住居
「さて、これからの我々の行動指針をすり合わせておく必要があります」
食堂区画の、ペラペラの簡易テーブル。
そこに、パイプ椅子を並べて3人が顔を突き合わせる。
ナインベルの前には大盛りの親子丼。
そして、なぜかリリーの前にも、小盛りではあるが同じものが。
彼女もすっかりと、食事という行為に魅了されてしまったようだ。
そして、これにて作った親子丼は完売であるため、僕の前には合成コーヒー。
僕もちょっと、いや、かなり食べたかったのだが、精神年齢は、多分一番大人なので我慢する。
「……んぐっ、ん。……ふぅ」
ナインベルは最後のひとくちを惜しむようにじっくりと噛み締め、ボウルの底に残ったわずかなツユまでスプーンできれいにすくい上げた。
そのままごちそうさまの言葉代わりに、深いため息をひとつ。
「……無くなって…しまった」
「あはは」
そりゃ、食べたらなくなるだろうと僕は苦笑するも、自身の料理をこれほどまでに気に入ってもらえたことに、ほんの少し誇らしい気持ちになる。
「なんだこれ……マジでうますぎるだろ……。こんなメシ、どこに行けば食べられるんだよ……」
「これから毎日、一日3食召し上がることができますよ、ナインベル様」
すかさずリリーが、澄んだ瞳で応える。
小盛りの丼を綺麗に空にした彼女は、上品に口元を拭いながら完璧な角度で微笑んでいる。
「――ユーク様。胃袋掌握プログラムは順調です。ナインベル様が当艦を『ここが終の棲家である』と誤認するまで、あとわずかです」
「終のとか誤認とかプログラムとか不吉な言い方すんな!……いや、ちょっと、その、否定できないのが恐ろしいけどさ!」
頭を抱えて唸るナインベルに、僕は苦笑しながら手に持ったカップの合成コーヒーを一口すする。
「まあまあ。気に入ってもらえたなら作った甲斐があったよ。で……本題なんだけど」
僕はホログラム端末を操作し、簡易テーブルの真上に『ヴェルテブラ』のシステム構造図を浮かび上がらせた。
「食生活はウケモチドメインのおかげで最高なんだけど……正直、この船の住環境、貧弱すぎなんだよね?」
16のハードポイントを持つトラスフレームに、無造作に繋がれた9個のコンテナ。
うち、2つのハードポイントをつぶしてドッキングしているナインベルの今の乗機。
ホログラムに表示されているのは、殺風景な鉄板で囲まれた区画と、機能性だけが自慢の無機質な空間ばかりだ。
「……うけもち?」
と、ナインベルが首をかしげ、
「ええと、後でご紹介しますね」
と、リリーがほほ笑む。
「ううん、住環境、ね」
ナインベルがパイプ椅子の背もたれに体重をかけ、ギシッと嫌な音を響かせた。
「飯は五つ星ホテルの超一流シェフレベルなのに、食ってる場所がこのペラペラテーブルとパイプ椅子だからな。……シャワーもさ、さっき借りたけどさ……水圧は弱いし、お湯の温度は安定しないし、そもそも狭すぎて肘ぶつけたぞ」
実はナインベル、僕より頭半分くらい背が高い。
身長は180センチを超えるのではないだろうか。
あのシャワールームは僕でも狭いと感じるので仕方のないところだろう。
ベリーショートの赤毛。深いブラウンの瞳。スレンダーでボーイッシュな彼女は、くたびれたフライトジャケットを纏っても、不思議とそれが様になる、鋭利な美貌の持ち主だ。
ただ、リリーに弄られて赤面しながら七転八倒したり、親子丼を食って涙したり。僕はそんなシーンにしか触れていないので、僕の中の評価は残念美人・天然風味である。
年のころはきっと、20代中盤あたりだろう。
ただ、そんな感じなので、印象的にはもっと幼く見えてしまう。
「でもまぁ、こいつは10世代くらい前のモジュールコンテナシップだから、住環境的にはそんなもんだとは思うぞ?」
「お。詳しいんだね?」
ぴたりとヴェルテブラの素性を言い当てた女傭兵に、僕は驚く。
「仕事柄、ね。いろんな船の護衛をしたりするからさ。こいつは当時のベストセラー機だから、今でもメンテナンスパーツは豊富にある。遠宇宙探索仕様は頑丈だから、大事に乗ればあと100年くらいは大丈夫だよ」
そして、はっとした表情で「あっ、その、……これから居候をさせてもらう身なのに、生意気言って申し訳ない」と、その女性にしては大きな体を縮こませた。
その謙虚さは好印象だ。
傭兵なんて荒事に身を染めているが、根はまっすぐなのだろう。
――『リリー』の親友なのだから良い奴で当然さ。
と、僕の中のユーリーの知識も謎の主張をしているようだ。
「――ナインベル様のおっしゃるとおりです。ユーク様のQOL向上および健康維持において、現状の居住環境は『人道的最低水準』をわずかに下回っています」
そこにリリーが淡々と、しかし容赦のない指摘を重ねる。
「なかなかに手厳しいね」
「はい。現在利用可能な居住モジュールは、ユーク様の前任の、効率至上主義によって構築されています。まともなリビング、リラクゼーション機能付きの大浴場、プライベートを保てる個別寝室、そして高度な電子オペ室を備えた医療コンテナの増設は急務と言えます」
「ほんとだ。医療設備は絶対に必要だよ」
僕は頷いた。
「どうにもここは、日常的に荒事が起きる世界みたいだから、万が一のときに高度治療ができる設備は揃えておきたい」
何せ僕自身が焦げた肉塊から、その医療設備で復活した身の上なのだから。
まぁ、あれは本来起こりえない奇跡であったという事は理解している。
「で、ちなみにこの世界の医療水準ってどれくらいなの? 癌とか治せるの?」
「がん…?」
僕が興味本位で聞いてみると、ナインベルが首をかしげた。
「――非常に古い概念ですね。大銀河統一暦初期のデータに詳細がありますが、細胞内データにエラーが蓄積して暴走を始める病のようです」
「なんだそれ、めちゃくちゃ怖いじゃんか」
ナインベルがぎょっとした顔をして手首あたりをさする。
「ですが、治すも治さないも、この時代の人類はそもそも癌を発症しません」
「へ?」
と、僕は間抜けな声を出す。
「ほとんどの人類ゲノムは、完全に解析されておりますので、癌を発症する因子自体が人類の遺伝子から完全に消去されています」
「……なんという未来」
僕はあんぐりと口を開ける。
「しかし、すべての病がなくなったわけではございません。異星や、ナノマシン由来の未知の病に対応するためにも医療設備の設置は欠かせません」
異星や、ナノマシン由来の病。
一体どんなものなのだろう。聞いてみたい気もするが、知らぬが仏という言葉もある。要らぬ不安を抱え込む必要はないと、僕は開けっ放しだった口を閉じる。
「――でもまあ、このタイプの船なら話が早いぞ」
若干、ナインベルが嬉しそうに言う。
「コンテナに居住区画やら、医療区画やらを作ればいいだけだろう? やってる奴は少ないが『キャンピング・シップ』ってヤツだな。標準規格の30メートル級コンテナを買ってきて、トラスフレームのハードポイントにガチャンと接続するだけで、新しい空間が一瞬で増えるんだから、あとはそこを、居住区画にカスタムすればいいのさ」
「ああ、なるほど」
確かに、コンテナのハードポイントはまだ5つも空いている。
コンテナ1個が『三つ子リアクター』を格納した機関部拡張コンテナやドローンコンテナのサイズと同等と考えれば、平屋建ての一軒家くらいは十分に入る大きさだ。
「はい。配線やライフラインのカプラー接続、およびセキュリティハッキングは私が0.07秒で完了させます」
いいね、『キャンピング・シップ』
前世の僕はどんな遊びをしていたのか、記憶はおぼろげだが星空の下で飲む酒は格別に美味そうだ。
「それって、外の宇宙を見えるようにできたりする?」
「おっ、ユーク、分ってるじゃないか。強度的に窓をつけるわけにはいかないけど、壁面や天井に透過ディスプレイを設置すればいい。直接外の宇宙を眺めたり、好きな環境惑星の映像を写したりできるぞ」
どうも彼女は、職業柄というよりは、単に船好きのようだ。再びヴェルテブラのホログラムに熱い視線を向けている。
前世で言えば「車いじりが大好きな女の子」といった感じだろうか?
「――なるほど。詳しいみたいだから聞くけど、コンテナを居住区にカスタムするのにいくらくらいかかるものなんだい?」
僕も、男子として、この世界の宇宙船にはワクワクするものがある。
あるのだが、どうも中身が人生1周しているおっさんのそれであるため、俺TUEEEなビルドより、美味い酒、美味い飯、それらを頂く際の落ち着いた環境の方に興味が引かれてしまう。
そして困ったことに、文化的に残念なユーリーの記憶には、居住区なるワードは存在していないのだ。
「…そりゃ、ピンキリだけど」
「ピンで。そこは妥協せず」
「お、おう、……」
若干前のめりになる僕に、ナインベルが同じ距離だけ後ろに引く。
「……空コンテナは、軍用規格の頑丈なものを買ったとしても100万~200万ガルドくらいかな。それを居住可能にカスタムするんだけど、ここは内装や間取りによってすごく値段に開きが出るんだ」
「ふむ。住むのは僕たち3人だろ? 3LDKくらいでいいんじゃないか?」
「う~ん…、だったら、お貴族様仕様にしなければ1,000万弱かな」
「それは、水回りとかも込み?」
「その辺は、船の生命維持機構から持ってくるから込みだと思うぞ」
パイプ椅子に座り、ペラペラの簡易テーブルを挟んで熱心に話し合う僕とナインベル。
「――まるで新しい愛の巣を作ろうとしている新婚さんのようですね」
と、会話が途切れる瞬間を見計らって、リリーがまぜっかえす。
僕は、なるほどさもありなんと、ほっこりして、
「あはは。じゃあ奥さん、次は家具なんだけど」
と、その指摘に乗っかってみたところ、
「お、おおお、おくしゃん!?」
と、彼女の声が裏返る。
次いで、白い肌がパーッと赤くなっていく。
「ばっ……ユーク、リリー、お前ら何言ってんだよっ!?」
どうやら凄腕で薄幸の女傭兵殿は、そっち方面の免疫が限りなくゼロに近いようだ。
「なるほど、これはからかいたくなるかも」と、僕はリリーの方を向いて小声でささやく。
リリーも「そうでしょうそうでしょう」と、にっこりとほほ笑んだ。




