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かませ犬、いかがですか?  作者: 鷲野高山
一章 かませ犬と名家の落ちこぼれ騎士
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五話 姉

 アルバンス家からの依頼があってから、数週間後。

 クーとペラは、アクラン騎士学園の編入試験を受けるために、再び王都アクランを訪れていた。


 日程的には、編入試験の後、それほど間をおかずしての学園生活との予定となっている。故に、二人は編入試験を受けてそのまま、アクランに滞在することとなっていた。

 その間の『アンダードッグ』はといえば、長期の依頼が見込まれるということで一時的に閉店している。

 一応ハミュア村に戻った際に、あの施設の取締役的な立ち位置の店の女店主にはそれとなく伝えてはいるが……まあ、さほど心配する必要はないだろう。

 店で働くのはクーとペラの二人。雇っている人間はいない。

 料理店としての『アンダードッグ』はほぼほぼ閑古鳥が鳴いているし、かませ犬屋としての『アンダードッグ』もその知名度故、頻繁に依頼があるわけでもないからだ。


 さて、と自虐もその程度にし、クーは騎士学園へ向かう道すがら軽く情報を整理する。


 ――アクラン騎士学園。


 その名の通り、騎士を育成するための教育機関だ。レフェス王国内には複数の騎士学園があるが、アクラン騎士学園は、王都アクランにあるがゆえ、他の騎士学園よりもレベルが高いと言われている。

 華の王都だ。高名な騎士にならんと、各地から才ある若者が、また名家の血筋達が集うのは容易に想像できる。


 そして、基本的に全寮制であり、クーも編入試験に合格した場合、学園寮での生活を送ることとなる。

 ちなみに、先日アルバンス家の呼び出しで訪れた際は、学園は休みの期間であり、そのためフランツは家にいたらしい。

 普段は、王都アクランに居を構える家の生徒も例外なく、寮暮らしだとか。


「――とはいえ、合格しなければそもそも依頼云々以前の問題なんだけどな」


 ポツリ、とクーは歩を進めつつ零す。


 目下、最大の懸念点はそこだ。フランツの人柄次第では断る可能性もあるとはいえ、現状で依頼を受けますと言っておきながら、そもそも騎士学園への潜入に失敗したら目も当てられない。


 ただでさえ、入学の時点でそれなりに(ふるい)にかけられるだろうに、今回の場合は編入だ。難易度が高く設定されているであろうことは、想像に難くない。

 期間はあったのでそれなりに探ってみたものの、どうも編入試験に関してはあまり例がないようであった。ただ、全く無かったというわけでもないらしい。それでも分かったのは、実技試験らしいということぐらいだった。


 依頼人――ヨシュアは、何やら問題ないだろう、というようなことは言っていたが。


「大丈夫ですよ、クー君。ただ少し難易度の高い試験、という程度であれば、クー君が躓くことはありません」


 ――それにいざとなれば、私がいますからね!


 クーの呟きを拾い。寄り添って歩くペラが、えへん、と胸を張る。


 この女神様のお気楽さと言えば平常運転だが、まあ今回に限っては一理あるといえばあった。

 名門の編入試験とはいえ、あくまで学生の範疇にすぎない。これが、王国でのトップクラスの騎士、或いは世界に名を轟かす高名な冒険者に挑み、勝利しろなどであれば無理にもほどがあるが――そうでなければ、ペラの力があれば(・・・・・・・・)大抵なんとかなる。


 ――ま、いずれにせよ楽に越したことはないが。


 ハミュア村とは比較にもならないほどの雑踏の中を、騎士学園目指して二人は進む。

 そんな二人の表情はといえば、これ以上にないほどに、真逆。


 ペラはといえば、能天気にその瞳をキラキラとさせ、あちらこちらと忙しなく視線を彷徨わせ。

 クーは、ただただ正面を見据えて、淡々と。

 隣に並んで歩いているからこそ、よりその両者の差異は顕著に浮かび上がって見える。


 本音を言えば、今すぐにでもクーはその歩みを早める、若しくは鈍くして、ペラと距離をおきたかった。

 なにせ、この隣の女神様といえば、その落ち着かない様子だけでもひどく目立つというのに、あっちを見てキャーキャー、こっちを見てワーワーと、とにかく五月蠅い。

 大人しく容姿だけ見れば、ほとんどの者には落ち着きをもった美女に見える外見であろうというのに、それが騒いでいるのだから、殊更目立つ。


 はっきり言って、田舎者が丸出しだ。……いや、事実、田舎者であることは否定しないのだが。


 しかし、かといって下手に離れることはできなかった。

 少しでも目を離せば、ふらふらと勝手にどこかに行きそうだからである。この人の多い王都の道、逸れれば合流するのはそこそこに難しい、というより面倒くさい。


 仮に、クーがペラを気にせず、さっさと騎士学園に向かったとしよう。さすれば、離れ離れになったことに気付いたこの女神様は、己の失態を悟って騎士学園を目指す――ことはなく。泣き喚き、恥も外聞もなくクーを探してそこら中を駆け回るだろう。


 その様がありありと目に浮かび、クーは溜息を吐きだした。

 そんな情景が容易く想像できたのは、実際に過去にあったからである。

 あの時もこうして依頼のため、王都アクランには劣るがそこそこ大きな街に来ていた。そして、隣のあまりの落ち着きのなさと、周囲からの人々の視線を受け、クーは一人でさっさと目的地へと向かったのである。


 ――逸れたとしても、目的地は分かっているのだから、さして問題ではないだろう。


 そう、見越してのことだ。

 だが、この時のクーは、まだまだこの女神に対しての認識が甘かった。

 結局、一人先に目的地で待っていたクーの元に、遅れてペラがやってくる。……ということにはならなかったのだ。


 なぜなら。

 

 ……おい、さっきの見たかよ?

 ……ああ、見てくれはよかったが、なんか残念な女だったな。


 一足先に目的地に到着していたクーの元にやってきたのは、彼女ではなく――。


 ……ん? 何の話だ?

 ……ああなに、さっきここに来る途中でな。金髪の女が、「くーくん、くーくん」とかなんとか珍妙な言葉を泣き叫びながら、街中を走り回ってたんだよ。


 ――その目撃談だったのだから。 


 そんな会話が耳に入ってきたもので、瞬間、クーがすぐさま無言で来た道を戻ったのは言うまでもない。


 と、一応隣に気を配りながらも、そんな過去の出来事にクーが思いを馳せていると、荘厳な佇まいを見せるレンガ造りの巨大な門が前方に見えた。


 目的の、アクラン騎士学園。その、正門である。

 隣に間違いなくペラが存在しているのを、わざわざ首をぐるりと回してまで正視することで確認したクーは、ふぅ、と一息。その様を受けて、ペラがニコニコとしつつも小首を傾げてクーを見る。

 その、能天気というか曇りなき純粋な笑みに毒気を抜かれ、クーはもう一度息を吐きだし、正面を

向いた。


「――お久しぶりでございます」


 正門へと辿り着いたクー達を迎えたのは、知人などほぼほぼいない王都にあって、しかし見覚えのある姿だった。

 こちらに向けて一礼するのは、黒衣を纏った、品のよさを伺わせる初老の男性。この依頼のためにハミュア村まで訪れた、アルバンス家の人間である。


 応じるように軽く頭を下げたクーは、続いてその傍らに目をみやる。

 そこには、敵意こそないものの、隠そうとしない興味と――その中に隠されたほんの僅かの疑念。そんな色を滲ませた視線をクー達に送る、女性の姿があった。


 男性とは違い、こちらの女性の顔には見覚えがない。しかし、風に靡くその見事な鮮紅の髪に、クーは心当たりがあった。


「――はじめまして、だな。父上から話は聞いている」


 その人物は、一歩踏み出すと共に、名乗りを上げた。


「ミレーユ・アルバンスだ。此度は、よろしく頼む」


 アルバンス家――もといヨシュア・アルバンスには、二人の息子に、一人の娘がいることは調査済みだ。

 その二人の息子の一人が、齢的に見習いとして騎士学園に通い、今回の依頼の対象となる、次男。長男に関しては、既に騎士学園を卒業しており、一人前の騎士として任に就いているそうだ。

 そして残る一人娘も、次男と歳が近く、騎士学園に通う身。名を、ミレーユ。つまり、眼前にて名乗りを上げた彼女だ。


「はじめまして、ミレーユ殿。クーと申します」

「クーの姉、ペラです」


 さて、はじめましてとは返したものの、クーはミレーユのことを知っている。

 ヨシュアとの話に軽く彼女が登場したのもそうだが、クーもクーとて、依頼が開始されるまでこのアクランでぐーたらしていたわけではない。

 遠目にその顔を確認したのは勿論、剣を執った姿も幾度と見た。依頼対象のフランツに関しても、同様である。


 もっとも、それは一方的にであり。面と向かっては、彼女の言うようにはじめまして、だ。


「それで、ミレーユ殿はどうしてこちらに?」


 未だ、じっと興味深げな色を隠さずにこちらを見据えるミレーユに、クーは問う。


「……うむ、実は貴公達のことを、父上より聞いていてな。父上の古い知己の家の者が編入試験を受ける、と聞き、こうして挨拶に参った次第だ」


 問いを受け、ミレーユは鷹揚に頷くと、朗らかな笑みを見せる。

 正しく騎士の名家と言うべき気品漂う、美しい少女であった。


「――それと、中々の使い手であると父上も評されておられてな。弟の、フランツの良い影響になるやもしれぬ、と」


 故に興味があったと。朗らかであった笑みに、どことなく凛々しさが混じる。

 戦いを拒むどころか、むしろ好む性質の人間がよく浮かべそうな、それだ。


 ……ふむ、やはり次男のフランツとは似ても似つかない性格か。


 想定していた人物像は、実際に相対したことで確実さを増す。遠目から盗み見た時に感じた性格は、概ね間違っていないようだ。


 流麗であり、勇ましい剣。それが、ミレーユ・アルバンスに見た剣だったのだから。


「はは、それはなんとも……よもや、かのアルバンス家当主殿にそう評していただけるとは」


 内心での考察をおくびにも出さず、クーは自身の頭に手をやり、微笑を浮かべる。

 ミレーユの言葉を聞き、無意識に照れる――という、演技だ。

 

「とはいえ、この身、この剣技はまだまだ未熟。故にこうして、この国一と名高いアクラン騎士学園への編入試験を受けさせていただきに来た所存でございます」


 つまりは、そういう設定。

 今回の依頼、対象者であるフランツはもちろんのこと、知りえるのはただの四人。

 クーとペラは言わずもがな。あとは依頼者たるヨシュアに、依頼の話を持ってきたアルバンス家の使い。


 故に、依頼対象であるフランツは勿論のこととして、彼の姉にしてヨシュアの娘たるミレーユも真実を知りはしない。

 ただ彼女は、それを隠すための設定を父から聞かされただけだ。


 もっとも、クーの腕前については別段話をしておらず――クーとしては少々拍子抜けはしたが――ヨシュアは知らないはずである。

 事実、ヨシュアにはクーが剣を執った姿を見せてはいないのだから。

 ともすれば、ミレーユがヨシュアから聞いたその評価は、クーへの期待の現れか、はたまたそこそこの技量はあって当然という思いか。


「……ふむ。知っているだろうが、この編入試験は、ただの入学試験より評価は厳しめだ。自信は如何か?」


 内心は別とし、そんなクーの表面上の腰の低い態度を、彼女はどう見たのか。

 これより行われる試験について、問うてくる。


「無論、全力を以てあたらせていただきます。が、受かるかどうかは私の方からはなんとも」


 手は抜かないとしつつも、控えめな返答。

 相手は依頼対象でないとはいえ、重要な関係者。そしてこれは、そのファーストコンタクト。

 つまりは、クーなりの様子見であった。


「ほう、思いのほか随分謙虚なものだな」


 好奇の視線、口調、笑顔は健在。

 しかし、僅かに。ほんの僅かにミレーユの眉根が寄ったのをクーは見逃さなかった。

 

「そうよ、クー君! 大丈夫よ、クー君なら絶対合格間違い無しなんだから!」


 だが、クーがそれを受けて声をあげる、その前に。

 隣の余計な(ペラ)が、余計な口を挟んだ。


「…………」

「他ならぬ、この私()が保証します。ええ、もうじゃんじゃん保証しますとも!」

「……いや、それを決めるのは試験官? であって……」

「なーに、()の、お姉ちゃん(・・・・・)の保証じゃ足りないっていうの? だったら他の――」


 嫌な予感がしたので、急ぎその五月蠅い口を手で塞ぐ。

 モゴモゴ、と手の平に生暖かい感触。

 なにをするの、と言わんばかりの抗議の視線を真っ向から睨み返す。


 いつもであればこのようなことはせず、言葉で止めているが、如何せん状況が状況だ。

 重要人物の手前、下手に言葉は漏らせない。


 というか、はたしてこれ(ペラ)が編入試験というものの概念を理解しているのかすら怪しくなってきた。いや、確かに教えたはずだ。理解はきっとしているのだろう。……していると思いたい。


「みっともないからやめてくれ……姉さん(・・・)


 眉間を揉むのは後にして、取り敢えず未だ抵抗するこれを止めようと、仕方なく。――誠に、甚だ不本意ではあるが、クーはペラをそう呼んだ。


 途端。

 人が――いや、神がか? ともかく、その存在自体が入れ変わったかのように、抵抗が止む。

 抗議の視線は、しまりのないそれへ。

 口から手を離せば、うふふ、だの、えへへ、だの。見ればその頬も微かに赤みを帯びている。


 止める、という点では思惑通りに運んだものの、しかしその様を見てクーは嘆息する。

 彼女の態度が一変した――同時にクーが憂鬱となった――理由は、その呼び方にある。


 ――つまりは、姉呼びだ。


 では、クーがペラの弟、逆に言えばペラがクーの姉かといえば、無論そんなことはありえない。

 そもそも、種族――存在が違う。

 では何故こうなったかというと――なんのことはない、依頼の話を受けたあの時、勝手にペラがそう名乗ったからだ。後にして思えば、あの時ペラの冗談だったということにしておけばよかったと思うも、後の祭り。


 要するに、この依頼中。クーは否応無く、ペラはノリノリで。彼等は、姉弟の関係となったのである。


 とまあ、そんな理由でクー達が姉弟のやりとり? を行っていると。


「……ふふっ」


 笑い声。ただし、その声に悪い響きは無い。

 クーが声の出どころに目を向ければ、凛とした表情を保ちながらも、僅かに口角の上がったミレーユの顔。


「ああ、失礼。なに、容姿に反し、随分と可愛らしい方だと思ったのでな」


 ミレーユが言うのは、つまりペラのことであろう。

 確かに、まともな時は、落ち着いた美女というのが、ペラの見た目である。そこは、クーも認めざるを得ない。


「さて、立ち話に興じるのもよいが、この辺りとしておこうか。ああいや、話題を振った私が言うべきではないが。ともかく、遅刻で試験を失格となっては、恰好もつくまい?」


 片目を瞑り、ミレーユが門の中へと入っていく。側で控えていたアルバンス家の男も、こちらに一礼し、それに続いた。


 ……なるほど、同性に好かれそうなタイプ、と。


 男勝りとは違うが、その所作の一つ一つが下手な男より非常に様になる。

 道理で、彼女の人物を遠目に観察している時、見る度見る度、多くの女子の姿が回りにあったような。


「……ほれ、行くぞ、ペラ」


 取り敢えず、依頼対象の姉というかなり重要人物とのファーストコンタクトとしては、まあまあだろう。

 完璧ではないが、少なくとも悪くはない。


 ――あとは、試験でどう動くか、か。


 まさか、見物人がいるとは思わなかった。

 お姉ちゃん、私がお姉ちゃん、などと未だにだらしなく頬を緩めているペラ(女神)を引きずりながら、クーもミレーユ達に続き、門を潜るのであった。

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