起床
美女2人のサンドイッチ。
こんな状況で眠れるはずがない、と思っていたのだが、疲れが溜まっていたのか、あるいはパランス・コーポが誇る最新ロットのベッドの寝心地か、はたまた、過保護メイドからリラックス成分でも放出されていたのか、深い眠りの感覚と、そこから得られた活力の、双方が感じられる目覚めとなった。
そして目を開ければ、ナインベルにしっかりがっしりホールドされている自分と、それを嬉しそうにニヨニヨと眺めるリリーの緋色の瞳があった。
「おはようございます、ユーク様。9時間と1分19秒の睡眠でした。やはりお疲れだったのですね」
と、リリーがほほ笑む。
「……おはようリリー、そして、この状況は…?」
寝起きでまだ頭がぼーっとしているので、半ば無意識で胸板に乗るナインベルの頭をやさしく撫でながら尋ねる。
「昔から、ナインベル様には抱き癖がございまして。『リリー様』は、よく、暑い、うざいと蹴飛ばしておられたようです」
「なるほど…。で?」
リリーも僕の胸板に、コトンと頭をのせてきたので聞いてみたところ、
「囲った女性は、平等に扱うことがハーレム維持のための最重要事項です」
帰ってきたのはそんな返事だ。
(…そうか、この状況ってハーレムなんだ?)
と、納得できるようなできないような気持で、リリーの頭も優しく撫でる。
「はい、よくできました。ところで…」
すすす、とリリーが掛け布団を持ち上げる。
そこに勃ち現れたのは、健康な男性諸氏が目覚めの頃に、安定的に自覚する生理現象。
「…旧式医療ポッドでの強制蘇生の後、こちらの機能確認及び、この状態での観測を行えていなかったので、ひとまず安心いたしました」
リリーはその男子の生理現象を、大変婉曲的に表現しながらも、布団の奥で起立したものを、じっくりねっとり観察してくる。
ただ、本当に心配をしているような声音のため、恥ずかしいからやめてくれとも言いづらい。
しかし、
「――はい。よろしいでしょう。最終機能チェックは、また時間のある時に、ふたりでしっぽりと行いましょうね」
リリーは、一転、甘やかな声で僕の耳元でささやくと、
「え? ……!?」
そういって、お返しのつもりなのか、僕の頭をやさしく撫で返してくれて、額にキスをくれた。
「それでは、ウケモチドメインから、朝食の材料を得てまいります」
冷静な口調でありながら、頬と耳が朱に染まっているのが尊すぎて、彼女が船長室から出た後も、しばらく放心状態でぼーっと固まってしまった。
その状態で、どれくらいが経過しただろうか。
「ん…ぬぁっ!?」
と、自分をホールドしているナインベルがびくーん、と痙攣して。頭を上げたのだ。
「……??………んにゃ~ん~?」
そして、ぐりぐりと僕の胸板に顔をこすりつけ、とろけるような笑顔でぎゅーっと僕を抱きしめた後、再びビクッ、っと、今度は若干理性的に体を震わせる。
あ……。なんか、急に彼女の体温が上がってきたぞ。あったかいなぁ。
めっちゃ心臓バクバクしてない?
おおっ、プルプル震えだしてきたぞ。
このような反応から鑑みて、彼女はどうやら確実にお目覚めになられたように思うのだが、一向にアクションがない。
――これはあれか? 目覚めたはいいが、自分ではどう取り繕えばよいか分からず、頑張って寝たふりをしている的なムーブであろうか。
そのように判断した僕は、少しいたずら心がわいてきて、ぎゅっと彼女を抱きしめ頭を撫でてみたところ、
「ふぁんっ!?」
と、なんだか滅茶苦茶かわいい声が出るではないか。
「……ふむ」
そして、すっかりと目も醒めたので、ホカホカのヘナヘナになっているナインベルのホールドを優しく解いて、
「さて、シャワー浴びたら朝ご飯でも作ろうかな」
ぐっと伸びをしてから船長室を後にするのだった。
***
「ふぅ! い、いやぁ、今朝は妙な『夢』を見た気がするなぁ! きっと、うん、宇宙の過酷な環境が見せた幻覚に違いない!」
食堂区画の簡易テーブル。
粗末なパイプ椅子に油の切れたメンテナンスボットのような動きで腰掛けたナインベルが、恐ろしいほど引きつった笑顔で大声を張り上げた。
その額には、うっすらと汗が浮かんでいる。
「それは奇遇だね。僕も可愛らしい女の子に抱きつかれる夢をみたよ」
「そそそそ、そう、ゆ、夢だ!! それは夢! だからノーカーウントっ!!」
ガタァンッ! とけたたましい音を立てて、ナインベルが勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。
パイプ椅子がすっ飛んで、ペラペラの簡易テーブルとパイプ椅子が悲鳴を上げ、その上の合成コーヒーが波打つ。僕の言葉を遮った彼女の顔は、耳の先まで一瞬で真っ赤に染まっていた。
「……ナインベル様。当艦の生体モニターログによりますと、今朝0632時、ナインベル様が、ユーク様をひしっと抱きしめていることを自覚された際の瞬間心拍数は142、体温は37.8度を記録。また、ユーク様が抱きしめ返して頭部を撫でられた際の『ふぁんっ!?』という愛らしい音声データも波形付きで完全保存されております。再生いたしますか?」
横からすっと差し出されたデータ端末。
そこには綺麗な音声波形とともに、『ふぁんっ!?』という目立つキャプション(ハート付き)まで親切に添えられていた。
「消せぇぇぇぇ!! 今すぐそのデータを永久消去しろリリーーっ!!」
ナインベルが悲鳴を上げてリリーに飛びかかるが、リリーは「却下です。アーカイブNo.1257として永久保存済みです」と涼しい顔でステップを踏み、ひらりひらりと回避する。
「あはは、まあまあ二人とも」
僕は苦笑しながら、香ばしい匂いを立て始めている簡易加熱調理ユニットに視線を戻した。ジュワッ、と醤油と出汁が焦げる食欲をそそる香りが、殺風景な食堂区画いっぱいに広がっていく。
「ご飯できたよ。冷めないうちに食べよう」
お皿に盛り付けたのは、ウケモチドメインで採れたツヤツヤなご飯と、サクラが丹精込めて醸造した熟成味噌のお味噌汁。
そしてメインは、ふんわりと焼き上げた甘辛い出汁巻き卵と、カリッと香ばしく焼いた川魚の塩焼きだ。
テーブルに並べられた瞬間、ギャーギャーと楽しそうに言い争っていたリリーとナインベルの動きがピタリと止まった。
「……っ」
喉が、コクンと鳴る音。
フライトジャケットの胸元をキュッと握りしめたまま、ナインベルの視線がお皿の上の焼き魚と出汁巻き卵に釘付けになる。
さっきまでのテンパり具合が嘘のように、彼女の鼻腔がピクピクと香ばしい出汁の匂いを拾い上げていた。
「ナインベル、あんな環境だったけど、よく眠れたかい?」
僕がパイプ椅子に腰掛け、穏やかに微笑みかけると、彼女はびくっと肩を跳ねさせた。
気まずそうに視線を泳がせ、赤くなった顔を背けながら、蚊の泣くような小声でボソボソと呟く。
「……お、おかげさまで……ぐっすり……寝られました……」
やはり根は素直な娘のようだ。
「それは良かった。さ、温かいうちに食べて」
「……いただきます……」
僕が促すと、恐る恐るフォーク伸ばし、まずは出汁巻き卵をつぷりと突き刺すナインベル。
大きな一口で頬張れば、ジュワッと溢れ出す出汁の旨味とたまごの優しい甘さに、彼女の表情が一瞬でとろけていく。
「……うぅ……うま……うますぎるぅ……」
「ナインベル様。ユーク様の『密着抱擁からの笑顔で胃袋掌握コンボ』の直撃を受け、現在の好感度は99.8パーセントです」
「だだだだ、黙ってろ無慈悲メイド!! 今までろくなものを食ってこなかったんだっ! この幸せを邪魔しないでくれっ!!」
涙目になりながら、しかし好感度を否定することなくご飯を口いっぱいに頬張るナインベル。そして、その横でおねだりするようにチョコンと自分のお椀を差し出すリリー。
賑やかで、ひどく愛おしい朝の時間が、ヴェルテブラの中でゆっくりと流れている。
「お味噌汁に焼き魚。旅館の朝食みたいだ」
僕もリリーがウケモチドメインからもらってきたイワナっぽい魚の塩焼きを齧り、つやつやの白米を掻っ込む。
さ、今日は大手総合ディーラー『キュクロプス・モジュール社』で、コンテナ選定と、居住区への改造の打ち合わせだ。
広々と、落ち着きのあるダイニング。
ちょっとしたテラスのような、宇宙を眺めながらお茶やお酒を楽しめる空間も作りたい。そして、旅館のような朝ご飯を前にすると、シャワーだけではなく、お湯を溜めることのできるゆったりとした湯船も欲しくなってくる。
「やりたいことがいっぱいだ」
前世で理想の我が家を建てるような、はたまた、秘密基地を作り上げるかのような、そんな、新しいことに対するワクワク感を抱きながら、僕は極上の朝飯をやっつけるのだった。
いつも読んでくださいまして、ありがとうございます。




