電撃
宇宙空間に音の伝播はないが、ヴェルテブラのモニタの片隅で、ダンデライオンのリアクター出力が増してゆく。
「船長!? 30秒って、どういう……」
「こっちの手札はないに等しい。だから、この場合は唯一手元に残った《時間》というジョーカーを使います」
「……あ? 時間だぁ?」
「僕たちは、通常ありえない速度でこの宙域にたどり着きました。相手にとって《今》は、交渉はあったとしても、救援は絶対に来るはずのない時間帯です」
僕はユーリーの顔でにやりと笑う。
「稟議を回して契約して、人材を集めて船を出して、ようやく俺たちと交渉開始だ。しかも、このデブリをどうにかするまでドンパチはありえない。――向こうはそう思ってる。だから、それらを全部すっ飛ばします」
「すっ飛ばす!?」
ゴドウィンの素っ頓狂な声に、
「ああ失礼、キュクロプス社の稟議はもう終わってましたね」
僕は笑って答える。
「つまり、相手が立てこもり態勢になる前に、こちらの存在に気づく隙すら与えずに片付ける。――単なる電撃戦ですね」
「単なる電撃戦だと……!? あのデブリの海をあと30秒、――いやもうあと12秒後に突っ切って、海賊の警戒網を潜り抜けるなんて、それは神業――」
「いえ、単なる電撃戦です。――僕と、リリーと、ナインベルなら」
深く、息を吸い込む。
思考のギアを、意識の最奥へと噛み合わせる。
僕の体内――眼窩後方に設置され、視覚と意識を思うがままにコード化する電子戦用インプラント《マクスウェル》が、微かな加熱とともにフル稼働を開始した。
世界から音が消える。
流れる時間がスローモーションへと落ちていき、インプラント過稼働の副反応として虹彩内レイリー散乱のバランスが変化する。
「船長っ、……おまえ、目が、金色に……!?」
「――よし、《理解した》」
***
シュアァァァァァン……!
デブリ帯の中ほど、最もオクトーバ号に近い位置で滞空していた『ジェリーフィッシュ』の、クラゲの足のように伸びたアンテナから、指向性のジャミングパルスが、深部へ向かって照射される。
『ん~? なんだ? センサーにノイズが?』
海賊たちが拠点にしているブリッジの外部センサー、広域レーダー、通信回線――そのすべてに、うっすらと、しかし無視できない濃度のノイズが乗る。
『またかよ。――ここのデブリにゃ、電波を拡散する鉱石が多いって噂だ。多少の乱れは気にするな。それより早けりゃあと30分ほどで治安維持機構が動き出す。油断してんじゃねーぞ』
『へへっ、最速でタレこんでりゃ、だろ?』
海賊たちのだらけ切った暗号通信が、僕の脳内にクリアな電子データとして流れてくる。
想定通り、彼らはドローン暗躍を一切察知できていない。完璧な情報遮断状態だ。
その隙を逃さず、《ヴァルチャー》の群が一糸乱れぬフォーメーションで宙を舞う。
海賊も、ダンデライオンも、リリーもナインベルも。
オクトーバ号もその中にいる15人と3人も。
そして、このアステロイドベルトに漂う小惑星たちも。
飛び交うドローン、噴射する推進剤、散逸する熱量と情報、それらすべてが。
僕の脳内で計算可能な多次元ベクトルとなって、僕が求めるゴールに向かって、最も確率の高い答えを連続で紡ぎ出していく。
《ヴァルチャー》が収束重レーザーを一斉に照射し、岩石表面に無数の小爆発を引き起こす。そのエネルギーが、ユークの計算通りのベクトルを岩石に与え、デブリが少しだけ軌道を変える。
『カウントダウン、5』
それを只々精密に、
『4』
気の狂うくらいの回数を、
『3』
たったの1ミリもずれもなく、繰り返すだけだ。
『2』
「おいおいおいおいっ、お、俺は……、夢でも見てるのかっ!??」
『1』
『ははっ、何やってんだよユークっ! 岩が、光りながら避けて行って、道が――』
「――開けたよ! 行って、ナインベル、リリー!」
『0』
『了解っ!!』
ヴェルテブラの隣から『ダンデライオン』が蒼炎を吹き出して飛び出した。
メインパイロットシートに腰掛け、力強く操縦桿を握り締めるのは、ナインベル。
その隣のサブパイロットシートには、流れるような手つきで火器管制と航路データを整えるリリーの姿があった。
「凄いっ、見える! この間も《ヴァルチャー》が追従して、私たちの安全を確保してくれてる」
前方から迫る岩石の壁。
その岩体に突如として穿たれたレーザーの穴へと、ナインベルは迷うことなくスロットルレバーを限界まで倒し込んだ。
視界が加速のGで歪む。
砕け散る星屑の残光が、ダンデライオンのシールドに弾かれ流星群のように後方へ流れていく。
(……あぁ、この感じ……)
過酷なGに耐えながら、ナインベルの胸の奥で、ふっと古い記憶が蘇っていた。
それはまだ自分が傭兵としての駆け出しで、リリーと訓練施設にいた頃。
シミュレーターの中で、ふたりで死ぬほど叩き込まれた突入訓練の記憶。
『ナインベル、右旋回。次の制圧ポイントまであと2秒よっ!』
『言われなくても分かってらぁ! 私についてこい、リリー!』
あの頃と、何も変わっていない。
冷徹なまでに正確なリリーのサポートと、それに全幅の信頼を寄せる自分の感覚。
隣のサブシートに座るリリーもまた、チラリとナインベルの横顔に視線を走らせる。
(……『リリー様』の記憶より、ずいぶんと大人っぽくなられましたね)
かつて小さかった少女の肩は、今や頼もしい傭兵のそれになり、自分を護るように毅然と操縦桿を握り締めている。
自身がたとえ『仮初のリリー』であったとしても、この背中と共に駆け抜ける心地よさは、リリーの電子頭脳の記録層に深く刻まれた、かけがえのない宝物だ。
「オクトーバ号、エアロック着底まで――3、2、1……今です!」
「おっしゃ、逆噴射っ!!」
「ロック完了っ! ブリーチング開始しますっ!!」
ダンデライオンのドッキングポートが、運搬船の非常用ハッチへ完璧な精度で噛み合わさった。
***
「くそっ、なんなんだよ! 外部モニターを早く復旧させろ!」
「ダメです、全波帯で強烈なジャミングを受けてて外が何も見え――」
欺瞞の時間はすでに終わりを告げ、現在の《ジェリーフィッシュ》のジャミングは最大出力だ。
運搬船のブリッジで、銃を構えていた海賊たちが狼狽えた、まさにその瞬間だった。
バコンッ!!
重厚なエアロックの扉が内側へ吹き飛び、その陰から一筋の影が舞い降りた。
「動くな、害虫ども」
分厚い鋼鉄の扉を蹴り飛ばしたのはリリー。
金属製の扉がブリッジ内を蹂躙する爆音に紛れ、躍り出たのは、二丁の軍用拳銃を構えたナインベル。
「なっ、女――」
海賊が引き金に指をかけるより早く、ナインベルの身体がしなる。
ビッ!ビッ!
経路上の空気が熱膨張する、レーザーガン特有の射撃音が2回。海賊たちの武器だけが寸分違わず撃ち抜かれ、艦内に弾け飛んだ。
間髪入れず、ナインベルは低く踏み込み、巨漢の海賊の顎へ鋭い膝蹴りを叩き込む。
「ぐはっ……!?」
「2人目、行きます」
さらにナインベルの背後から流れるように滑り込んだリリーが、優雅な動作で別の海賊の首筋へ手刀を叩きつける。
精度100%の打撃が中枢神経を即座に麻痺させ、巨体がドサリと崩れ落ちる。
「ヒッ……このメイド、アンドロイドっ……!?」
武器を奪われ、仲間を一瞬で沈められた残りの海賊が、腰を抜かして後退る。
「はっ、これで終わりか? 相変わらず海賊どもは手応えがねぇな」
ナインベルが二丁拳銃を流れるようにホルスターにしまうと、口元に不敵な笑みを浮かべた。その隣でリリーが、淡々と荷物を梱包するように、無力化した海賊どもを縛り上げていく。
『――こちらナインベル。オクトーバ号の制圧を完了した。人質全員の無事を確認。けが人はいるが、大事はない。海賊どもは全員ふん縛ったぞ! いつでも来な、ユーク!』
ほどなくして、ヴェルテブラの艦内に、獰猛な笑顔を浮かべているであろうナインベルの通信が響き渡った。




