前任
――この情報と、採掘権、キュクロプス・モジュール社はいくらでお買い上げになられますか?
ゴドウィンのドローン談義をインタラプトして放たれたリリーの一言。
それは、この資源的には見捨てられていたアールゲス星系にレアメタルがあったという未曾有の情報だ。
「……おおっ、アンドロイドのお嬢さん、そう来るか……。いや、ま、普通そうだよな。そうなるよな――」
『電子専用ドローンのログ解析の結果ですので、正確な埋蔵量については、しっかりとした調査が必要になると思いますが、調査するだけの価値はある有意な情報であると断言できます』
「――分かった。経理部に打診してみるわ。データを俺の端末によこしてくれ」
『はい。では、全体含有量の予測と、岩体の分析データだけ――。なお、すでにこの宙域にあるすべてのアステロイドに対して、ユーク様の所有権をマークしてありますので、許可なき採掘は法に触れます』
所有権の付与。
それは、宇宙空間を浮遊する物体に対し、一時的に個人レベルのタグ付けを行う行為である。
最もよく使われるシーンは、採掘業者が有用な鉱物を含む小惑星を発見したが、現時点でカーゴに空きがないなどの理由で採掘を断念するとき。次点は、傭兵が撃破した宇宙海賊の船に、戦闘終了後のサルベージ対象としての目印をつけるときだ。
タグ自体がブロックチェーンを構成しており、付与された計算量に応じて、そのタグの有効期限を伸ばせる仕組みとなっており、同時存在するタグが増えれば増えるほど、そして有効期限を伸ばせば伸ばすほど、膨大な計算資源を要求される仕様である。
これにより、一時的に宣言される所有権の正当性と、その濫用の防止を両立しているのだ。
「すべて? ――おいおい、お嬢ちゃん、全てって、全てなのか?」
『正確には、現在のギャラクシーマップに捉えられている、一定以上の大きさを持つアステロイドの全てです』
「その…参考までに、いくつあったか聞いてもいいか?」
『220,162個です』
「そ……、その、参考までに、タグの有効時間はどれくらいあるんだ?」
『128日です』
「あ、あははは――、船長さんよ」
ゴドウィンが僕の方に向き直る。
「お前さんとこのアンドロイドは、冗談も言うんだな……」
多分冗談なんかではないし、ゴドウィンもそれに気づいているんだろうなぁ、と、僕は思う。そして、ふと合成コーヒーが恋しくなり、パイロットシートのドリンク用アタッチメントを、手持ち無沙汰な感じで撫でるのだった。
***
ズ…ズン…
着陸バッドにヴェルテブラが固定され、次いで、曳航してきた輸送艦にも同様の措置が取られる。
「しっかし、こいつは、モジュールコンテナ船の顔をしてるが、その実、各コンテナをドローンベイに改造したドローン艦だったのか……」
そう、感慨深げにゴドウィンは呟く。
「――確かにコンテナは、色んなものにカスタマイズできるイカしたパーツだが、ドローンベイにしてるヤツを見るのは初めてだなぁ」
そうか。この経験豊富そうな老技師長をしても初見のビルドなのか、と、僕は前任者の尖りっぷりに苦笑する。
「一般のドローンベイも、十分コンパクトで多機能だから、わざわざコンテナを改造する意味が薄いんじゃないですかね?」
そして、僕はその前任者の知識を拾いながら答える。
ユーリーが、わざわざコンテナをドローンベイとして活用していたのは《ヴァルチャー》以外に、無改造なドローンがなく、既存のドローンベイでは運用が難しかったかららしい。特に《ジェリーフィッシュ》なんかは、ユーリーの完全オリジナル機のため、それに適合するドローンベイなどあるはずもなく。
「前任――、とか言ってたな、船長」
「……はい。この船は、前任が下積み時代に使っていたものだそうですよ。そしてその前任は、このように――」
と、ぼくは両手を広げてヴェルテブラの殺風景な船内を示す。
「――住環境という単語が脳内の辞書から抜け落ちていたのです。だから、僕たちは理想の我が家を手に入れるために、キュクロプス・モジュール社までやってきた、というわけですね」
僕が、若干大げさにそう表現すると、
「分かった分かった」
と、ゴドウィンが肩をすくめる。
「お前さんたちは、俺たちの恩人だ。おまけにレアメタル鉱床の座標情報まで独占販売してくれるってんだから、これ以上野暮なことは聞かんよ。――それに、船長のところのアンドロイドはおっかないしな」
さすがは滅びのカラクリ巫女神様だ。
前者は照れ隠しで、後者が本音であろうと僕は考える。
まったくリリー様々である。
『ユーク船長、コンテナモジュール船・ヴェルテブラをこのまま11番本部ゲートへ誘導いたします』
管制業務を請け負っているのはリリーのようなアンドロイドなのだろうか。感情を全く感じさせない声で、アナウンスが入る。
『輸送艦オクトーバは19番緊急ゲートに向かいます。賊は治安維持機構に引き渡し、乗組員は念のため医療センターでメディカルチェックを受ける予定となっています。何かご質問はございますか、船長?』
滑らかなアナウンスに「いや、特にないよ」と返答すれば、ヴェルテブラを固定した着陸パッドは滑らかにドック内を進んでいく。
外でも見た、機械の単眼エンブレムが刻印されたハッチが開き、ヴェルテブラを飲み込むと、パッドが回転しブリッジが建物側を向いた。
『外殻シールド密閉完了。ゲート内の気密ライン、確立。注気を開始します』
そして、再度機械音声的なアナウンスが響くと同時に、ドックの天井に並んだ高圧噴射口から、シュアァァァァ……と真っ白なエアの霧が勢いよく吹き出す。
「あ~、終わった。コーヒーが飲みたい」
僕はそう呟いてパイロットシートから降りると、固まった体をほぐすように伸ばす。
そして、エアロックの警告灯が赤から緑に切り替わるのを確認してから、僕はタラップへと続くハッチを開けた――
「――ユーク様っ!」
すると、ヴェルテブラのハッチが開くのを待っていたのか、突然、リリーが――僕の胸の中に、全力で飛び込んできたのだ。




