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星海セカンドスローライフ――2度目の人生は、過保護なアンドロイドメイドとともに――  作者: 緑 素直


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襲撃

 主従の誓いを交わし、リリーの手を引いて医療ポッドから脚を踏み出した、まさにその時だった。


  ズウン……ッ!


 隠れ家ドックの最奥に位置する重厚な気密隔壁から、鈍い衝撃音が響いた。

 続いて、暗闇の中に激しい青白い火花が飛び散る。高熱プラズマトーチによって、厚い装甲板が無理やり焼き切られている音だ。


「……ッ、なんだ!?」


 思わず肩を跳ねさせ、僕はお互いのぬくもりも冷めやらぬまま、とっさにリリーを背後へ庇うように半身に構えた。


 ユーリーの知識に頼るまでもなく、前世の記憶をたどるまでもなく、あれは絶対に、穏当なお客さんの訪れ方じゃないことくらいは確実にわかる。


「ユーク様、下がってください。侵入者です」

 背後でリリーの声がすっと低くなった。


 穏やかだった緋色の瞳から感情の光が消え、絶対の冷徹さを宿した戦闘モードの輝きへと切り替わる。


 バリリッ! と金属が千切れ飛ぶけたたましい音とともに、切り抜かれた装甲板がドックの床へ倒れ込んだ。

 巻き上がる焦煙の向こうから、荒々しい足音が複数、ドック内へと踏み込んでくる。


「ヒャッハー! 案の定、セキュリティーが息してないぜ!」

「海賊ユーリーの野郎、本当に撃墜されやがったな! この隠れ家もいただきだ!」


 現れたのは、無骨な強化スーツを身に纏い、重火器で身を固めた五人の男たちだった。スラムの死体漁りか、あるいは三流の宇宙海賊か。品のない嘲笑を浮かべながらドック内を見回していた男たちだが、やがてポッドの前に立つ僕たちに気づき、ピタリと動きを止めた。


「……あァ? 誰だあの素っ裸の野郎は。まさかユーリーってことはねぇよな?」

「それより見ろよリーダー、奥にいる女……メイドロイドだぞっ。ドール・マスター製のメイドロイドだったとしたら桁違いの極上品じゃねえか!」


 卑しげな視線がリリーへ注がれ、リーダー格の男が下品に口角を釣り上げた。


「ついてるぜ。メイドロイドは傷つけずに回収だ。……おい、横の素っ裸の邪魔者は蜂の巣にして転がせ!」


 ガチャン! と、男たちが一斉レーザーガンの砲口を僕へ向けた。


(やばい……ッ!?)

 心臓が跳ね上がる。


 目の前に突きつけられた本物の銃器。前世ではお目にかかったこともない死の危険に、背中に冷たい汗が噴き出す。


 リリーが僕の前に踏み出し、その華奢な拳を握り込もうとしたコンマ数秒前のことだった。


「——させない」

 口から突いて出たのは、自分でも驚くほど冷静な一言。脳奥で、カチリと何かのスイッチが入る。


 前世の社畜としての怯えとは裏腹に、ユーリーの身体が、脳波が、僕の意思を置き去りにして超高速で演算を開始していた。


(発砲まで2秒弱。リリーの掌底によるソニックブームの展開より速く、物理レイヤーを占有する——)


 視界の隅、天井のメンテナンスダクトの隙間が勝手にフォーカスされた。

 

 僕が意識して命じたわけではない。ただ「リリーを傷つけさせない」「銃を打たせない」と強く念じた瞬間、電子戦インプラントから発せられたパルスが、隠れ家のローカルネットへ無音で駆け抜けたのだ。


シャシャシャッ……!


 暗がりから吐き出されたのは、ビー玉サイズの金属球体群。


 小型精密ドローン『モスキート』数十機が、射出の勢いそのままに滑らかに変形。翼を展開し無音で滑空する。


「ぬ……? なんだ? 虫だと——」

 男たちが異変に気づいた時には、すでに勝負はついていた。


 モスキート群はそれぞれに軌道を変えて、男たちの銃器の排気口、強化スーツのアクチュエータ隙間、首元のメンテナンスポートへ吸い付くように着弾。


 口吻――すなわち蚊であれば吸血口に当たる部分の先端から超硬微細ドリルを突き立て穿孔、その穴から、内部コントロールチップにケーブルを物理配線した。

(……物理侵入完了。ターゲット兵装の電子制御権、奪取)


 本来、外部からのデータが流れることが想定されていない箇所だ。

 防壁らしい防壁もなく、インプラント経由で、あっさりと管理権限を獲得する。


「死にやがれーいっ!!」

 リーダー格の男が意気揚々とトリガーを引き抜いた。


 ——カチ。乾いた金属音が響くだけ。


 直後、ガチャガチャガチャ! と、男たちが手にしたレーザガンのエネルギーパックが一斉に足元へ脱落した。


「な……ッ!? バッテリーが勝手に脱落……!? トリガーが動かん!」

「おい、俺の強化スーツが……う、うわあああっ!?」


 モスキートから流し込まれた強制駆動プロトコルにより、強化スーツの関節モーターが逆回転を開始。男たちは自分自身のスーツに締め上げられ、関節を妙な角度で固定されたまま、地べたへガシャガシャと派手に転がり倒れた。


「ぐえっ! き、動かん! 体が勝手に……っ!」

「ハッキングだと!? 外部回線は遮断してあったはずだぞ!?」


 数秒前まで殺意を撒き散らしていた男たちが、虫の息で地べたに這いつくばっている。


「……え?」


 僕は自分の指先を見つめ、呆然と口を開いた。

 一歩も動いていない。銃どころか、端末器すら触っていない。


 ただ「止まれ」と念じただけで、僕の身体に残っていたユーリーの技術が、勝手に完璧なハッキングを完遂してしまったのだ。

(これが、ドール・マスターの力……)


 自分の内に眠るあまりに規格外な能力に、背筋がゾクゾクと震える。


 その時だった。


 地べたに転がっていたリーダー格の男が、必死に指先を動かし、胸元の予備グレネードの起動ボタンへ手を伸ばした。

「すました顔しやがって……タダで済むと思うなよ……ッ!!」

「——ユーク様に危害を加えようなど、万死に値します」


 掌底のモーションをキャンセルしたリリーの瞳が、キリリと吊り上がる。

 ハッキングによる拘束を強めようと、彼女がその演算力をほんの数%、モスキートの回線へ流し込んだのだ。


「あっ、リリー、待——」


僕が制止の声をかけるより速く。


 チュドーーーーンッ!!!!!


 ドック内に凄まじい爆風と閃光が吹き荒れた。

 リリーの流し込んだデータ負荷に耐えきれず、男たちの兵装のバッテリーと、そこに接続されていたモスキートドローン群が、基板もろとも派手に爆散したのだ。


「ふごふッ!?」


 煙の中から吹き飛んだ男たちが、黒焦げの姿で白目を剥き、今度こそ完全に意識を失って沈黙した。


「……あぅ」


 煙がゆっくりと晴れていく。


 ドック内には、黒焦げアフロになった侵入者たちと、木っ端微塵になったモスキートの金属破片が散らばっていた。


「見事な……機転、そ、そう! 機転だったね」


 慌てて褒めたつもりなのだが、リリーがハッと我に返り、しおしおと空気が抜けたかのように肩をすくめる。

「も……も、申し訳ございませんユーク様……! ユーク様の大切なドローンを自爆させてしまいました。より強く拘束しようと圧縮命令を送ったのですが……過負荷で回路を焼き切ってしまいました……」


 冷徹な戦闘モードはどこへやら。


 主の役に立とうとして大失敗してしまったリリーは、心底へこんだ様子で両手を握りしめ、上目遣いに僕の顔色を窺っている。


 爆発の衝撃に一瞬呆然としていた僕だったが、眉をハの字にしてしょんぼりしている彼女の姿を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「ふ……ふふ」

「ユ、ユーク様……? お怒りでしょうか……?」

「ううん」

 僕は歩み寄ると、へこんでいるリリーの頭の上にそっと手を乗せ、やさしく撫でてあげた。


「僕を守ろうとして、前に出てくれたんだろ? ありがとう、リリー。嬉しかったよ」

「あぅぅ……」

「怪我はなかったかい?」

「は、はい……っ。私のボディには掠り傷ひとつございません……!」


 失敗を咎めるどころか、真っ先に自分を気遣ってくれた僕の手の温もりに、リリーの頬がぽっと桜色に染まる。


「モスキートは複製機から作れるから問題ないさ。……でもあいつら、リリーをアンドロイドと見抜いておきながら、なんで勝てると思ったんだろうね?」

「おそらくですが、主を失ったアンドロイドは自律行動権を失います。メイドロイド相手なら、ユーク様を先に始末できると踏んだのでしょうね」

 声音に『愚かですねー』みたいなリリーの追い打ちが乗っているような気がする。


「そうだね。リリーなら、あの時僕が何もできなくたって、完璧に守ってくれただろうに」

「……はいっ! 引き金がひかれる1.24秒前にモノ言わぬ肉塊へと変える予定でした」

 主からの信頼に、リリーの声のトーンも上がった。


「じゃ、こいつら、逆に運がよかったのか」

 ギャグマンガのように焦げてピクピクしている賊どもは、生きてはいるようである。


「とどめを刺しておきましょうか?」

「ほっとけばいいさ。リリーが手を汚す必要はない」


「ご主人様っ!」

  ぱっと顔を輝かせ、僕の腕にぎゅっと抱きついてくるリリー。

 アンドロイドなのだが、柔らくて温かくて、ふうわりと良い匂いもする。


 ――と、その時。

 ふと視線を落としたリリーの動きが、ぴたりと止まった。彼女のきめ細やかな人工皮膚が、みるみるうちに耳の先端まで朱色に染まっていく。


 僕もその瞬間、「そういえば……」、とそれなりに大切なことに気づく。


 つい数分前まで、僕は、そこに転がっている賊たちよりもひどい「単なる焦げた肉の残骸」だったのだ。

 現在の僕の状況と言えば、医療ポッドから出たばかり。いまだ、培養液も乾ききっておらず、リリーが抱き着いている右腕以外が若干スースーしており、そして股間の辺りもぶらぶらと、解放感に満ち満ちている。


 ああ、そういえば。

 いみじくも、賊たちが指摘してくれていたではないか。「誰だあの素っ裸の野郎は」と。


 気持ち、抱き付いている彼女の体温が高くなってきたような気がする。

 実際、首筋とか耳元とかが赤い。


 彼女が、熱を発しながら何をしているのかといえば、無言で視線が、僕の首元から胸元、そしてさらに下方へと、遠慮なく、しかし極めて精密な光学センサーでじっくりとなぞられるように動いていた。

「あのぉ……リリー……さん?」


「申し訳ありませんご主人様。いろいろなことが立て続けに起こりすぎたため、私、再生後のユーク様のお体のチェックを失念しておりました」

「え、あの、ちょっと……」 


 そういいながら彼女は、特にぶらぶらしている下半身方面をより念入りに、じっくりねっとりスキャンしている気がして、僕はおもわず声を上げる。


「はぁ。……大変素晴らしい体躯でございます、ユーク様。生体修復の際、ユーリー様の余分な体脂肪を極限まで削ぎ落とし、完璧な黄金比の筋肉密度へ再構成した甲斐がございました……。3次元データに落とし込んで永久保存させていただきました」


「え、あ……保存……!?」


 リリーはこほんと小さく咳払いをすると、若干頬を赤くしたまま、しかしどこか満足そうな笑みを浮かべて仰ぎ見てきた。


「私の最初のご奉仕は、ユーク様のお着替えになりそうですね」


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ダンジョンマスターも、よろしくお願いいたします。

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