就寝
(――僕は保護者。そう、保護者。僕は2人の娘の保護者である。これは娘と寝るだけだから、やましい事は何もない……)
「ユーク様、見事なマインドフルネスです。脳波と心拍の安定が確認できました。しかし、今宵は、いえ、きっと、これからは毎夜、もっと高ぶられてもよいのですよ」
「ごふっ、あ、あは、あはは……」
これは、苦笑する以外に、どのような返しがあるのだろうか。
ヴェルテブラの船内、最初は独房と見間違えた船長室。
長らく主のいなかったこの部屋も、この時ばかりは異様な緊張感が充満している。
原因は、部屋の中央を陣取る寝具最大手、パランス・コーポの自動洗浄機能付きダブルベッドだ。
2世代前とはいえさすがはハイエンドというべきか、特許技術の体圧分散型の生体適合機構の働きか、真ん中に、リリーに有無を言わさず寝かされた僕の背中は雲の上、あるいは、水に浮いているかのような心地よさだ。
これは、いいものだ。
しかし——。
そのベッドの真っ白なシーツの両脇には、2人の女性が腰かけている。
アンドロイド・リリーはクリーム色の着心地のよさそうなパジャマ。そして、私物の少ないナインベルは、フライトジャケットを脱いだだけの、薄手のインナー。
「ね、ねえ、リリー」
僕は横目で、左にちょこんと正座している銀髪ヒロインを見つめた。
「もう一晩くらいなら、……僕がそこのベルトで固定されて眠るのも、悪くないんじゃないのかなって…、ちょっとだけ思い始めてるんだけど如何かな? その方がナインベルも落ち着けるんじゃないかと……?」
購入したベッドは運び込まれたものの、ユーリー愛用の壁固定式寝具(?)も、撤去しようがないのでいまだ健在。
「却下いたします、ユーク様」
リリーは首を縦に振ることなく、ベッドの上で正座をしたまま平然と言い切った。
「あなたはこの船の主です。主はベッドの真ん中。これは大銀河統一暦の始まりから今まで、変わることのない真理でございます」
「統一歴? い、いや……だからって」
僕の右側では、ナインベルが、シーツの端を破らんばかりの力でプルプルと握りしめていた。
膝を抱えるように丸くなった彼女の顔は、耳の先から首筋まで、まるで熟しきったトマトのように真っ赤だ。
高身長ので大人びた美貌の彼女だが、今は完全に乙女の顔である。
「なななな、なんで……なんで私が、男のベッドの中に片足を突っ込んでんだよ……! 傭兵時代は雑魚寝くらい何度も経験あるけど……っ、こっ、こういうのは、なんかこう、違うだろ!?」
「ナインベル様」
リリーが静かにナインベルの方へ向き直り、その美しい緋色の瞳をきらりと輝かせる。
恐ろしいことに、アンドロイドであるリリーが重心を移動させても、ナインベルが真っ赤な顔をぶんぶん振っても、ベッドに寝かされている僕には、その振動が伝わってこない。謎の特許技術がそれらをすべて分散吸収しているのだ。
いや、これは本当にいいものだなぁ……。
僕は、このように現実逃避をする以外、他に道はなさそうである。
「あなたの心拍数は毎分135を突破しています。体温も急上昇中。ですが、脳内のストレスホルモン値は上昇しておらず、代わりにエンドルフィンおよびドパミンの分泌が確認されます。すなわち、この状況に対する拒絶反応はゼロ——むしろ『著しい期待と興奮』状態であると結論付けられます」
「ばっ、計測すんなハッキングアンドロイド!!っ こここ、興奮してねぇよ! 緊張だよ緊張!!」
叫びながら、枕にバシバシと頭をぶつけるナインベル。
かなりの確率でブラフなリリーのセリフ。それに引っ掛かり、何かを期待していることは否定しないナインベルがチョロ可愛い。
「……ナインベル」
「ひゃいっ!?」
僕は小さく息を吐き出すと、少しだけ彼女の方へ体を向ける。
ナインベルはチョロ可愛いし、確かリリーには先約とやらがあったはずなので、彼女に抱きしめられて眠るのもやぶさかではない。しかしここは大人として、最後の確認とあがきだけはしておくべきだろう。
ベッドは僕の体移動に合わせて最適な接地面積を割り出す。一方で、ナインベルの肩は、跳ねるようにびくっと震えた。
「嫌なら、本当に遠慮なく言ってくれていいから。もう1回くらいなら、そこの身体固定用ベルトで寝るのもやぶさかでは——」
「ば、バカ言え!」
ナインベルがガッと顔を上げてこっちを見る。そして、真っ赤になった目元で、僕を睨みつける。
「恩人にそんなことさせられるわけがないだろう。寝るっ。寝るよっ。黙ってここで寝るからっ!」
どうやら退路は断たれたようだ。
そう僕が、覚悟を決めていると、意を決して、がばっと掛け布団をめくったナインベルが「はぅ」っと固まる。
「顔面温度が急上昇しました。ナインベル様の視線方向から、ユーク様の均整のとれた二の腕及び胸板に見とれておられることが推測できます」
「ばっ、…なっ……」
もちろんユーリーが、寝間着なんて気の利いたものを所持しているはずもなく、僕も作業着然とした上下を脱いだだけのインナー姿だ。ただ、どっちかというと、立場が逆なのではないか? と、思わなくもない。
「さぁ、ナインベル様、ご遠慮なさらずに、ユーク様の右腕にぎゅっと抱きついて睡眠をお取りください」
「だだだだ、抱きつくまでは言ってねぇだろーが!!」
「――心配する必要はありません。おっぱいの大きさに貴賤はありませんよ」
「おおおお、お前っ、人が気にしていることをっ! 自分が大きいからってーっ!!」
しおらしかったナインベルが再び叫び、ベッドの上でドタバタと暴れる。
エヴァアトモス社のフラッグシップボディなリリーは、その『リリウムモデル』の特性なのか、それとも生前のリリーがそうだったのか――おそらく後者だと思われるが――胸部はクリーム色のパジャマを美しく押し上げている。
一方、ぴっちりと体の線が出るインナー姿のナインベルは、しっかりと筋肉の乗った、スポーティーな体躯。ベリーショートな赤毛も相まって中性的な印象を受ける。ゆえに、胸部も若干、いや、かなり控えめな感じだ。
「ほらほら、リリー、煽らないの」
「煽っておりません。最適な睡眠姿勢の提案およびメンタルケアでございます」
そういって、スッと僕の左側に滑り込むと、当たり前のように僕の左腕を胸に抱いてくる。柔らかい銀髪から、どこか清涼な香りがふわりと漂う。
「ユーク様、本日もお疲れ様でした。明日のコンテナ購入に向け、速やかな入眠を推奨いたします。お休みの間もヴェルテブラは私が完全に掌握しておりますので、どうぞ心穏やかに」
「……リリー、君は本当にフリーダムだね」
「はい。ユーリー様とユーク様のおかげで、私は今、心の底から自由です」
澄まし顔で僕の腕に頬を寄せるリリー。
それを見ていたナインベルが、顔を赤くしたり青くしたりしながら、おずおずと布団の中へと潜り込んできた。
「……お、おおお、おせ、おせ...…、おせわになりましゅ……」
ナインベルは掛け布団を鼻先まで引き上げ、僕に背中を向けるようにゴロリと横になった。だが、彼女の体温と、トクトクと早鐘を打つような心拍の振動は、隠しようもなく僕に伝わってくる。
「……ナインベル?」
「……ひっ、ひゃいっ!!??」
「おやすみ。明日、いい部屋探そうね」
「………………う、うん。おやすみ、ユーク」
背中越しに返ってきた小さな声には、先ほどまでの刺々しさは消えていた。
右側には、僕の腕を抱きしめたまま静かにスリープモード(?)へ入っていく過保護なアンドロイド。
左側には、伝わってくる若干高めな体温と、耳まで真っ赤にしたまま固まっている、可愛らしい性格の苦労人。
中央に挟まれた僕は、天井に灯る無機質な間接照明を見上げながら、密かに苦笑いを漏らす。
(これ、僕も、絶対眠れないと思うんだよね……)と。
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