朗らかな笑みを見せ、こう言った。
「私は、君達をこの目で見て、その声をこの耳で聞いて、信じた。それ以上でも、以下でもない。……憑紋を見せられずとも、君達からは大いなる力――即ち神の、人ではない存在の片鱗を感じる。それで充分だ」
――まあ、俺に宿る憑紋どころか、その本体がここにいるわけだが。
などとは当然言えるわけもなく。
クーは頭を下げると、ペラと共にアルバンス家を後にするのであった。




