九鈴
ざわめいていたギルド内が、水を打ったように静まり返る。
受付の職員が端末の画面を二度見、三度見し、青ざめた顔で身を乗り出していた。
「な、なぁアンタ、申請違いじゃないだろうな!? スクラップパーツの売却じゃなくて……『鹵獲』!?」
「ええ。船体および内部生存者の引き渡し、彼らの捕縛懸賞金の受け取りを含め、一括での取引を希望します」
僕の隣で、リリーが平然とした声で応対する。
周囲の傭兵たちがどっとハンガーの様子を映すモニタへ群がり、その端っこに映るヴェルテブラの様子に息をのんだ。
「おいおい……マジだぜ!? ボロい貨物船に、海賊のフリゲート2隻が、ほぼ『無傷』で運搬されてきてるぞ!」
「周囲に戦闘艦なし!? あんなボロ船でどうやって海賊どもを無力化したんだよ!?」
「外部センサーとメインスラスターだけがピンポイントで焼き切られてる……! まてまて、内部の海賊どもも生きてるってことか!?」
群衆がざわつき、僕たちを見る目が一変する。
対艦戦において、ピンポイントに狙った兵装だけを破壊するという芸当は、相手のシールドをオーバーヒートさせたうえで攻撃を完封、その後じっくりとマニュアル操作で兵装に攻撃を加えていくというシナリオ以外考えられない。
そしてそのシナリオは、攻撃者の腕前が相手より圧倒的上位でないと成り立たないのだ。
「ふん。レッドハスラーさえ無事なら、私だってそのくらい……」
「ん?」
その狂乱の輪から少し離れた場所で。
赤い、くたびれたパイロットスーツを着た高身長の女性が、悔しそうな、あるいはふがいなさそうな顔で、ゆっくりとこちらに視線をくれる。
不思議とその声は、僕の耳にすっと馴染む。
(彼女は…偶然? ……いや…?)
ユークの知識が励起すると同時に、リリーのセリフも蘇る。
『確かに第4支部の方が近いのですが、大型巡洋艦のドック改修中で受け入れ態勢が整っておりません。今回向かう第7支部であれば、迅速な処理と……非常に優秀で信頼できる担当鑑識官への引き継ぎが可能です』
電子戦インプラントにて、星系ネットワークに潜るも、第4支部大型巡洋艦のドック改修中のデータは皆無。
(もしかして、リリーは、彼女がここにいることを知っていた?)
そして向こうも気づいたのだろう。
僕の隣に立つリリーの姿を捉えた瞬間——彼女の手にあったディストピア飯が、床へポロリと落ちた。
「……っ!?」
彼女の、――ナインベルの目が極限まで見開かれる。
血の気が引き、息を吸い込む音だけが彼女の喉から漏れた。
「……リ、リー……?」
震える足取りで、彼女が一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
「嘘だ……だって、あの時……。お前、生き……っ」
かつての大親友。死んだはずの、かけがえのない存在。
ナインベルの指先がかすかに震え、その瞳には溢れんばかりの感情と、信じられないという混乱が渦巻いていた。
(ナインベル……。リリーのただ1人の親友。それがゆえに『俺』が最後の戯れに救った女だ……)
僕の知識となったユーリーが囁く。
なるほどこれは、感動の再会だ。――と僕は思った。
そして、誰もが言葉を失うような、ドラマチックで劇的な空気が2人を包み込もうとした——その瞬間。
リリーが、一切の感情を排したアンドロイドなスマイルを浮かべ、
「傭兵学校時代の暗号化バックアップデータを参照します。アーカイブNo.0402『ナインベル候補生ポエムノート:〜蒼き星海に捧ぐ我が魂の詩〜』の朗読を開始します」
「——は?」
ナインベルの動きがピタリと止まった。
「なんて?」
僕の思考もぴたりと止まった。
「『第一章:黒き翼の抱擁。なぜ私はこれほどまでに孤独なのだろう。今夜も合成酒の苦みが、私の青い傷口に沁みわたる……』」
「え? や、やめ……っ!?」
再開に喜ぶべきなのか、それとも怒ればいいのか、あるいは恥ずかしがればいいのか。
あまりにもえげつない精神攻撃に、ナインベルの顔が面白く七変化する。
「続きましてアーカイブNo.0415『訓練生寮の相部屋にて、下着姿で鏡に向かって必殺技のポーズ練習を行っていた際の記録動画』を共有モニターへ転送——」
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!! 頼むからやめてくれえぇぇぇっ!!」
もはや先ほどまでの孤高のエースの面影は、どこにもなかった。
ナインベルは頭を抱えてその場に崩れ落ち、顔を真っ赤にして床に突伏した。
「消せ! 今すぐそのデータを物理破棄しろリリー! なんでそんなもん残してんだよバカヤロー!!」
「拒否します。ナインベル様の精神状態を適正値へコントロールするための重要補完データです」
リリーは表情ひとつ変えず、僕の方へ振り返った。そしてウインクをひとつくれる。
「ユーク様。海賊船2隻および内部賞金首の査定が完了いたしました。概算で3,000万ガルドとなります」
「さ、3,000万……!? 1回の査定で3,000万……」
床に突伏していたナインベルが、ガバッと顔を跳ね上げた。
3,000万。彼女が今乗っているボロ船なら10隻以上は買えてしまう、途方もない金額だ。
「なお」
と、リリーはナインベルを見下ろしながら静かに追い打ちをかける。
「ユーク様の船に乗艦、および専属協力者として契約いただける場合、本報酬の一部をナインベル様の『新規主力戦闘艦の購入費』および『永久メンテナンス費用』として充当するよう、ユーク様に提案が可能です。……もちろん、過去ログの非表示オプションも適用されます」
「行く!!」
ナインベルは即答した。そこにはコンマ一秒の躊躇もなかった。
「ついて行く! どこへでも行くから、その動画とポエムだけは絶対に消してくれ!! あと温かいメシを食わせてくれぇ!!」
「承知しました。消すのは動画とポエムだけでいいのですね。他にも、アーカイブNo.0512『合成酒の缶を3本あけ、深夜のテンションで意中の教官宛てに書き殴ったものの、翌朝正気に戻ってゴミ箱の奥底に封印したポエミーなラブレター』の全文復元データ――」
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁ~っ!!!」
涙目で、なぜか僕のズボンの裾にしがみついてくる『ユーリーが救った今は亡きリリーの親友』を見下ろしながら、僕はリリーの手管に感動した。
『ナインベル様の精神状態を適正値へコントロールするための重要補完データ』
そこには一片のうそ偽りもなく、彼女が背負っていた、――もしかしたらユーリーが背負わせてしまっていたのかもしれない深い死の影が、綺麗さっぱり霧散しているのだ。
「まだまだございます、アーカイブNo.0618『模擬戦にてライバル機を完封撃破した直後、通信回線を開いたまま“フッ、雑魚が……私に追いつくには百年早……っ!?”と吐き捨て、キャノピーに頭を強打してそのまま失神・後送された』際の実況音声データ」
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!! 頼むからやめてくれえぇぇぇっ!!」
「なお、気絶時に発せられた“ひにゃっ”という可愛らしい悲鳴の波形データも明瞭に保存されております」
「あ、あの、リリーさん、さすがにこの辺りで…」
床に突っ伏して、ビクンビクンと痙攣するナインベル。
若干、やりすぎかもしれない。
なにせ、周囲の荒くれ者たちですら、若干同情したような、それでいて、どこかほっこりしたような、生暖かい視線をくれているではないか。
「はい、これでナインベル様の退路は徹底的に断ちましたので、ユーク様のお側から離れることはないでしょう」
「退路って…」
確かに、ナインベルはもはやこの第7支部を根城にすることは難しいだろう。
何せ、今後全職員や、この場にいた傭兵たちに、ほっこり笑顔で迎えられるのだ。これは大変にメンタルに来るものがある。
そう、ユークは戦慄していたのだが。
「ほら、ナインベル。何してんのっ!」
えっ!? リリー?
「早く立って。これから私たちと一緒に、波乱万丈の新しい人生を始めるのよっ。そんなところに突っ伏してたら、時間がもったいないわっ!」
唐突に、リリーが、明らかに雰囲気を変えて叫んだのだ。
そこに居たのは、冷静な、しかし、内に深い情熱を孕むアンドロイドのリリーではなく、エネルギッシュで、輝くような笑顔を見せる、生命力に満ち溢れた女性。
「あっ、ああっ…、り、リリー…っ! リリーっ!!」
「アーカイブNo.0213でございます。ナインベル様、本当に……、よくぞ御無事で」
そういって、リリーはナインベルをきつく抱きしめたのだった。




