都会
「船の密度がすごい。なんというか、急に大都会に来たようだね」
ブリッジから見えるのは、巨大な小惑星を中心に構築された大規模経済圏が生み出す、無数の幻想的な光たちだ。
それはこのコロニーを訪れる宇宙船のスラスターであったり、コロニー内から漏れ出る淡い光であったり、付近に無数に浮かぶ広告用ディスプレイの煌びやかな輝きであったりする。
「ふふ、ご主人様。このアールゲス星系は、かつては名前すらありませんでした。……ただの座標の数字として記録されていた、空白の宙域だったのです」
隣でデータバスの青い光を瞳に映していたリリーが、銀髪をかすかに揺らして振り向く。
「空白?」
「ええ。生命の棲める環境惑星もなければ、採掘価値のある希少資源も存在しない。だからこそ――旧大戦の際、どの勢力にとっても価値のない『捨て場所』として、終戦と武装解除の協定地に選ばれたのです」
なるほど、と僕は胸の内で呟く。
無意味だった場所に意味が与えられれば、人々はそこに意識を向けざるを得ない。
そして一度意味が確定してしまえば、場所は意味を拡張しながらその振る舞いを変化させてゆくのだ。
「空白が船の墓場になったせいで、今じゃこの辺のセクターで1,2を争う金づるだもんなぁ。皮肉なもんだよ」
ブリッジ後方の壁に背をあずけ、ナインベルが可笑しそうに鼻を鳴らす。
だが、その鋭い視線は、窓の外で煌めく無数の広告ディスプレイを熱心に追っている。
「持ち込まれた軍事艦船の解体、そして民生品へのリファービッシュ……。集まった商人たちが、その空虚な星系の意味を、ゴミ捨て場から巨大な市場へと塗り替えたのです。そして今や――」
「――宇宙船関連産業のメッカのひとつ、か」
眼前には巨大な小惑星。
某ロボットアニメ初代の最終決戦地のような、巨大な岩石をくり抜いた要塞然とした巨大コロニーが眼前に現れる。
ただ、その威容が示す圧迫感よりも、活気やワクワク感が先立つのは、コロニー周辺の交通量や、その岩体表面を彩るように展開する大型広告が、この宙域を、明るくにぎやかに飾り立てているからに他ならない。
「オートドッキングで構いませんよね?」
リリーがずらりと並ぶ着艦広告――承諾するとその企業のドックにダイレクトに誘導してくれるサービスらしい――の中から、キュクロプス・モジュール社のものをチョイスして確認をくれる。
僕には華麗なドライビング(?)テクニックを披露したいという欲求はこれっぽっちもないので、
「いいよ。それでお願い」
と、リリーに指示する。
「おおお~、きたきたきたっ! シップカスタムの総本山! 一回行ってみたかったんだ!」
徐々に迫りくる『キュクロプス・モジュール社』へとつながる150番ゲートに、なぜか大興奮するナインベルが面白可愛い。
そこには「機械の単眼」とでも表現すればいいのか、かつて軍用艦の装甲を切り出し、繋ぎ合わせていた時代の名残を感じさせる、無骨な鈍色のエンブレムが彫りこまれていた。
***
「うわ……すご……っ! 見ろよユーク! あっちにあるの、最新型の可変ハンガーモジュールだぞっ!? 外装が複合装甲で補強されてる!」
重厚なゲートをくぐれば、そこはキュクロプス・モジュール社の宣伝空間のような作りとなっていた。
目玉商品が所狭しとディスプレイされていて、ナインベルがヴェルテブラのブリッジで、窓――というか、透過型ディスプレイに顔を張り付ける勢いではしゃいでいる。
「本当に船が好きなんだね、ナインベル」
身を乗り出す彼女の瞳は、まるでおもちゃ屋に飛び込んだ子どものようだ。
「当たり前だろっ! 元船の原形をとどめていないカスタム艇とか、どんな新しい使い方を見出したんだろうって、もう見てるだけでワクワクするんだ。……っていうか……、その、女らしい趣味じゃなくて悪いけど」
そこで急にもじもじし始めるのが、なんというか、ナインベルのチャームポイントであると僕は思う。
「って、なに見てんのさ。男はみんな、リリーみたいにお淑やかなのがいいんだろ?」
しかし、当人にとって、それはマイナスポイントのようだ。
あれだけ黒歴史で弄ってきたり、僕を使って照れさせたりしているリリー。
その彼女がナインベルにとって『お淑やか枠』に入っていることに若干の驚きを感じるも、彼女が僕にとって気易くて話しやすいというところは素直に評価ポイントである。
ついでに恋愛耐性がゼロに近くて、からかい甲斐があるというのも強力な加点ポイントだ。
「僕も船は好きだし、共通の話題があるのはいいなってと思うな」
「へっ?」
ビクン、と、透過ディスプレイに大写しにいなっていた広告を見ていたナインベルの肩が跳ねる。
「ととと、とにかく! コンテナを居住区に改造するんだったら、その、キュクロプス社のショールームに行くのが、うん、一番、なんだよ! ふへへっ」
「あらあら、ナインベル様、よかったですね。ご趣味を認めてくださる殿方がおられて。……そして、お顔が真っ赤なリンゴのようですね」
「う、うるさいなリリー! 別に赤くなんてなってない!!」
照れ隠しに声を張り上げるナインベルの横で、リリーは満足そうに微笑む。
どうにもリリーには、ナインベルを僕にくっつけようとする思惑があるように感じられるのだが、そのあたりはどのようなロジックが働いているのだろうか?
『オートドッキング、完了しました。キュクロプス・モジュール社、本社ショールームへようこそお客様。これより9番カスタマイズドックとご案内いたします』
着陸パッドへの接舷ショックが、足元から微かに伝わってくる。
僕らはさっそく、新しいコンテナの選定のため、キュクロプス社のドック担当者のもとへ案内されるのだった。




