時短
「契約成立だ。すまないが、さっそく事に当たってくれ。事態は一刻を争う」
ゴドウィンにうながされ、僕たちはミーティングスペースを出て、ヴェルテブラのもとに集まる。
「リリー、現状は?」
「はい。脅迫状の受信時刻が0814、現在時刻が1019、タイムリミットの6時間まであと3時間55分です」
「ありがとう。ゴドウィンさん、ドッグ設備の操作権限をください」
「おう、1時間分付与する。端末をかざせ」
僕は、自身のスマートデバイスをゴドウィンのそれに接触。権限を受領すると同時に電子戦インプラントとリンクし、ヴェルテブラのタラップを下ろしながら、ドッグ内のクレーン等を操作、ダンデライオンとヴェルテブラとのドッキングを解除する。
「リリー、ヴェルテブラの現在の推力で、件のアステロイドベルトまでの到達時間を出してくれる?」
「――はい。2時間と26分ですが、このドックに倉庫コンテナを2つおいていくことでおよそ27分の短縮が可能です」
「じゃ、ドローンコンテナ1もパージしよう。ドッグの内疑似重力を弱くするから気をつけてね」
「船長、手慣れてやがんな……」
感心するようなゴドウィンの言葉とともに重力が1Gを下回り、エレベーターで降下するような浮遊感が僕たちを襲う。
同時に相対的に軽くなったコンテナを、僕が電子戦インプラントを介して操作するドッグ備え付けのクレーンが流れるように取り外していく。
「ドローンコンテナ1も取り外されるのであれば、所要時間は約1時間にまで短縮可能です。ですが、特に大型の艦船やデブリに対する対応能力の低下が懸念されます」
「……いや、それでいこう。今回は、時間があればあるほどいい」
「――承知しました」
「ちなみにダンデライオンの重量も抜いて計算してるよね?」
「はい、私とナインベル様は、あらかじめダンデライオンに搭乗し、往路はヴェルテブラに並走する形で現地に向かいます。ただ、復路は推進剤の関係から、ヴェルテブラに曳航される予定です」
低重力空間となったドック内でクレーンたちがパージしたヴェルテブラのコンテナを整然と積み重ね、片付けてゆく。これで、いつも出航可能だ。
「分かった。じゃ、ふたりとも、しばらくのお別れだ。作戦行動を開始する!」
「よっしゃっ、私の腕前を見せつけてやる! 驚くなよ、ユーク!」
タラップを3歩で駆け上り、ダンデライオンのコックピットにたどり着いたナインベルが元気いっぱいに叫ぶ。
「ユーク様…」
「ん? どしたの?」
それとは対照的に、気づけばリリーが遠慮がちに僕の作業着の裾を引っ張っていた。
「……いえ。ご武運を。お気をつけて。――ダンデライオンからできる限りのサポートをさせていただきます!」
一瞬、寂しげな雰囲気を感じたような気がしたが、彼女の緋色の瞳は、いつもの『僕をお世話するんだ』という使命感のようなものに燃えていた。
「お互いにね。十分に安全マージンを取っていこう」
僕はそう言って、リリーの頭を軽く撫で、ヴェルテブラのタラップへと向かった。
***
「船長さんよ、ここはひとつ頼んだぜ」
「はい、お任せください……って、ゴドウィンさん?」
そして、一人でヴェルテブラを操船か、と考えていたユークの後に、ぴったりとゴドウィンがついてきている。
「ええと……、ゴドウィンさんは何で……?」
「こんなイレギュラーな依頼、任せた。あとはよろしく、ってわけにはいかんだろ? キュクロプス側でも責任者が一部始終を見届ける義務があるってもんだ」
などと彼は偉そうなことを行っているが、「おい、船長さん、機関部はあっちか? この配線はどこにつながってるんだ?」などと、どこか落ち着かない様子。
「まぁ、とりあえず時間が惜しいので急ぎ出航します。ヴェルテブラ内部を見学したいのであれば帰りの移動中にでも対応しますよ」
と、カマをかけてみたところ、
「マジかっ! やったぜっ!」
と、飛び上がって喜ぶではないか。
語るに落ちるとはこのことか、と僕が苦笑いしていると、
『私たちの仕事ぶりを見てもらえるなら、キュクロプス・モジュール社への説明の手間が省けて良いのではないでしょうか?』
と、電子戦インプラントを介してリリーの声が届く。
『ユーク、いつでも行けるぜ?』
一方、ナインベルの声は、ヴェルテブラのブリッジに響く。
「船長、キュクロプスの1番ゲートを開けた。着艦パッドの移動を開始する」
「了解、リアクター、通常モード、スタンバイ。ゴドウィンさんは、そのへんからサブシートを引っ張り出して座っていてくださいね」
「あいよっ!」
リリーはたとえ戦闘行動中でも僕のパイロットシート斜め後ろで直立待機しているのだが、それはエヴァアトモス社のハイエンド・アンドロイドだからできる技である。
――まぁ、ヴェルテブラはドローン艦であるため、戦闘艦ほど激しく動き回らない、ということも影響しているだろう。
「おお、これがリアクターの協調動作音かっ!! くぅ~、カッコいいなぁ、おいっ!!」
美しいユニゾンを奏でながら、ヴェルテブラのリアクター出力が高まっていく。
「すげぇ、すげぇぞっ! マジで巡洋艦を上回る出力が出てやがるっ!!」
「あああ、ゴドウィンさん、座って、座ってっ! 今から加速しますよっ! コケて頭打ちますよっ!?」」
「おうっ! やれっ、かまわねぇから全力でぶっ放せーっ!!」
『……ねぇ、リリー?』
『はい、どうしましたか?』
『いや、なんとなく、声が聴きたくなっただけ』
『まぁ!』
僕の問いかけに即座に反応し、電子戦インプラントに響く涼やかな声。
わいわい騒ぎ立てる小さなおっさんのダミ声を聴きながら、ああ、可愛い女の子のクルーって、ものすごく精神衛生上よろしかったんだなぁ、と、僕はリリーの不在を嘆くのであった。




