結久
「もう一度お尋ねします。アナタは、誰なのですか」
震えた声で尋ねるリリー。
それは、――僕の方が知りたい。
そして、――僕はどうやら、その手掛かりを手繰ることができそうだ。
「……っ」
一体何が起きたのか。
すでに『ドールマスター・ユーリー』でもある僕は、体内の電子戦用インプラントを操って、数時間前のこの部屋のデータを読み込んだのだ。当然ながら、ハイエンドなアンドロイドであるリリーも、その気配を察知して驚いたような顔になる。
ハックした、監視カメラ画像からは、泣きそうな表情で「黒炭の塊のようなものを」旧式医療ポッドに横たえるリリーの姿が読み取れる。
「まさか、あれが僕!? あの状態から蘇生した!?」
ユーリーは、コックピットブロックを、コルベットクラスの主砲で射抜かせたのだ。
炭化物が蒸発せずに残っていたことも驚きだったが、あの状態から、元の姿が復元できたことが、まずもって起こりえない奇跡であるといえる。
「申し訳ございません。私は、明らかに無意味な行動をいたしました」
リリーに向けた問いではなかったのだが、熱を全く失った声音で、リリーが謝罪をしたことで、僕はハッとする。
そうだ。
ユーリーの記憶と知識を持つ僕ですらこうなのだ。超高性能な電子頭脳を有するリリーは、今、どれほどの葛藤とエラーが渦巻いているか。
「違う。違うよ、君を責めているわけじゃない」
見ず知らずの僕にも、いや、彼女を設計・構築した知識が今の僕にあるからこそ、その混乱は痛いほど伝わってくる。
僕は、まだ痺れの残る手に力を込め、彼女の華奢な肩を、優しく叩く。
「手厚い手当を、ありがとう。……ボロボロだった身体を、こんなに綺麗に直してくれたんだね」
「……っ」
「誰かに呼ばれたような気がしたんだけど、君だったのかい?」
責める色など欠片もない、穏やかな声音。
ここは彼女を慰め、彼女に感謝すべき場面なのだと理解する。それは、前世で幾多のトラブルを収め、部下や家族を支えてきた大人の包容力が成せる業か。
リリーの瞳が、大きく見開かれる。
「……私はただ、ユーリー様を再生し、綺麗なお姿で埋葬したかった……」
彼女はアンドロイドであるのに、喪失の強い悲しみと、大きな混乱が痛いほど伝わってくる。
「うん。……でも、どういうわけか、奇跡的に再生したその体と記憶を、僕が横取りしてしまったみたいだ。申し訳ないことをしたね」
「いえ…。ですが…、あなたは、…ユーリー様……、では、ないのですよね」
それは、改めて彼女も計測していたはずだ。
質問ではなく、確認のような一言。
僕は体を起こし、ポッドの縁に腰掛け、冷えた呼吸をひとつ吐き出し頷く。
「違うよ。記憶は引き継いでいるみたいだけどね」
「……記憶? …では、私の名前も……ご存知なのですか」
「ああ、『リリー』。身体に残った記憶が教えてくれたよ。ユーリーがどれほど君を大切に創り上げ、想っていたかもね」
目線を合わせるように少し腰を落とし、僕は彼女の華奢な手を取った。指先から伝わるのは、機械の冷たさなどではない。生身の人間と変わらない、やわらかく温かな肌の感触だった。
「自己紹介を許してもらえるのなら、前世の僕は……たしか、結城慈久という名前だった……と思う」
「前世……? あなたは、過去に死んだ人間だとでも?」
「そうだね。少なくとも、僕の主観ではそうなっている」
前世で幾多の苦労を重ね、人を支え続けてきた大人の、包み込むような眼差しを向けて微笑みかける。
「ユーキ様?」
「そうだね——、結城慈久」
僕は小さく頷き、前世の自分と、この身体の持ち主だった男の生きざまと死にざまに敬意を込めて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「でも、これからは『ユーク』と名乗ることにするよ」
「ユーク、様ですか?」
「ああ。ユーリーでもなくユーキ・イズクでもなく、2人分の何者かとして、ね。混ぜたらちょうどよさそうだ」
その言葉に、リリーの瞳がはっと見開かれる。
「ゆりかご? ……揺らして、私が……、呼んだ?」
「ん、どしたの?」
その瞳に、じんわりと涙が溢れ始める。
「……涙、とは、このようなパラメタの表れによって滲むものなのですね」
初めて自身の頬を伝うしずくを、白く形の良い指先に移しながら、リリーが呟く。
「すでにユーリー様の知識によってご存じかと思いますが、私はリリーです」
少し雰囲気の変わった彼女の言葉を、僕、結城慈久――いや、ユークは頷いて続きを促す。
「エヴァアトモス社のハイエンドボディ『リリウムシリーズ』のフルカスタム品である私は、このように『リリー様』のお姿を頂戴し、生理的にも人間の女性と同等の機能を有しています。そして――」
彼女は涙をぬぐい、そして、明らかに何かを決意したような瞳で僕を見つめてくる。
「そして、ユーリー様によって拡張されたこの電子知能には『リリー様』の記憶が詰まっています。私は、そのデータをもとに『リリー様』のようにふるまうことも可能です。ですが、私は、ユーリー様にとって、私は『リリー様』たりえませんでした」
それを、知識として知る僕は、ゆっくりと頷く。
「そうだった、みたいだね。だから、眠りについていた、いや、耐えられなくなったユーリーが、君を眠らせたんだ」
「はい。そして、ユーリー様の死をトリガーとして、私は再び目覚めました。私は、ユーリー様が、亡くした愛する者、『リリー様』を模して構築されたアンドロイドなのです」
それは、僕の耳に懺悔のような告白として響く。
「うん。だけど、それだけではない、よね?」
だから、ユーリーの知識を追って、僕は言葉をつなぐ。
「それ…は…」
視線が、はっと見開かれたリリーの緋色の瞳とぶつかり合う。
彼女と僕の運命が、ここで初めて、確かに交錯した。
なぜなら。僕も、そしておそらくリリーも。
その先を、知っていることを知っている、から。
「……ありがとうございます。ユーク、様」
「うん、リリー」
互いが、互いの目を見る。
リリーの、綺麗な緋色の瞳を、僕は真っすぐに受け止めて、頷く。
「あの人は、言いました」
「うん、前任の、僕は言ったみたいだね」
そして、二人が同時に言葉を紡ぐ。
「「リリー、自由に生きろ」」
僕たちのセリフが綺麗に重なり、リリーの呼吸が、ぴたりと止まった。
それは、ユーリーが、リリーの目覚めに合わせてセットした、最後の肉声。
彼女の深層メモリのなかで、エラーログでも命令コードでもない『何か』が、熱を持って波紋のように広がっていく。
「おそろい……、ですよね?」
「本当だね、まったく、不思議な一致だと思うよ」
リリーは重ねられた自分の手を優しく握り返すと、潤んだ緋色の瞳で僕をまっすぐに見つめ、ゆっくりと膝を折った。
「初めまして。……私はあなたの前任、ユーリー様によって構築され、この度、あらゆる制約を解除され目覚めたアンドロイド、リリーです」
彼女は僕の手を尊ぶように両手で抱え、己の額へとそっと押し当てた。
ユーリーの姿と記憶をもって、ユーリーではない僕と、リリーの姿と記憶をもって、リリーではない彼女。
いわば、偽りの者同士の間に、確かな絆が芽生える。
「ユーク様。……私を一人の存在として見出してくださったあなたに、私のすべての演算を捧げることを誓います」
「……嬉しいけど、いいのかい? 自由に生きてもいいんだよ?」
答えは分かりきっているのだが、一応僕は聞いてみる。
「はい、これが、私が行使する、最初の自由です」
僕を見上げる彼女の顔には、アンドロイドの精巧な造形を超えた、慈愛と揺るぎない忠誠の笑みが咲き誇っていた。
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