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星海セカンドスローライフ――2度目の人生は、過保護なアンドロイドメイドとともに――  作者: 緑 素直


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19/22

昼食

 ウケモチドメインから持ち帰った食材を、調理台の上に並べる。


「主神(ぬしがみ)様、わざわざご足労いただかへんでも、コンソールから呼んでいただければ、そちらへポン、と、ウチがお伺いいたしますぇ。食材も、艦内配送システムをウチにつなげていただければ、一発でお届けや」


 などと、便利機能を紹介され、ありがとうと思わずホログラムのサクラの頭をわしゃわしゃなでてきた。


 ホログラムなのに、不思議な機能でなでられるし、なでられて、

「あらにゃにゃにゃ~」

と照れていたのがとてもかわいい。


 そして、ゲットしてきたのは、白く艶やかな米が詰まった小袋。

 表面にほんのりと温かみが残る、手のひら大の綺麗な卵。

 そして、とれたてのみずみずしい緑色をしたキュウリが三本に、醤油とみりん、そして、川魚で取ったのだというアマゴ出汁だ。


「……うみたて、もぎたてなんて、いつ以来だろ」


 前世でだって、子ども時代以降にはお目にかかったことはないかもしれない。


 ユーリーとして生きていた頃は、味も素っ気もない栄養チューブと合成固形食料で胃を満たすのが当たり前だった。空腹を凌ぐだけの燃料補給。そこに『食を楽しむ』という概念は存在しなかった。


 だが、今の僕にはこれがある。


 ヴェルテブラの食堂に足を踏み入れると、リリーがセットアップしてくれたのか、壁面の一角に、商業メガコロニー『グランド・バザール』で買い求めた簡易加熱調理ユニットがセットされている。

 前世の社畜時代、狭いワンルームで幾度となく握った包丁の感触が、急速に手元に蘇ってくる。単身赴任の夜、くたくたになりながら仕込んだあの地味な手料理たち。それで、缶ビールを空けるのがささやかな楽しみだったっけ。


「どれどれ、使い方は……」


 視界の端で電子戦インプラントを起動し、ユニットのデジタルマニュアルを一瞬でスキャン・要約・理解する。


『自動分子調理モードを起動しますか?』

『推奨:熱分解最適化アルゴリズムによる全自動加熱』


 ホログラムのポップアップが親切に選択肢を提示してくるが、僕は苦笑しながらそれを指先でフリックして弾いた。


「いや、手動でやるよ。こういうのは自分の手でやってこそだしね」


 電子戦インプラントの補足演算機能を「火加減の微調整」と「調味料の分量計測」に無駄使いしながら、手際よく作業を進める。


 米を研ぎ、最適な水加減で炊飯器(のような熱変換容器)にセット。

 キュウリは薄切りにして塩を振り、軽く揉み込んでから小さな保存容器に漬ける。

 卵を三つ割ると、黄身がぷっくりと立体的な盛り上がりを見せた。


 ウケモチドメインの食材、思っていた以上に品質が高い。

 出汁を少々と醤油を数滴垂らし、熱した金属板へ一気に流し込む。


 ジュ、と食欲を激しくそそる高い音が狭い食堂に響いた。


 出汁と甘い卵の香りが立ち上る。調理器付属の金属ベラで、手前へと滑らかに巻き込んでいく。ふっくらとした綺麗な黄色い塊が仕上がっていく達成感に、思わず頬が緩んだ。


「これで簡易料理機なんだよな? もう、十分なんじゃないか」


 そんな独り言を呟きながら、炊き上がった白米を手のひらに取る。

 あつあつの熱気。軽く塩を振って、きゅっと握る。

 綺麗な三角の塩結び。その横に魅惑の楕円を描く出汁巻き卵、そして鮮やかなキュウリの浅漬け。


 どこからどう見ても、質素で、けれど完璧な和の昼食だ。


 ――ズガン!


 突如、足底から重く低い衝撃が突き抜けた。


 揺れに煽られて、皿の上の出汁巻き卵がプルンと震える。僕は咄嗟に皿を抱え込むようにして庇った。


「うわっ……! なに!?」


 一瞬、敵船からの奇襲かと思ったが、直後に視界の端でインプラントが淡い緑色のログを走らせた。


『ドッキングシークエンス完了』

『鹵獲対象:フリゲート級海賊船/曳航用電磁ワイヤー締結率100%』


「さすがリリー、早いな。サルベージが終わったのかな」

 胸を撫で下ろしたその時、食堂の自動ドアがプシューと静音を立てて左右に滑り開いた。


「ユーク様。宇宙海賊艦の曳航作業およびサルベージ処理が完了いたしましたので、ご報告に――」


 入ってきたリリーが、言葉をピタリと止めた。


 いつもの冷徹なアンドロイド然とした美しい立ち姿。だが、彼女の人工瞳孔が僅かに拡大し、視線が僕の手元――湯気を立てるおにぎりと黄色い卵焼きに釘付けになっている。


「……ユーク様? 一体、何をなさっているのですか?」

「ん? 早速昼ごはんを作ってたんだよ。リリーもサルベージお疲れ様」


「調理……ですか? このような雑務、お申し付けくだされば私が代行いたしましたのに。ユーク様の手を煩わせるようなことでは……」


「いいんだって。僕が自分で作りたかっただけだし」

 僕は苦笑しながら、予備のお皿とお箸を取り出した。


「リリーも食べるでしょ? ほら、座って」

「……私ですか?」


 リリーは首を僅かに傾げ、自分の胸元に手を当てた。


「私の機体構造上、有機物の摂取および疑似的な代謝処理は可能です。ですが、エネルギー供給は軍用規格の内蔵リアクターで充足しており、食事という行為は……機能的に必ずしも必要ではございません」


「機能とかじゃなくてさ。ウケモチドメインから手に入れた食材、すごく質が良いんだよ。味見だと思って試してみてよ」


 おにぎりを一つ皿に載せ、彼女の前に押し出す。

「はい、調理のための味覚と、緊急時のための、有機物からのエネルギー変換機能も搭載しておりますので、無駄にはなりませんが…」


リリーは数秒間、おにぎりと僕の顔を交互に見つめていたが、やがて諦めたように「……承知いたしました」と小さく頷いた。


 陶器のように白い指先が、温かい米を持ち上げる。

 ほんの僅かにためらうような仕草のあと、彼女は小さな口を静かに開け、おにぎりをひとくち噛みしめた。


 瞬間。

 無機質だった彼女の表情から、すっと仮面が剥れ落ちた。


「――あ」


 ぽっと灯りがともったような、無防備で純粋な歓喜の表情。

 丸く見開かれた瞳。ほんのり桜色に染まる頬。


「……おい、しい……」

「でしょ?」


「お米の粒が……口の中で解けて……塩気と、かすかな甘みが……」


 パぁっと顔を輝かせるリリー。普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないその可憐さに、僕は不意にドギマギしてしまい、思わず視線を泳がせた。


「こ、これも食べてみて。出汁巻き卵。ちょっと自信作なんだ」


 誤魔化すように出汁巻き卵を勧めると、リリーは素直に箸を伸ばした。

 口の中へと運ばれ、ふんわりとした黄色い塊が噛み砕かれる。


 ――じわ、と広がる出汁の旨味と温もり。


「……ん…………っ」


 リリーの肩からふっと力が抜け、胸元がかすかに上下した。

 口からこぼれたのは、吐息交じりの、どこか艶めかしく熱を孕んだ小さな息。


「……ぁ……ふぅん……」


(……ちょっと待って、なんでそんな声出るの!?)


 思わず背筋にゾクリとしたものが走り、僕の心拍数が跳ね上がる。慌てて自分の出汁巻きを口に運び、もぐもぐごくんと嚥下して、冷静さを保つように努める。


「……食事とは、こんなにも……心を揺さぶるものなのですね」

 余韻に浸るように、リリーが胸を押さえながら呟く。その表情はどこか優しく、どこか温かかった。


「……うん。美味しいものを食べると、生き返る心地がするよね」

 桃色ため息には驚いたが、自分の料理で感動してもらって、悪い気は全くしない。


 僕も、改めて自分のおにぎりを一口かじる。

 ……あ、すごい。お米の甘みが段違いだ。噛めば噛むほど出汁巻きの風味が追いかけてくる。社畜時代に食べていたコンビニのおにぎりとは雲泥の差だ。いや、あれはあれで無数のバリエーションがあって美味い――しかし最後はツナマヨに戻ってくる――のだが、ウケモチドメインのポテンシャル、これは想像以上かもしれない。


 改めて僕たちは、食堂のそっけない席に着くと穏やかに昼食をとり始めるのだった。


***


「食後のコーヒーをお淹れいたしますね、ユーク様」


 魅惑の昼食が終わり、いつの間にかいつもの落ち着きを取り戻したリリーが、手際よくカップに黒い液体を注いでいく。


 合成コーヒーからは、本物に勝るとも劣らない芳醇な香りが香ばしく立ち上った。


「ありがとう。……そういえばリリー、回収した海賊船とサルベージ品って、どう処理するのがいいのかな?」


「はい。それについてご提案がございます」

 リリーはコーヒーカップを僕の前に静かに置くと、ホログラムの星系図をテーブルの上に展開した。


「闇市や民間のジャンク業者に持ち込むことも可能ですが、買い叩かれるリスクがございます。手間と安全性を考慮しますと、治安維持機構の支部へ直接持ち込むのが最善かと」


「治安維持機構か……。少し割安になるんだっけ?」


「ええ。ですが、海賊の身柄の引き渡し報酬とサルベージ品を一括で買い取っていただけますので、手続きの時間を大幅に短縮できます」


「なるほどね。手間がかからないのは助かるな。じゃあ、その治安維持機構に行こうか」


「承知いたしました。航路を設定いたします」


 迷いなくパネルを操作するリリーの手元を眺めながら、僕はふと画面の距離表示に目を留めた。


「……あれ? リリー、ここから一番近い治安維持機構のステーションって、確か反対側のセクターじゃなかった?」


 僕の問いかけに、リリーの指先が一瞬だけ――約0.2秒ほど停止した。


「確かに第4支部の方が近いのですが、現在、大型巡洋艦のドック改修中で受け入れ態勢が整っておりません。今回向かう第7支部であれば、迅速な処理と……非常に優秀で信頼できる担当鑑識官への引き継ぎが可能です」


「へえ、そうなんだ。なら任せるよ」

「賢明なご判断です、ユーク様」


 リリーは深く一礼した。


 その完璧に切り揃えられた前髪の奥で、彼女の瞳が一瞬だけ怪しく、けれどどこか楽しげに細められたことに、僕はまったく気づいていなかった。


(照会完了……当該ステーションにおけるナインベル様の滞在確率、98.2%。――完璧な再会シミュレーションです、ユーク様)


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ダンジョンマスターも、よろしくお願いいたします。

https://ncode.syosetu.com/n4730cw/

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