商談
「――ま、何はともあれだ」
ナインベルをからかってほっこりしていたゴドウィンが、コホンと一つ大きな咳払いをし、改めて僕に向き直った。
作業着の汚れをぽんぽんと手で払い、その武骨な顔を真剣なものへと引き締める。
「9番カスタムドックの責任者として、そしてキュクロプス・モジュール社を代表して心から礼を言わせてくれ。お前さんたちがいなきゃ、オクトーバ号は乗組員もろとも全滅だったし、その後のウチの評判もどうなっていたことやら。――感謝する」
ゴドウィンは深々と頭を下げた。
「いえいえ、そんな……」
「――いよっしゃ。というわけで、お待ちかねの商談の時間だぜ?」
それなりに地位のある年長者からの深い謝意に、僕が恐縮していると、彼は即座に顔を上げてにかっと笑った。
相変わらず切り替えの早いおっさんである。裏表がなくて付き合いやすいともいえるが。
「契約どおり、お前さんの船に1億ガルド分のカスタマイズを惜しみなく突っ込んでやる。たしか、居住コンテナと医療設備、それから五つ星のお嬢ちゃんの船が発着できるようなハンガーの増設だったな」
ゴドウィンは端末を眺めながらこちらの要望を確認していくが、僕たちには他にも外せないものがある。
「あと、ヴェルテブラの既存施設も、すべてまとめてアップデートしたいですね」
「あ~、船そのものもか。そういや、深宇宙探索仕様とはいえ、あれはひでぇもんだったからな。……船長室のベッドだけは唯一まともだったが」
「ぶっ!」
と噴き出したのはナインベル。
昨夜を思い出して恥ずかしがっているのか、顔を赤くして、両手をわたわたして挙動不審モードである。
「そうだ――、ヴェルテブラといやぁ、本体のオーバーホールも請け負えるが、どうする?」
ゴドウィンは端末を操作しながら何気ない態度でそう告げる。
しかし、
「――それ、ゴドウィンさんが、中を見たいだけですよね」
僕は騙されない。
「ったりまえだっ! なぁ、五つ星の嬢ちゃんも、見てぇよな!?」
そう僕が突っ込むと、彼は悪びれるどころか仲間を呼んだ。
「えっ!?」
赤面してワタワタしていたナインベルがぱっと顔を上げる。
「うんっ! 見たい見たいっ!」
「――っ」
「まぁ、ユーク様の心拍数が」
思い出し羞恥が引かないままで、輝くような笑顔を見せるナインベル。
それは、図らずしてボーイッシュな女性が見せる、全く無防備な笑顔となり、その眩しさが僕の何かをゴリゴリと削っていく。
「……どうぞ、好きに分解して、心行くまでご堪能ください」
こんなの、ダメだって言えるわけ無いだろ……。
ユーリーにとって、それは隠すべき秘密だったのかもしれないが、僕は銀河に覇を唱えたりするつもりは全く無い。よって、好きにすればよかろうなのだ。
ただし――
「《ヴァルチャー》が入った2番以外のドローンコンテナは、解錠を禁じるという条件をつけさせてもらいます」
自身でオーバーオール可能な、というか、一般的な複製機でデュプリケートが可能になるまで最適化を突き詰めたオリジナルドローン《ジェリーフィッシュ》や、部分改造を施してある《レヴィアタン》等のカスタムドローン群は、そのスペックを知られていないことが直接的なアドバンテージとなる。
よって、これらのドローン群の詳細は整備屋にも明かすことはできない。
そもそもにオーバーオールの必要性自体が皆無であるため、パージのうえ、事前にリリーに暗号施錠してもらうこととしよう。
「おうよ、もちろん了解だ。俺達だって、別に傭兵の飯の種を暴きたいってわけじゃねぇからな」
「普通は戦闘艇そのものが傭兵の飯の種でしょうに」
はぁ、と僕はため息をつく。
「技術なんだよ。技術。いいか、船長、――俺達技術屋は、常に新しい技術に触れてないと窒息してしまう生き物なのさ。もちろん、きっちり秘密保持契約も結ばせてもらうぜ」
……あんたはマグロか何かか!?
と僕は内心突っ込むも、テンションを上げるゴドウィンは「じゃ、商談スペースに行くぜ?」とノシノシとブースに向けて歩いていく。
「ユーク、戦闘機乗りだって常に新しいビルドに触れてないと、とっさの対応力が鈍ってしまうんだぞ」
と、ナインベルもいつものテンションに戻って、楽しそうに参戦してくる。
――のだが。
「――その、ところでだな、リリーはいつまでこんな感じなんだ?」
「いや、それは僕が聞きたいところなんだけど?」
僕の右腕には、ずっしりとした、それでいて柔らかい、心地よい重みが重なっていた。
件のリリーである。
先ほど胸に飛び込んできた彼女は、先程からずっと、僕の右腕を自分の両腕でしっかりと抱え込んだまま、まるで僕の体の一部であるかのようにぴっとりと密着しているのだ。
「……あの、リリー? もう危険はないよ?」
「はい、ユーク様。存じております」
すんと澄ました顔で、彼女は緋色の瞳を僕に向けてくる。
「ですが、先ほどのデータ解析により、ユーク様から半径三十センチ以上離れると、私の電子頭脳に微小な感情エラーが連続発生することが証明されました。……ゆえに、これは機体性能維持のための『不可欠な接触』でございます」
「エラーって……ただ甘えたいだけじゃないかい……?」
「えへっ、プロトコル上の必要措置でございます」
微笑むリリーの頬が、ほんの少しだけ朱に染まっている。
冷徹だったはずの超級アンドロイドの、あまりにも可愛らしい変化。愛おしさに胸がくすぐったくなる。
そして――ふと左側に視線をやると。
「………おぉぉ…、おまえらなぁ……」
一瞬でいい雰囲気になってしまった僕たちを、ナインベルが腕を組みながら、じーっと睨みつけている。
いや、睨んでいるというよりは――
視線が僕とリリー、そして僕の反対側の腕を何度も往復し、そのたびに眉間にしわを寄せて髪をくしゃくしゃと掻き乱しているのだ。
(ど、どどど、どうする私っ……!?)
そんなナインベルの心の葛藤が聞こえてきそうである。
ただ、僕の空いている左腕に、彼女の視線が痛いほど集中しているという客観的な事実から考察するに、リリーと同じことをしてみたいという気持ちが強そうに思える。
「ええと――」
ただ『来るか?』と聞くのも若干自惚れ無ような気もして、僕もどのように対応すべきかを測りかねてしまう。……量産型社畜だった自分には、こんなに女性んじモテた経験は、おそらく、ないのだから。
「ナインベル様も、こっちらにいらしてはいかがですか?」
しかし、さすがはリリーである。
一切の躊躇なく、しかも、いつもと違う、若干艶のある甘い声でナインベルを誘うのだ。
「はあっ!? な、ななな何言ってんだお前バカか! 私は傭兵だぞ!? そんな、ベタベタ甘えるようなガラじゃ――っ!」
「さぁ、ユーク様の左腕は、まだ空いておりますよ」
「ちょ、リリーお前、ちょっと黙ってろぉぉぉっ!!」
顔をゆでダコのように真っ赤にして怒鳴るナインベルと、よりぴっとりと密着するリリー。
そして、数メートルほど先で、呆れ半分、感心半分といった顔で笑っているゴドウィン。
デブリ帯での命がけの電撃戦を終えたばかりだというのに。
僕たちの新しい「家」の構想を前にして、ドック内にはなんとも賑やかで、どこか温かい空気が満ち始めていた。




