英雄
「英雄、色を好むってやつか。俺も若いときはなぁ……」
「――ツッコミ所しかありませんが、まず、僕は英雄ではありませんからね」
ようやく離れてくれたリリーと、そして、右手と右足が一緒に出るような謎の歩き方で3歩ほど離れてついてきたナインベルが商談スペースにたどり着く。そんな我々お客様に対応するお店側の人間が、開口一番ぶっ込んできたセリフがこれである。
はよ、商談に移りなはれ。
ツッコミ気質ではない僕ですら思わずその様に叫びそうになる。
「では、色は好まれますか?」
「……なんでやねんっ!」
故に、叫んだ。
「好まれますか?」
しかしこのメイドさん、色んな意味で最強である。
僕のツッコミなどものともせずに、そのきれいなお顔をずずい、と僕に近づけてくる。
「……うっ、ええと、人並みには、その、好まれると思います、はい」
それをやられると、もはや赤面して目をそらさざるを得なくなる僕はヘタレのそしりを免れないのだろう。
というか、ゴドウィンとサポートアンドロイドっぽい女性店員までいるこの公共空間で、僕はその問いに、一体どう答えればいいというのだ。
「承知しました。では、プロトコル:クレイドルはこのまま継続いたします」
「――え? なに? それ何のプロトコル?」
以前もどこかでチラと聞いたことがある単語に僕は戦慄する。
てっきり、リリーの中枢にユーリーが仕込んである『可能性』の話かと思っていたのだが、この会話の流れで2重の意味を持つ可能性に気づいたのだ。
「申し訳ございませんユーク様。機能確認フェーズが度重なる延期となっておりましたので、私、少し焦っていたようです」
と、リリーが深々と頭を下げる。
「いや、別に謝る必要はないんだけど……」
そのプロトコルって、何? と、僕が再度問いかけようとしたところで、
「ん? 機能確認って、なんか作ってるのか? 私も混ぜてくれよ」
メカニックな単語にナインベルが乗ってくる。
「ああっ!?」
それ、だめな奴っ! と、僕は思わず両手で顔を覆う。機能確認はリリーの隠語なのだ。それも、貴女に免疫のない大人方面の隠語なのだよナインベル君――
「まぁっ!」
案の定、リリーがパッと花咲くような顔になる。
「もちろんです! これで多くの工程をまとめて省略することができます!」
と、ナインベルの両手を取って嬉しそうにぶんぶんする。
「お、おう、こんなに喜んでもらえるとは思わなかったよ。で、何作ってるんだ?」
「それはきっと、できてからのお楽しみでしょうね。間違いなく『かけがえのないもの』になりますよ」
「そうなのかぁ~」
リリーとナインベルは、ふたり揃ってなんだか幸せそうな顔になる。
しかし、確実に同床異夢。
このふたりの会話には、どこをどう分析しても、ハッキングして、修正パッチを当てる余地など残されていなかったのだ。
***
「ええと……、それで商談なのですが」
こんなときは、男にできることなんてこれっぽっちも残されていない。
故に仕事の話を進めておくことにする。
サポート要員の女性アンドロイド店員が、頑張れっ、みたいなオーラを出しているのは、リリーからなにかカスタムの要望を承ったのだろうか。
「まずは住居用のスペースを作るコンテナですが、軍用仕様でお願いしたく――」
ブリッジと居住区。それらは最もクルーが長く滞在する空間であるため、最も安全性を担保したい場所である。それゆえの軍規格だ。
「いいねぇ、分かってるじゃねぇか! 軍用品なら装甲板も多層構造だし、対放射線シールドも極限環境仕様だ。荒事の多い宙域でも、これなら夜もぐっすり眠れるぜ」
ゴドウィンさんが手元のホロタブを慣れた手つきでスワイプし、ヴェルテブラのメインフレームに軍用コンテナを接続するシミュレーション映像を表示させた。
僕らはその立体図面を皆で囲みながら、内部空間の検討に入る。
「間取りのトレンドで言うなら、3から4LDKのレイアウトに落とし込むのが一番収まりがいい。コンテナの天井高を活かして中二階かロフトを設けるのがウチの定番の組み方だ。天井は透過ディスプレイにしてだな、星空を眺めながら眠るってのがおすすめだぜ?」
ディスプレイを操作し、サンプルをいくつか見せながら、ゴドウィンはニヤリと笑った。
「おお、意外に広い。そしておしゃれ」
「だろ? 主寝室や書斎といった、高さを気にしねぇ機能はそっちへ放り込んでおけばいい。で、1階のスペースは徹底的に贅沢に使うんだ。限られた箱だからこそ、空間をどう殺さずに活用するか――技師の腕の見せ所ってやつよ」
「3人だし、これでも持て余しそうだよ」
「がはは、あと1人や2人くらいなら、増えても大丈夫だぞ英雄さんよ」
「――いやだから」
「では、4LDKの案も見せていただきたく」
――僕は英雄では……、と言うより早く、リリーが先を促す。
「おう、実はこっちのほうが構造的には安定するんだ。その分上はロフトになっちまうんだが」
とは言うものの、ロフトの天井もずいぶんと高く、ナインベルは無理かもしれないが、僕とリリーであれば立ち上がることすらできそうだ。
「たしかに、4LDKのほうがスッキリして見えるね」
ロフト下の空間は、収納とトレーニングスペースになっている。ヴェルテブラには倉庫コンテナがあるので、ここに医療ポッドを突っ込んで救護室化したほうがいいかもしれない。そうすれば、コンテナ1つですべてが収まる。
その案をリリーとナインベルに提案したところ――
「はい。医療スペースは簡易版ではない本格的なメディカルポッドが1~2台置ければよいと考えておりましたので、収納は潰してトレーニングルームに併設する形といたしましょうか」
「……私は居候の身だから、部屋がもらえるだけで十分だ。ああ、個室。嬉しいなぁ」
――特に否定的な意見も出なかったので、ゴドウィンさんに間取りに関してGOサインを出しておく。
「ところで、今日の救出劇は、ナインベルがいないと成り立たなかったんだ。君は居候じゃなくて、僕たちの船のクルーだから、もっと意見してくれていいんだよ」
そして、約1名、自己肯定感が妙に低いのがいるのでしっかりと己の立場をわからせねばなるまい。
「ユーク……」
「ナインベル様、母艦こそユーリー様が100%を出資していますが、ダンデライオンはナインベル様の持ち物です。また、貴女は本艦のエースパイロット待遇であるため、慣例に従いますと少なくとも25%前後、権利を主張できることが保証されています」
「1/4だね。自室と倉庫コンテナの一部、それにロフト空間の一部くらい、私物化していいんじゃないかな?」
「リリー、ユーク……。ありがとう」
薄幸の女傭兵はうるうると涙を滲ませる。
「よしよし、じゃ、箱と間取りは決まりだな。旧船長室にあったデカイベッドはロフトに移動する。天井の透過ディスプレイは要るよな? ――OK、付けておくぜ」
ゴドウィンが手慣れた手つきでサンプル画像を操作すれば、それが、テーブル上にホログラムで浮き上がり、確定した部分に家具や壁紙が配置されていく。
あとはテンプレートの中から広めのリビングと、バーカウンターを併設するダイニングがあるタイプを選択し、個室を4つとシャワー、ランドリー、トイレの水回り、そして医療設備を配した簡易診察スぺースと、それに併設するトレーニングルームが可視化されていく。
医療行為を行うのはもちろん、様々なオプション機能が詰め込まれたエヴァアトモス社のハイエンドアンドロイド、リリーである。
「よしっ、私の部屋はここだっ!」
と、嬉しそうに端っこの個室を指し示すナインベルを見ながら、
「あとはこのコンテナからつながる管内配送路を、ダイニングに接続してください」
と、手元の端末で、ゴドウィンにウケモチドメインコンテナの位置を示していた所、
「あらにゃ~!」
と、リリーが手にする携帯端末画面から、元気よく電子妖精サクラが飛び出してきた。




