母艦
あの後、リリーに渡された服をいそいそと着込んだ僕――着方が分からないものもあり、予告通りしっかりとご奉仕されてしまった――は、これからの住居となる巨大な船の前にいた。
「何か、他になさりたいことはございますか?」
初のご奉仕を終え、ウキウキしていたリリーの問いに、
「せっかくなので、このSFな世界を見てみたい」
と、申し出たところ、
「かしこまりました! まいりましょう!」
と、とてもご機嫌なテンションでここに連れてこられたのだ。
コゲた海賊たちに関しては、ハッキングによる拘束はそのうち解けるだろうし、生きてれば自力で帰るでしょといった感じだ。念のため、奴ら船の武相の類は、複製した《モスキート》で接続回路を焼き切っておいたが。
「これが、本物の宇宙船か……。知識があることと、実際に見ることは、別物なんだねぇ」
金属と機械油の匂いが満ちる格納庫の空気は、前世で嗅いだ工場見学の記憶を微かに刺激した。
目の前に鎮座するのは、かつてドール・マスターと呼ばれた男——ユーリーが、その下積み時代に拠点としていたモジュール式貨物船『ヴェルテブラ』。
全長180メートルほど。外壁には幾重もの溶接跡とサビが生々しく残り、宇宙港の片隅に転がっていても誰も目をとめないような、いかにも無骨でボロい貨物船だ。
そんなトラス構造――電波塔の骨組みのような構造――に、標準規格のコンテナ接続ポートが上下左右に4つずつ、計16あり、その前半分に様々な色形のコンテナ8つが接続されている。
「現在はドローンベイコンテナが4、倉庫コンテナが2、ドローン整備コンテナが1、そして機関部拡張コンテナが1という構成になっています」
「……なんというか、しっぽの方だけ食べられた古代魚みたいな形状だよね」
コンテナはサメの頭のような平坦なブリッジに連なるよう、前方に集中して設置されている。よって、後ろ半分は骨組みと燃料タンク、そして推進装置しかないという手抜きっぷりだ。
「空コネクタにはダミーコンテナや装甲板を配するオーナーが多いのですが、ご存じのとおり、ユーリー様は『性能第一』で、見栄えはあまり気にされない方でしたので……」
隣に立つリリーが苦笑しつつも、虚空に視線を向ける。するとメンテナンスドローンの群れが天井のダクトから静かに這い出し、船体各部への給電ラインを一斉に励起させていく。
「まぁ、コンテナは増えてくこともあるだろうから、見た目はおいておこうか。まずはこの新しい生活拠点を確認したいな。これからの旅の前に、足りないものを把握しておきたい」
「……ユーク様は、ユーリー様の記憶をお持ちなのでは?」
リリーが首をかしげる。
それは、確認せずとも艦内の間取りや設備は知っているのではないのか、という質問だ。
「うーん、なんていうかね、自分の古い記憶って、よっぽど印象に残ったこと以外覚えていないでしょ?」
僕はリリーの愛らしい緋色の瞳を見つめて言う。
「ユーリーの記憶は、僕にとって『知識』のような客観的なものだから、その傾向がより強いんだよ。だから、古い記憶はトリガーがないと思い出せない。……あとは、トリガーの種類なんだけど」
「トリガーですか?」
と、再び可愛く首をかしげるリリーに、この格納庫区画のオイルの匂いを嗅いだことで、結城慈久時代の工場見学の思い出に触れられたことを説明する。
「なるほど。五感とメモリーが結合するのですね。理解できます」
自身の記憶であれば、このような五感にまつわる『思い出しトリガー』が多く存在するが、ユーリーの知識に関しては、あくまで「知識」でしかないため、トリガーの大半が「視覚情報」や「言語情報」に依存しているのだ。
読んだ本をどのように思い出すのか、のプロセスに近いともいえる。
「――私たちアンドロイドも、目の前の状況に応じて、メモリー内に格納されたデータの引き出し優先順位が動的に変化します。それと似ていますね」
綺麗な人差し指を額のあたりでくるくるさせながらリリーが言う。
そんな会話を続けながらも、2人はタラップの降りるブリッジ付近へとたどりついた。
「中へどうぞ。もうすぐメンテナンスも終わります」
リリーの言葉とともに、タラップが下りてくる。
「でも、例外もあって、ユーリーが持っていた技術関係の記憶は、たぶん、全て、完璧に扱えるんだ」
「例外?」
そして、リリーが呼び寄せたメンテナンスドローン。
そのうちの数機を拝借して、僕はルーティン外のメンテナンスを命じる。
「……申し訳ございません、ユーク様。今、私のトリガーが引かれました」
機関部拡張コンテナのメンテナンスポートに接続し、作業を開始したドローンを見て、リリーが声を上げる。
「記憶の優先順位が変わったんだね?」
「はい。この船はリアクター周りを魔改造されているとの情報があります。ただ、ユーリー様が海賊となったのは『リリー様』の没後であり、私の稼働期間中、すでにこの船は一線を退いていたため、詳細情報がありませんでした」
ユーリーの知識によれば、リアクター周りのフェーズクロック、これが少しずつズレてくるという癖がこの船にはある。
というのもこの船、それぞれ性格の違う3つのリアクターを協調動作させていて、リアクター1機分の消費燃料に対し、出力は2~3機分が得られるという魔改造が施されているのだ。
おかげで、貧相な輸送艦の見てくれながら、駆逐艦並みの機動力と巡洋艦クラスのシールド強度を有するという変態スペックを誇っている。
「出港時にフェーグズクロックを再同期させないと、単にリアクターを3つ積んだだけの船になるみたいだね」
ちなみにフェーズクロックのズレは、ユーリーが意図的に仕込んだ仕様で、鹵獲時の技術漏洩を防ぐ目的もあったようで、リリーも知らない事実だ。
「すいません。私たちアンドロイドは膨大なデータを扱える分、条件設定のない思考は最大公約数的になりがちで……」
「いいじゃない。せっかく2人いるんだから補い合おうよ。ユーリーは神経質そうだけど、僕はどっちかといえば大雑把な性格だから、家計管理とかしてくれると助かるな」
「家計……管理? そ、そのような重要事を、私に任せてくださるのですか!?」
とても超級アンドロイドに任せるタスクではないと思ってたが、しょんぼりしていたリリーの表情がパッと明るくなる。
そして僕の肩のあたりにおでこをぐりぐりと押し当ててきた。
「……えっと、なにしてるの?」
「さ、先ほど、匂いはトリガーになる、と仰っておられましたので、私の匂い付けを。こうすると、その、いつでも私のことを思い出してくださるんですよね」
と、ぐりぐりを続けながら言われる。
「思い出すも何も、今一緒にいるでしょ?」
「このエヴァアトモス社のボディは、あらゆるオプションが搭載された特別製です。男性が良い匂いと感じるフェロモン物質を出すオプションもついていますので、きっとお気に召すのではないかと」
「え、ええと、どうコメントすれば……?」
そんなことを滅茶苦茶早口で言われて、僕はようやく気付いた。
要するに、これはリリーの照れ隠しの行動なのだと。




