寝所
「入れ物だけなら最大に見積もっても1,200か。家具を入れても3,000はいかないよね?」
僕は赤面するナインベルを横目にリリーに聞いてみる。
「はい、艦載用の家具は特殊なものもあり、若干割高にはなりますが、コンテナ改造というニッチ領域ではないためお手頃です。100万ガルドもあれば十分な性能のものが一式手に入ると考えます」
「え? えらく安いんだね」
現代日本の高級家具や、最新家電の類を想像していた僕は、意外な価格にびっくりする。
「そうですね、ユーリー様は、家電や家具には全く興味がございませんでしたからね。例えるなら《ヴァルチャー》と《ジェリーフィッシュ》の違い、でしょうか」
「あ、めっちゃ分かる」
トリガーワードを得て、僕の中のユーリーの知識が得意分野だとばかりに活性化する。
「《ヴァルチャー》? ヴァルカン・エアロスペースの特化型ドローンだな。《ジェリーフィッシュ》は聞いたことがないぞ」
メカニカルな会話に戻ってきたことを察知したのか、赤面から復活したナインベルも嬉しそうに聞いてくる。
「量産品は複製機にかけられるから相当にコストが下がるってことか」
「はい。家具や家電にも同じことが言えます。新製品にこだわらず、型落ちのハイエンドをお求めになられれば、価格と満足度において高いパフォーマンスを得られると考えます」
「ナインベル――。ちなみに《ジェリーフィッシュ》はこの船に積んである電子戦用ドローンだよ。荒事があった時は、こいつで戦場をかき乱して、《ヴァルチャー》で仕留める感じかな」
概念を理解してすっきりした僕は、彼女の疑問にも当たり障りのない範囲で答えておく。そういえばリリーは、ナインベルにユークとユーリーの関係をどのように説明したのだろうか。
「ヴェルテブラは輸送艦の顔をしたドローン艦だったのかぁ。なら、海賊フリゲート艦を無傷で鹵獲したことも理解……う~ん? 理解? ……やっぱりできないなぁ」
ま、聞かれたら聞かれた範囲で答えればいいか。
隠し立てすることでもないし、逆にこちらから喧伝すべきことでもない。
僕はその様に考えて、議論を次の論点へと進める。
「じゃ、資金に関しては今回の海賊退治で手に入れた3,000万ガルドがあるから、居住区整備だけならば何の問題もないってことだね」
居住区は高く見積もっても1,500。残りで医療設備と、ナインベル機の簡単なアップグレードまで行けるかもしれない。
「ただ――、今回はこれでいいけど、将来的には安定した収入源が必要になる。一番手っ取り早いのは、治安維持機構でこの船に適した依頼を受けることだと思うんだけど……どうかな?」
「機構か……」
ナインベルが露骨に嫌そうな顔をするので、
「さっきの第7支部なら、今すぐにでも戻れるんだけど」
と、ダメ元で言ってみる。何せここは第7支部を有するステーションのドック内だ。
「いいっ!? 行けるわけないだろーーーっっ!!」
ナインベルが叫び、テーブルを叩いた。簡易テーブルがガタガタと悲鳴を上げる。
「あそこでお前たちがどれだけ私の黒歴史を開陳したと思ってる……恥ずかしくて二度と顔なんか出せるかっ! 絶対に嫌だ! 死んでも嫌だ!」
まぁ、僕もナインベルの立場だったら絶対行かない。というか、行けない。
「あらあら、お顔が真っ赤ですよ、ナインベル様」
「うるさいっ、誰のせいだと思ってるんだ、誰のせいだとっ!!」
「ふふ、まあ第7支部は避けるとして……」
仲良しな二人のやり取りに、僕は笑いを噛み殺しながら提案する。
「じゃあ、まずは収入源を探す前に、住環境の充実から始めようか。必要なのは、標準規格の空コンテナと、船内居住専用の家具、それから医療設備を扱っているシップディーラーになるのかな」
と、僕が訪ねれば、
「いや、その前に、コンテナ内を居住可能な空間に改造する、専門の業者に当たったほうがいいぞ。宇宙をコンテナ船で旅するってのは、一部の趣味人の領域だから」
ナインベルが即座に答えてくれる。
なるほど彼女は『キャンピング・シップ』とか言ってたから、そのまま前世の地球でのキャンピングカーの感覚だろうか。確かに、普通の自動車ディーラーではキャンピングカーは取り扱わない。
「分かった」
と僕は頷き「頼りになるね、ナインベルありがとう」と、にっこり微笑む。
「うっ……、あっ、いえ、その……、どういたしまして」
「それでは、いい雰囲気なおふたりのご意見を統合しますと――」
リリーが指先を宙で滑らせ、ホログラムをヴェルテブラのそれから星系図に切り替える。
その横で、顔を赤くしてポコポコとリリーを叩くナインベルが可愛らしい。
「ここから通常航行で半日。カスタムディーラー最大手『キュクロプス・モジュール社』の旗艦ショールームが存在する商業星系アールゲスへ向かいます。到着は明朝の予定です」
「了解。その星系にも治安維持機構はある?」
「はい、ございます」
「じゃ、一石二鳥だ」
僕はコーヒーを飲み干し、ふうと息をついた。
——さて。
これからの大まかな指針が決まり、場が和やかな雰囲気に包まれた、その時だった。
僕は、ふと根本的な疑問に思い当たった。
「……あ。そういえばさ」
「ん? なんだ、ユーク?」
リリーとのじゃれあいを中断し、ナインベルが首を傾げる。
「居住区が整備されるのは明日以降だ……。つまり『今夜』寝る場所どうしよう問題が、依然解決されないまま残っている」
「……はぁ?」
「この船さ、まともに使えるベッドって、船長室にある『1つ』だけなんだよね」
ヴェルテブラは元々ユーリーがたった一人で運用していた貨物船だ。当然、最低限の自分の寝床――というか、体固定ベルトだったけど――しか整備していなかった。
「何だ、そんなことか」
ナインベルがくすりと笑う。
「私は傭兵だぞ? その気になればどこでだって寝られる。今夜はこのパイプ椅子を並べてもらえればそれで十分だ」
頼もしいお姉さんの笑みを浮かべるナインベル。
しかし、
「そういうわけにはまいりません」
そこでリリーが、まるで『1+2=3 』に決まってるでしょっ! 何わけのわかんないこと言ってるんですかっ! と宣言するかのような、しごく当然の顔で言い放った。
「船長室のベッドは、本日午前中に、標準規格のダブルサイズ自動洗浄機能付きに更新したばかりです。計算上、中央にユーク様、右側に私、左側にナインベル様が密着して配置される『川の字フォーマット』を展開すれば、体積比120%の収容効率で全員が人道的な暖かさを享受できます」
「なるほど……人道的? ……って言えば聞こえがいいと思ってんだろバカぁ!!」
ついさっきまでの頼れるお姉さんはどこへやら。ナインベルの叫び声が食堂区画にこだました。顔が限界まで真っ赤に熟している。
「な、なんで私がユークと添い寝することになってんだよ! 川の字って! 挟み撃ちじゃないか! やるにしてもせめてリリーが真ん中だろっ!?」
「あら、その場合、私はユーク様に抱きつきますので、ナインベル様に背を向けることになります。寂しくはございませんか?」
「う、うぇあぁぁ?」
その様を想像したのか、ピュアなナインベルの目が泳ぎ、お口があわあわしている。
「これは、長年心労を重ねられたナインベル様が、夜間に寂しさや不安を感じないための、完璧な護衛陣形です。また、人肌の温もりは副交感神経を優位にし、質の高い睡眠をもたらします」
リリーは無表情のまま、トドメとばかりに言い添えた。
「そんなことはないっ!」と、ナインベルが自信をもって言い切れない事象を前提とするあたり、さすがの手管であると僕は戦慄する。
「ちなみにナインベル様。本日購入しましたユーク様のベッドは寝具最大手、パランス・コーポのハイエンドでございます。2世代前の型落ち品ですが、特許技術である体圧分散型の生体適合機構の働きで、まるで雲の上に横たわっているかのような心地よさだそうですよ」
「ハイエンド!? み、魅力的だけど! 確かに試してみたいけどっ!!」
「ええと、リリー? さすがに出会ったその日のうちに同衾って、僕にとってもハードルが高いんだけど……?」
僕も慌ててフォローを入れるが、リリーは「ご安心ください、ユーク様。私はナインベル様の体温変化と心拍数から、すでに拒絶反応はゼロであることを計測済みです」と生温かい目で見つめてくる。
「け、計測するなーーーっ!!」
赤面してジタバタと暴れる元・エース傭兵と、完璧なメイドの顔で暴論を押し通そうとする超級アンドロイド。そして、ブラフかもしれない、いや、かなりの確率でブラフっぽいリリーのセリフを、一切否定しなかったナインベル。
なるほど、拒絶反応はゼロに近いのか――。
これはたぶん、僕は今夜も身体拘束ベルトのお世話になった方が良いのではないか。
頭を抱えて大きな体を丸めるナインベルを見て、僕はそう思うのだった。




