意見
「……で、あんたを…、――そうだな、イカれたビルドを乗りこなす凄腕船長と見込んで、意見をもらいたいんだが」
「意見?」
先ほどまでの熱狂から一転、ゴドウィンが苦々しい顔で僕たちに尋ねてくる。
一体どういうことだろう? 僕は首を傾げ、
「……僕たちは、船のカスタムのご相談に来たのですが」
とりあえず、全くの正論から入ってみることにする。
「ああ、……すまねぇが、こいつは俺よりずっと上のほうからの指示なんだ。腕が立ちそうなやつや傭兵っぽいやつを見つけたら片っ端から意見をもらえってな。その分、商談は勉強させてもらうから、わりぃが話だけでも聞いてくれ」
何だろう?
新製品のモニターとかだろうか、と僕たちは顔を見合わせて首をかしげる。
とはいえ、僕たちに急ぐ案件があるわけでもない。遅れたところで影響は、せいぜい『川の字フォーマット』の適用が延長されて、ナインベルが夜毎に大いに恥ずかしがる程度だ。
故に、承諾することにする。
「よくわかりませんが、……意見するだけでよいのでしたら構いませんよ。こちらも急ぎの案件、というわけでもありませんし」
「すまねぇな。恩に着るぜ。こっちだ」
と、案内されたのは、ドックに併設されたショールームと、そこに併設されたミーティングスペースだった。
「――意見が欲しいのはこれについてだ。事が事だけに、こっちもなりふりかまってらんなくてな。無論、治安維持機構にも対応を打診済みだから、意見を出せなくたって構わねぇ。ああ、そうだ、24時間だけ、守秘義務が課せられるがいいか?」
治安維持機構に守秘義務とくれば、かなりの確率で荒事関係かな? と、僕はナインベルとアイコンタクトをする。
リリーも一瞬虚空に視線を彷徨わせるが、ネットワーク上にはこれといった情報がないらしく、静かに首を横に振ってきた。僕もキュクロプス・モジュール社にハッキングを仕掛けてまで裏を取りたいわけでもないし「分かりました」と返答しておく。
「……よし。こいつはつい数時間前に入った情報なんだが、うちのVIP顧客に納品予定の、特注居住モジュールを載せた船が、――ここで座礁しちまったらしくてな。幸い荷物は無事だったから、速やかに回収したいんだ。だが、いくつが問題があってなぁ」
ミーティングスペースの大画面に映し出されたのは、この星系外縁に広がる岩石デブリ帯――つまるところアステロイド・ベルトだ。
「……ちょ、ちょっと待ってよ、オヤジさん。キュクロプス社の特注モジュールって言ったら、船乗りたちの間じゃ最高級のステータス品だぞ。値段も億越えだ。そんな代物を積んだ運搬船が、なんでわざわざあんな宇宙の墓場を通過しようなんて思ったの?」
傭兵としての長年の経験が、ナインベルに不自然な違和感を嗅ぎ取らせていた。
確かに、航法システムが正常であれば、特注品――つまり、数億ガルドもする高価な貨物を積んだ船が、好んであんな危険宙域を通るはずがない。
「だから、いくつか問題があるって言ったろ」
ゴドゥインが大きなため息をついてミーティングルームのモニターを切り替える。
「ちょ!? ちょっと、オヤジさんっ!? こんなの私たちに見せていいのかよっ!?」
「――藁にもすがりたい状況、というのは理解できますが、私たちはここに買い物に来た客でしかありません。推奨された行為とはいいがたいですね」
それを目にしたうちの女性陣が難色を示す。
僕も、なかなか思い切った対応だなと思う。
この世界では、荒事は日常的で、それを解決するための人員も、傭兵という形で在野には多くいる。ゆえに、緊急事態を一般顧客に公にすることは、それほどタブーではないのかもしれない。
例えば元の世界でも『お客様の中にお医者様はおられませんか』みたいな対応は許容されているので、今回もその延長だと思えばある程度しっくり来る。
『お客様の中に腕の立つ傭兵はおられませんか』だ。
そして、少なくとも、僕は腕が立つ――と、ユーリーの知識が言っている。
ナインベルは未知数だが、五つ星傭兵は傭兵ランクの最高位だ。
「船長さんの船には、型落ち中古の初級船とはいえ、コルベット艦を運搬してんだろ? しかもお嬢ちゃんは、元・五つ星傭兵って話だから、藁より十分マシじゃねえかな、って思ったのさ」
確かにヴェルテブラには、海賊艦を丸ごと曳航したのと同じ要領で、今のナインベルの乗機『ダンデライオン』を運搬している。
今はただ運んでいるだけなので、ヴェルテブラ船内からダンデライオンに乗り込む術がない。よって、大型コンテナを改造し、この『ダンデライオン』のハンガーを構築する計画も、この旅には含まれているのだ。
「僕たちに依頼をしたい、ということですか」
「そこまでは言ってねぇ。戦闘艦を運用する者の意見が聞きたかっただけだ。が、船長が解決できるってんなら、あんたらに託すという判断をする権限が俺にはある」
「なるほど」
と、僕は頷き、改めてディスプレイに意識を戻す。
画面に映る文面。
それは間違いなく脅迫状だった。
ただ、それが結構お粗末で。
「なんていうか、あっちも想定外の状況に置かれているみたいだね」
ざっとその文面に目を通した僕は感想を述べる。
「要約すると……彼ら、単純に自滅したみたいだね。特注モジュールごと船をジャックして闇航路で逃げるつもりだったのが、デブリ帯で操縦を誤って座礁。船のエンジンも脱出艇も潰れて動けなくなったらしい」
「間抜けですね~」と、リリー。「海賊なんて大体そんなもんだろ?」とナインベル。
確かに二流以下の場当たり的犯行だよね。
僕の中のユーリーの知識もそう囁いている。
「…で、荷物は諦めるから、6時間以内に代わりの脱出艇と身代金5億ガルドを用意しろ……さもなければ、1時間遅延するごとに乗組員を1人ずつ殺す、だってさ。自分たちのドジで詰んだくせに、ずいぶんな言いぐさだね」
「自分勝手ですね~」と、リリー。「海賊なんて大体そんなもんだろ?」とナインベル。
……君ら、ぶれないね。と、僕は心のなかで突っ込むも、その感想に異論はこれっぽちもない。
「リリー」
雑魚だろ? 小遣い稼ぎにはちょうどいいんじゃないか。
そう、僕の中のユーリーが囁く。
「はい、ご主人様」
僕の心中を知ってか、リリーが薄く微笑む。
「この場合の相場っていくらくらいなんだ?」
「はい。治安維持機構への正式な緊急介入要請ですが……標準的な査定プロトコルに照らし合わせますと、彼らの請求額は概算で2億5,000万から3億5,000万ガルドに達します」
彼女は淡々と、しかし一点の疑問も挟ませない静かな声で数字を並べていく。
「内訳といたしましては、高密度デブリ帯への突入に伴う『危険海域特別手当』が約8,000万ガルド。人質奪還のための『特殊作戦部隊編制』に1億ガルド。さらに、積荷である数億ガルド相当の特注モジュールに対する『保全保証手数料』と、即時出動のための『超緊急割増』が加算されます」
リリーはそこで一度言葉を切り、緋色の瞳を少しだけ細めた。
「……ですが、彼らに正式要請を出した場合、出動承認の審議と部隊編制だけで最短でも4時間が経過します。作戦が立案され、当該宙域に部隊が展開する頃には人質は殺害され、目的のモジュールも回収不能となる確率が98.4%です。――つまり、お金を払ったところで、何一つ救われません」
沈黙がミーティングルームを支配する。
僕はそれを破ってさらに問いかける。
「ちなみにそのミッションを傭兵が受けた場合の成功報酬はいくらくらいになる?」
「その規模のミッションなら、受注制限は四つ星以上ってとこか。末端に降りてくるの5,000万から、高く見積もっても1億ガルドだろう。やるのか、というか、できるのかユーク?」
ナインベルの提示を受け、僕は、視線をゴドウィンに向ける。
座礁場所と人質のせいで、意外に大きなヤマになってしまっているようだ。
「船長の来店目的は、居住区画と医療設備、それからハンガーの構築だったな。うまくいったら、天井1億で、うちで全部面倒見てやる。どうだ?」
ミーティングルームのモニタには、既に経営陣のサインが成されたキュクロプス社の稟議書と、僕がサインするだけとなっている契約書が表示されている。
対応が早い。
と、僕は感心する。ユーリーがハッキングを繰り返してきた大企業の中には、何日も、下手をすれば何週間単位で、ユーリーの脅迫に対して対応を決められなかったところも多いというのに。――というか、ユーリー君、キミ、かなり悪どいよね、と、この一件をトリガーとして浮かび上がってきた記憶に対して突っ込んでおく。
「どう思う?」
僕は、リリーに確認を促す。
意思決定がスムーズな企業に対し、僕は好感を抱く。できればこのミッションを成功させて、ここでヴェルテブラのコンテナをカスタムしたい。
「契約条項のチェック、完了いたしました。問題ございません」
静かだが確信に満ちた声が、ブリッジの緊張感を和らげていく。
「万が一、回収作業中にモジュールへ軽微な損傷が生じた場合のペナルティ免除規定も組み込まれております。ナインベル様がどれほど勢いよくブリーチングなさっても、報酬が減額される心配はございませんのでご安心ください」
「おいリリー、私がコンテナまで壊すみたいに言うな!」
「ふふ、失礼いたしました。……ですがユーク様、サインなさって結構です。私たちが全力を尽くすに値する条件でございます」
「オーケー。ゴドウィンさん、この仕事、受けるよ」
僕は頷いて、ユークとして初めてのサインをした。




