余禄
『——本船団はこれより150番ゲートへ進入します。誘導ビーコン検知、オートドッキングプログラムと接続完了いたしました』
ブリッジに響くリリーの静かな声とともに、微かな接地振動が足底を揺らした。
モニターの向こうは、ほんの数時間前に、ナインベルとワイワイ言いながら通ったキュクロプス・モジュール社の宣伝空間。しかし、オートで案内される先は、商談場所のカスタマイズドックではなく、通常は、従業員しか通らない殺風景な巨大通路の先の物資搬入区画だった。
『はははっ、見ろよユーク、あれ、傑作だぞ』
役目を終え、ヴェルテブラにドッキングしたダンデライオンから、ナインベルの笑い声が聞こえる。
何十人もの技師や幹部たちが、吸い寄せられるように観覧デッキのガラスにへばりつき、口を半開きにしてこちらを凝視しているのだ。
「どっちかっつーと、俺も、心中はあんな感じなんだがなぁ……」
この作戦に同行し、一部始終を目撃したゴドウィンもどこかあきれ顔である。
無理もない。
僕たちの母艦ヴェルテブラの無骨なトラスフレームには、回収した傷ひとつない特注の高級居住モジュールが接続され、さらにそれを運搬していた輸送艦までもが、まるで釣果の魚のように悠然と曳航されていたのだから。
「全部丸く収まってよかったですね。余禄もついてきましたし」
ただ、もしかすると、極めつけはその『余禄』のほうなのかもしれないが。
「……余禄って、お前なぁ」
脅迫状が叩きつけられてから、まだ4時間と少し。 彼らが「身代金を用意するか、緊急部隊を編成するか」で胃を痛めていたであろう時間で、事件はこれ以上ない形で、しかもオマケ付きで解決してしまっていたのだ。
***
時は少し巻き戻り。
「リリー、3番コンテナから採掘ドローン、4番コンテナからリペアドローンを出すよ」
『はい、ご主人様。オクトーバ号端末からダメージログ抽出完了、ヴェルテブラに転送します』
賊を完封後、ヴェルテブラは予定どおりシールド出力を全開にしてデブリ帯に突貫、救助対象の輸送艦付近に陣取った。
そして、早速周囲の掃除と艦の発掘に取り掛かったのだ。
「燃料漏れも空気漏れもなしか。よっぽど上手にぶつかったんだね。船長の腕がいいのかな?」
電子戦インプラント経由で《ジェリーフィッシュ》から送られてくるデータを確認しつつ、岩石との緩衝部分を採掘ドローンで削り落としてゆく。削った部分には資源も含まれているのだが、倉庫コンテナ2個は置いてきているので、廃棄せざるを得ない。
『ユーク様、どうされましたか? ドローンの運動効率が6.18%も落ちているように見受けられますが』
『ああ、ごめんよ。なんとなく、削った資源を捨ててくのがもったいなくてね。後、なんかこの辺、重力場が微妙におかしくてドローンの挙動計算が若干複雑なんだ』
『ご安心ください、この宙域には有用な資源は……? ――え? 重力場、ですか? えぇ……? あれれぇ…?』
ん、どうしたんだろう? リリーが可愛い。
今、明確に認識したが、どうも僕は、いつも冷静なリリーの、この、ちょっと戸惑ったときの声がたまらなく好きなようだ。
『リリーっ!? 大丈夫かっ、どっか壊れたのか!? …ってぇっ! なんで拳骨っ!? いや、なんかこれも懐かしいけどさっ!』
ナインベルも同じ気持ちだったらしく、かつての『リリー』にするようにからかって、そして、当時と同じリアクションをもらったらしい。
『ゆゆゆ、ユーク様っ! 今すぐこの岩塊をマークして所有権を主張してください! そして、《ジェリーフィッシュ》で周囲に同じ反応がないか探索をっ!!』
「ん…? 確かに、小さすぎてあまり気にしてなかったけど、この一帯、重力反応が若干変だよね。なるほど、アステロイドが何かを含んでいるのか」
これだけへんてこりんな反応を示していれば探索はたやすい。というか、この小惑星帯を貫いてリレーしていた《ジェリーフィッシュ》のログを探索するほうが早いか?
ログ解析などは、電子戦インプラントに通してしまえば一瞬だ。
「いくつか――、いや、結構あるね。特にデカい岩塊が似たような特徴を出してる」
『マークです、マーク、残らずマーク! いえ、私がやりますっ。ログデータをこちらに下さいっ!!』
てんぱってるリリーも可愛い。
そう感じるのは、ずっとドワーフっぽいおっさんと、無骨なヴェルテブラのブリッジに、たったふたりきりでいるせいだろうか。ああ、リリーの淹れた合成コーヒーが飲みたい。
「おい、船長っ、もしかすると、こいつは……」
僕がリリー・ロス症候群に悩まされていると、その元凶であるおっさんゴドウィンが、若干震え声で呟いてきた。
「――重力殻金属が含まれてるんじゃねぇか?」
「え?」
固有名詞が出た途端、ユーリーの知識が息を吹き返す。
重力殻金属。それは通常の物質とは異なり、局所的な「重力子」を内部に閉じ込めたまま固定化されている超高密度物質。重力制御装置のコアとなるため需要は無限にあり、そして、人工的に生成するには恒星規模の莫大なエネルギーを要するいわゆるレアメタルの一種だ。
「ということは――。つまり、オクトーバ号は、この岩塊にめり込んでいるわけではなく、推力を失ったためにこの岩塊の、重力に囚われているってことですか?」
「――おそらくは」
ええと、と僕は首をかしげる。
材料となればユーリーの知識が使えるが、物性となるとお手上げだ。ただ《ジェリーフィッシュ》が観測している重力異常は非常に些細な値なので――
「じゃ、オクトーバ号は岩塊にめり込んでいるんじゃなくて、磁石のようにくっついてるだけと仮定するか……」
となれば、サルベージドローン全機放出し、双方を逆方向に押してみるのが得策か。
岩石から有用な資源を削りだす採掘ドローンと、宇宙空間の落とし物――主に撃墜した海賊艦からの略奪になりがちだが――を回収するためのサルベージドローンには、同じ規格のマジックアームが付いている。
弱い重力で、岩塊が一方的にオクトーバ号を引っ張っていると言うなら、ドローンの推力でもなんとかなるのではないか、というのが僕の仮説だ。
そこで、岩石と、オクトーバ号の船体とを、各ドローンのアームにがっちりと掴ませて、それぞれ反対方向に押してみることにする。
「おっ、これは行けそうな」
すると、ゆるゆると岩塊から船体が外れていくではないか。
「この隙に曳航用電磁ワイヤーを結んでしまって……、と」
大きさからすると小型ドローンに分類されるサルベージドローンと採掘ドローンだが、合計で12機も集まるとなかなかの推力を発揮する。
それらを姿勢制御スラスターのように使って、オクトーバ号はヴェルテブラとの軸合わせを行う。
「ナインベル、聞こえてる? 曳航用電磁ワイヤーを成立させたいんだ。オクトーバ号からトラクタービームを出してくれないかな。それが終わったら帰投開始だよ。ダンデライオンのほうに戻ってね」
『分かったぞ、ユーク。だけど、ちょっと待ってろよ……。リリーのやつが全力で計算してるのか、固まっちまってて……、ええと、トラクタービームユニットは、このへんかな? ああ、あったあった。いいか? いくぞーっ!』
オクトーバ号の船首と、ヴェルテブラ船尾からそれぞれ発されるトラクタービーム。
2条の光は絡まりあうように増幅され、やがて1条に結合する。これにて『曳航用電磁ワイヤー』は成立し、双方の船は、そう簡単には分かたれることのない絆で結ばれたこととなった。
「――そういえば、この技術にも重力殻金属がかかわってるんだったか」
おおよそ帰投の準備が整い、ユーリーの知識に目を通しながら僕はこの謎のレアメタルについての理解を自分のものにしようと努力していたその時に、
「なぁ船長……」
「はい?」
作業が終わるのを待っていてくれたのか、ゴドウィンが、どこか疲れたように目頭をもみながら訪ねてきた。
「おまえ、それ……、どうやって操作してんだ?」
「え? それってドローンのことですか? ――それぞれのベクトル計算をして個別操作してますが?」
僕、というか、ユーリー的には至極真っ当な回答。
そして一般的には、ドローンというものは自律動作する補助兵装であって、砲やミサイルを補助するサポートマシンに過ぎないという『一般常識』を、ユーリーの知識の隅っこに発見する。
「ドローンに注力したら、こんなの、誰だってできますよ、あ、あははは……」
と、笑ってごまかすことを試みるも、
「逆だ船長、逆。――注力する術がなかったから、ドローンは補助兵装にならざるを得なかったのさ。艦載AIが操作するには複雑すぎて、アンドロイドに任せようにも、彼らにかけられた法的制約がそれを許さなかった」
熟練の整備士の知識なのか、はたまた宇宙船オタクのトリビアなのか、多分後者じゃないかと僕は思うが、ゴドウィンは追求の手を緩めてくれない。
「俺の知ってる船乗りで、ドローンを主軸に戦える変態といえば――」
あれ、この流れって、ちょっとやばい?
もしかして、ユーリー君――、というか、僕が身バレする?
あと、変態って何? ユーリー君にごめんなさいしたほうがいいんじゃないかな? 僕はあんまり異論ないんだけどさ?
などと、若干焦りながらぐるぐると思考を巡らせていると、
『マーキングが完了しました。この重力殻金属の分布データと、採掘権ですが、――キュクロプス・モジュール社はいくらでお買い上げになられますか?』
絶妙なタイミングでリリーが別件かつ無視することが難しい話題を突っ込んでくれたのだ。




