鹵獲
暗黒の宇宙空間を、6機の《ヴァルチャー》が滑るように舞う。
狙うのは、装甲の薄いセンサーアレイと推進器のノズルのみ。分厚い装甲をぶち抜くのではなく、表面の機能を一枚ずつ精密に削り取っていく射撃だ。
残る3機の相手はヴェルテブラより小型のフリゲート艦であるため、コンテナの未接続領域を活用し、船丸ごとの鹵獲が可能な美味しい獲物である。
『ヒィッ……! あ、足元をかすめ――』
『馬鹿野郎、回避しろ! メインカメラが焼かれ……!』
ノイズ交じりの悲鳴が通信回線に響く。
僕は電子戦インプラントが描画する、《ジェリーフィッシュ》のリアルタイム分析データから、その瞬間に狙撃可能な無力化ポイントを、無慈悲に、そして正確に、2チーム並列で打ち抜いていく。
三つ子リアクターの出力に支えられたヴェルテブラのシールドは、フリゲートで抜くのは難しいし、それ以前に、火器管制システムは《ジェリーフィッシュ》で掌握済みである。
ゆえに、一切のノイズなく、ドローン《ヴァルチャー》の操作に全力を投入できる。
通信アンテナを失い、外部カメラを焼かれ、スラスターを潰されたフリゲート艦たち。
彼らは今、完全に外界から遮断され、ただ慣性に従って宇宙を漂うだけの鉄の棺桶と化している。船体そのものには傷一つない、すぐにでもリサイクル可能なジャンクパーツだ。
「……よし。これで外部との接触は完全に遮断。船体も無傷だから、海賊さんたちは治安維持機構へ、船体はジャンク屋さんへ。賞金と、売却益の二重取りだね」
無意識に出た言葉に、背後で、かすかに衣擦れの音がする。
「実に鮮やかなお手並みです、ご主人様。さぁ、コーヒーが入りましたよ。サルベージの前に一休みなさってください」
湯気の立つ合成コーヒーをお盆にのせてきた、リリーの嬉しそうな声。
「念のため、ジャイロ・マグでお出ししますね」
「ありがとう」
リリーが、メインパイロットシート横のドリンク用アタッチメントに、若干分厚い黒のコースターを設置する。その上に、コーヒー入りのマグカップを置くと、ヴン、と一瞬音がして、マグカップが数センチ、文字通り浮かび上がった。
このアイテムは『グランド・バザール』で合成コーヒーとともに購入した便利アイテムだ。
船がどれだけ傾こうと、揺れようと、物理的なジャイロ機構が働き、液面は常に水平を保ち続けるという、船乗り御用達のマグカップらしい。
船内の主要部分には、疑似重力が発生しており、慣性キャンセラーも常時働いているが、それでもドッキングの衝撃や、被弾、回避行動における急激なGの変化は完全に打ち消すことができない。
そんな時に、飲み物がこぼれてしまうことを完全に防いでくれる優れモノである。
「はぁ~、美味い」
熱々のコーヒーを一口すすって、僕は大きく息をつく。
「それはようございました」
「ジャンク屋の親父が淹れてくれたものとは、もはや別物だね。豆が違うの?」
「いえ、同じですが、水質から湯量、温度まで、本物の風味に近づけるべく、完璧に計算させて頂きました」
「……ここまで変わるんだ」
前世のコーヒーに勝るとも劣らない、というか、むしろ勝っている風味に、
「ありがとう。これはもう、合成コーヒーで十分かも」
などと呟けば、
「いけません。私、リリーには、ご主人様に最高のスローライフを提供する責務がございます。いずれ最高品質の生豆を入手して、焙煎から抽出まで、完ぺきに計算する所存です」
そこには、己の責務を己で定め、ふんすと鼻息を荒げるメイドさんがいる。
「あ、あはは、お手柔らかにね」
僕は笑って、もう一口、合成コーヒーを啜る。
その心地よい苦みと、鼻に抜ける香りの向こうに、ぼんやりとユーリーの過去を眺めた。
(この船や、搭載されたドローンたちは、文字通り、ユーリーの下積み時代を支えていたんだねぇ)
オイルと鉄サビの匂いが染み付いた、狭くて薄暗いジャンク船のキャビン。
リリーを亡くしたユーリーは、ただ一人で、昼夜を問わず海賊業とハッキングを繰り返していた。
すべては、目の前にいるこの完璧なアンドロイド――リリーを完成させるため。
エヴァアトモス社のフラッグシップボディにあらゆるオプション機能群。
軍用規格の人工筋肉と骨格。そして、古代文明の遺産と思われる演算素子。
それら法外なパーツを買い集める莫大な資金を稼ぐために、ユーリーは来る日も来る日も、こうやって同業者や企業の船を無傷で狩り続けていたのだ。
この冷徹なまでの効率主義と無力化の手口は、彼女の笑顔を見るためだけに心血を注いだ、ユーリーの泥臭い執念の結晶に他ならない。
(君の努力は、確実に実ったと思うよ、ユーリー君)
「ご主人様?」
ぼぉ、っとしてた僕を覗き込むように、リリーが首を傾げる。
息を呑むほどに完璧に調整された人工の美貌。その透き通るような緋色の瞳が、不思議そうに僕を映していた。
「うん、そうだね。じゃ、僕はリリーの責務達成を支援すべく、金を稼いで、ヴェルテブラ住環境をアップデートすることにしよう」
今でも十分に美味い合成コーヒーをすすりながら、これが十二分に美味くなる未来を目指す。
「ありがとうございます。リリーは幸せ者です」
「これから、もっともっと幸せになろう。例えばそうだね、独房と見間違えた船長室を改修したり、病気や怪我に困らないよう、医療ポッドの良い奴を入れたり、それからそれから…」
などと考えていたら、僕のお腹がぐぅと鳴る。
「そういえば、ウケモチドメインで昼の食材を物色しているところを邪魔されたんだった……」
バリバリと仕事をこなそうとしていたところだったが『腹が、減った…。』というやつである。
「それでは、サルベージは私にお任せください。ご主人様は、ドメインにて昼食の食材を選ばれてはいかがでしょうか?」
その様子に、くすりとほほ笑んでリリーは告げる。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
僕は残りのコーヒーを飲み干すと、ブリッジからウケモチドメインに向かうのだった。




