三十
『ユークっ、反則、お前っ、それ反則っ!!』
ブリッジに、ナインベルの、子どもっぽい悔しそうな声が響き渡っている。
『なんで駆逐艦級のモジュールコンテナ船が、型落ち中古とはいえ、コルベット級の戦闘艦より早いんだよっ!?』
『――申し訳ございません、ユーク様。私が三つ子リアクターのフェーグズクロックに関する詳細情報を持っていなかったばかりに、到達時刻に大きなズレが……』
「速い分には全く問題なし!」
「船長も、なんか嬉しそうだな」
「そりゃ、まぁ」
アステロイドベルトへの道行きは、途中から、なぜかスピード勝負のデッドヒートの様相を呈し、結局ヴェルテブラが、ダンデライオンに3分程の差をつけて圧勝したのだ。ついでに、到着予定時刻も20分程度早まった。
『きーっ!』
とか、ナインベルが叫んでいるのを若干心地よく聞きながらも、
『ダンデライオンの見せ場はこれからだよ。ヴェルテブラは速度が出ても小回りは効かないから、小惑星の群れには突っ込めない』
と、彼女をフォローしておく。
彼女抜きではこの救出劇は成り立たない。
よって、できれば万全のメンタルで事に当たってほしい。
『ぐぬぬぬぬっ、覚えてろよユークっ! 完ぺきにこなして度肝を抜いてやるっ!』
と、若干前世の中間管理職めいた思考になりかけていたのだが、さすがは五つ星。しっかりとメンタルを立て直してくる。
『あらあら、今朝はあんなにも甘えていたのに、そんなにツンツンしなくても』
『だだだだだ、誰がっ、誰が甘えていたってっ!?』
そしてリリーさんや、せっかく上がったテンションをへし折るのはやめてほしい。
「でもまぁ、いい感じに肩の力が抜けたのかな?」
そう、僕は思考を切り替えて、電子戦用ドローン《ジェリーフィッシュ》を4機放出する。
「まずは調査からだね」
電子戦インプラントをそれらにつなげ、先頭の一番機の映像をヴェルテブラのメインモニタに回す。
「おいおい、調査って、こっから何を調査するんだよ」
「座礁した船――オクトーバ号でしたっけ? が、今どんな状態にあるか、ですね」
「バッカ野郎ーっ! ここからオクトーバ号まで、どれだけ距離があると思ってるんだっ!? 電子戦特化艦でも躊躇する距離なんだぞっ!! ……って、何だこの映像は!?」
ぎゃんぎゃん騒いでいたゴドウィンだったが、一番機の《ジェリーフィッシュ》がリアルタイムでアステロイドベルトに突入している映像を見て押し黙る。
そこは、戦闘艦にとっては、岩石密度の濃い宙域だが、艦船より圧倒的に小さいドローンにとっては、オート回避が可能な程度にスカスカな空間なのだ。
「やっぱり電波が乱れますね。岩石の金属成分が多いのかも?」
「いや、乱れるって、十分すぎるくらい鮮明なんだが……、どうなってんだ?」
それは、《ジェリーフィッシュ》一番機が通信限界距離に到達する前に二番機を追従させて通信信号をリレーしているからなのだが、わざわざおっさんに手の内を明かす必要もあるまい。
「――その辺は企業秘密で」
「ちょ、船長、そりゃないぜ、教えてくれよっ!! どうなってんだよっ!?」
「ご、ゴドウィンさん、作戦行動中ですっ! おとなしくシートに座っててくださいっ!」
ぐわばっ、と立ち上がり、僕に迫ろうとするおっさん。
メーデーメーデー、ドワーフに迫られている、リリー、助けてっ!?
『ゴドウィン様』
その瞬間。
もちろん、半分冗談なので、特に思考は電子信号化していなかったのだが、何故かリリーがお堅い声でブリッジに通信をよこしてきた。
『むやみに傭兵の手の内を探ることは治安維持機構の規則に触れます。私はユーク様に仕えるアンドロイドです。ご主人様にかかわる一切のログは常に収集しておりますのでお忘れのないように』
「おっ、おう! 委細了解したっ。――お口にチャックしとくぜっ!」
ピンっ、と背筋を伸ばして、リリーが映るサブモニタに向けて敬礼するゴドウィン。
『ご主人様にかかわる一切のログは――』のくだりで、なぜか僕の背筋もピンっ、となる。
「いや、……おっかねぇなぁ、船長んところのアンドロイドはよぉ」
「あはは……、なにせ滅びのカラクリ巫女神様ですから」
「なんだそりゃ?」
と、ふたりでひそひそ話をしているその間にも《ジェリーフィッシュ》のリレーは三番機を接続し、伸びてゆく。
「ん……、なんか反応を拾ったね。あれかな? ……よしっ、見えた! ダンデライオンにも共有するよ」
モニタの遠く向こうに巨大な小惑星にめり込むように座礁した、白い船体映像が鮮明に表れたのだ。
***
「――よっしゃっ、まとまった生体反応は15!! この固まってるのが乗組員だとすりゃ、全員無事だぜ……!」
大人しくサブシートに座ったまま、ゴドウィンが快哉の叫びを上げる。
『ユーク様が入手しました艦内マップによりますと、クルーは食堂に軟禁されていることが予想されます。この距離からのスキャンでは、健康状態までは推し量れませんので早急な救出が必要でしょう』
「しっかし……信じられねぇな。ただのコンテナモジュール船で、この距離からこれだけの高精度信号と映像を受信できるたぁ、どんな技術だ……っ! そこいらの電子戦専用艦をかき集めてきたって、到底届きやしねぇ距離だぞ……っ!!」
ゴドウィンはそこまで呟くと「んんん? 艦内マップだぁ? なんで? ハッキング??? おぉ?? どうやって?」と目を白黒させている。まぁ、《ジェリーフィッシュ》経由で通信は確立してるんだからそれくらいはね。
いまやモニターに鮮明な映像で映し出されているのは、高密度デブリ帯の深部で身動きを失っている運搬船の影だ。乱舞する小さな――といってもドローンの数倍はある――岩石の合間に、ひときわ巨大な岩塊にめり込むように座礁している船影が映る。
『だけどユーク、目の前の石っころ、本当にどうにかできるのか? 情報が得られても救援が届かなかったら意味がない。ヴェルテブラのシールドが巡洋艦級なら、アステロイドの海を力任せに進むってのもありなんだぞ』
ナインベルがこの先のプランについて確認を求めてくる。たしかに、リアクター出力の大半をシールドに回せば、それもひとつの解となる。だが、最適解ではない。
『ナインベル様、それは次善です。ヴェルテブラ本体の侵入となると、隠ぺいするには大きすぎ、賊どもを無駄に刺激してしまいます』
その解説は、ダンデライオンのサブパイロットシートに座るリリーが行ってくれた。
『生体反応は全部で18なんだろ? 賊がたった3人なら、ブリーチング後、私とリリーで瞬殺すればいいじゃん?』
そんなナインベルの男気あふれるセリフに、
『ナインベル様、安全マージン――』
リリーが、こう、途中で言い直す。
『――いえ、脳筋という言葉をご存じですか?』
『なんだ、いきなり? 脳まで筋肉……? って、もしかしたらそれは私のことかーっ!!?』
僕はそのやり取りに苦笑しつつも、事前共有してあったプランを反芻する。
それシンプルな隠密作戦だ。
生存者を確認後、《ジェリーフィッシュ》で不自然でない程度のジャミング電波を発生させる。そして、外界の情報が曖昧になったところを《ヴァルチャー》の精密射撃で小惑星を部分破壊し、座礁した輸送船までの細い道を開くという計画。
「リリー。そろそろ始めようか」
ただし、可及的速やかに、相手に何が起きたかを一切悟らせることなく、一瞬で、電撃的に実行するのだ。
『承知しました。カウントダウンを開始します。ナインベル様、ダンデライオン、フルスロットまで30』
『えっ、30って、30秒!?』
『29』
『まってまってまって!??』




