珈琲
「重力震増大、その数4、まもなくワープアウトします」
「了解、リリー。リアクターを戦闘モードに。シールドスタンバイ。電子戦ドローンは4機先行放出」
「リアクター、戦闘出力に到達。シールドスタンバイ。ドローンコンテナIIIより、小型電子戦ドローン《ジェリーフィッシュ》4機射出します」
モジュール式輸送艦フェルテブラの「ドローン格納コンテナ」は4つ。
その3番コンテナから球体状の対艦電子戦用ドローン、ジェリーフィッシュが4機射出され、海賊艦と思しきワープアウト反応の予測出現地点を大きく超える位置まで回り込んで展開。球体内部からクラゲの触手のようなアンテナを伸ばし、相互通信を開始する。
そして、それぞれが三角錐の頂点に配置するよう位置取って広大な電子戦領域を構築した。
「ワープアウト確認。フリゲート級3機、駆逐艦級1機からなる船団です。通信、入ります――」
『――聞こえているか、サビついたガラクタ船のオーナーよ! ここは俺たち『ブラッド・ファング』の縄張りだ。今すぐ機関を停止して投降しろ! さもなくば、そのスクラップごと宇宙のチリに変えて――』
駆逐艦級のやたらトゲトゲした艦船からオープンチャンネルで発してきた通信を受けたところ、ヴェルテブラのメインモニターに、ピアスやら、入れ墨やらで装飾した、不健康そうな男の顔が映る。
「……僕の宇宙海賊イメージと概ね一致しているのはなんでだろうね」
「え? ユーリー様は海賊を見慣れているからでは?」
リリーは勘違いしているようだが、一致していたのは、社畜日本人が想像する、モブなチンピラ海賊像である。セリフまでがだいたいドンピシャ。外れたのは、脳内海賊はマッチョであり、この男は筋肉がなく若干ひょろそうなところくらいか。
『どこから来たのかは知らねぇが、輸送船が護衛もつれずにやってくるとはな。ここいらの海は何かと物騒だぜ』
「肯定します。商業メガコロニー『グランド・バザール』は軍用量子ハッキングデバイスの最新型からテラフォーミング用の遺伝子プラント、はては高級植民惑星で採れた本物の生鮮米まで、揃わないものはないといわれています」
リリーは、海賊に返答するように通信回線を開いた。
「――ゆえに、です」
リリーはそこで言葉を切ると、画面上のテンプレ海賊を指して言葉を続ける。
「そうした表にも裏にも法外な価値を持つ『商品』と『資金』が集中する場所には、必ずそれを手っ取り早く掠め取ろうと野心を抱く者が引き寄せられます。今回私たちを襲ったようなあなた方も、その巨大な富の香りに群がる害獣にすぎません」
通信の向こう――海賊船『ブラッド・ファング』のブリッジ。
画面に映し出された船長の男は、リリーの可憐と妖艶の絶妙な境にある人工美の妙をジロジロと品定めするように見つめ、下卑た笑いを浮かべた。
『……おや? なんだ、その小奇麗な女は。普通にメイドってことはないだろうから、随分と精巧な高級セクサロイドってことだな。おい、船の制御権だけじゃねぇ、その高そうなアンドロイドも丸ごとこっちに引き渡せ! 夜の相手にはちょうどいい極上のおもちゃになりそうだぜ!』
下品な野次がブリッジのクルーたちの笑い声とともに通信回線を通じて響き渡る。
だが、リリーはその侮蔑的な言葉を微塵も気にする様子を見せず、ただ涼やかな顔で小さく首を傾げた。
「――あいにくですが、今夜は先約が入っております。ね、ご主人様」
「へ?」
予想外の流れ弾に戦闘モードで全面に出ていたユーリー気質が一瞬霧散する。
「なので、速やかにお引き取り頂くか、このまま宇宙の塵となっていただくか、お好きな方をお選びください」
リリーが冷ややかに告げた瞬間、海賊船長の顔から笑みが消え失せた。
『――なっ……! テメッ、誰に向かって口を――! 野郎ども、全火器斉射だ! あのガラクタ船を蜂の巣にして、丸裸にしてやれ!!』
激昂した船長の絶叫を合図に、海賊船の全砲門が光を帯びる。
「残念ながら、火器管制システムは掌握済みです」
海賊艦のレーザービームは、てんでバラバラに、なにもない宇宙空間を貫いていく。
「拿捕した民間船を無理やり改造しただけの船ではねぇ。《ジェリーフィッシュ》のジャミングに太刀打ちできるほどの電波耐性も、高度なECCMも望めないよ」
リリーの言葉を引き継いだ僕は、淡々とした声音でそう零すと、無意識的に右手を伸ばし、そして、何かに気づいたようにひっこめる。
「コーヒーですね?」
「え、なんで分かったの?」
「えへ。合成コーヒーですが、すぐお淹れしますねっ! この程度の相手では、私が戦闘でお役に立てることはもうないと思いますが、何かございましたらネットワーク経由でご指示ください!」
リリーが、何故かずいぶんと嬉しそうな足取りでブリッジを後にする。
「癖、だね。ユーリーではなく、僕の」
社畜時代は、常にコーヒーが傍らにあり、作業の区切りで口にしていた。
その癖が、今、無意識に表れたのだ。
今、フォアグラウンドではユーリーの知識で戦っている。しかし、この体の主導権は確かに僕にあるのだということを、改めて理解する瞬間。
「でもまぁ、ここでの仕事の流儀は、完全にユーリーなんだけど」
『――なっ……なんだぁっ!? 照準モニターが勝手に明後日の方向を向いたぞ……! ロックオンが全部外れた!? おい、メインシステムはどうなってやがる……っ!』
回線を切っていなかったのか切り忘れているのか、混乱までも丸聞こえのブリッジで、僕は、ユーリーの思考に従って、この船のメインウェポン、標準対艦攻撃ドローン《ヴァルチャー》全6機を、2番コンテナから射出する。
『ターゲットがなんか出したぞっ!』
『ドローンっ! ヴァルチャーだっ!! 6機っ!! 輸送船じゃなくてドローン艦だったのかっ!?』
『どう見たってコンテナ船じゃねーかっ!?』
『見たこともねぇ、黒いクラゲみたいなドローンもいるっ! ジャミングの出どころはそいつだっ!!』
『分かってんならさっさと撃ち落とせっ!』
『だからロックオンできねーんだよっ!!』
(標準コンテナ4つを、まるっとドローンベイに改造した輸送船、が正しいかな?)
と、にぎやかな通信に、心中で応じる。
(あと、《ヴァルチャー》は市販品だけど、《ジェリーフィッシュ》はユーリーの作品だから知らなくて当然っと)
その間にも、僕は電子戦インプラントを介して《ジェリーフィッシュ》に、そして《ジェリーフィッシュ》を経由して《ヴァルチャー》を指揮している。
「あわてるな! 《ヴァルチャー》の豆鉄砲ならシールドでしばらくしのげるっ! ……いいか、持ちこたえろ! その間に、火器管制を根元からリブートして叩き落とすんだ!」
海賊クルーたちの必死の怒号が、ノイズまじりの通信回線を跳ね回る。
彼らはまだ、自分たちが「何を相手にしているのか」を理解していなかった。
「そうだね。普通のドローン運用は半分以上オートでやるからね。だから無駄が多いんだ」
今度は声に出して呟いた。
モニタに映る何人かの海賊たちと、視線が合う。
(――僕は、というか、ユーリーは8割以上マニュアル操作なんだよね。ゆえに、ドール・マスター)
僕が、今全面に展開しているユーリーの知識に同期するように、にやりと好戦的な笑みを浮かべる。
電子戦インプラントと《ジェリーフィッシュ》とを介して、脳髄に直結俯瞰した戦場。網膜の裏側に、6機の《ヴァルチャー》の視界が並列で展開される。膨大な情報が奔流となって神経を駆け巡り、瞳の奥が微かな熱を持った。
「詰みだね」
僕はその全てを束ね、暗黒の宇宙で砲身をピタリと一点へと合わせる。
電子戦ドローン《ジェリーフィッシュ》が暴いた敵艦のシールド周波数帯、そして艦体機関部からのエネルギー供給網。
それら情報を統合し、その「最も脆い一点」へと、6機分の小型対艦レーザーが、寸分の狂いもなく放たれた。
虚空を貫く光条。不可視の力場が一瞬だけたわみ、重ねあわされたレーザーは薄紙を貫くかのように船体深部へと吸い込まれていく。
『――っ!? おいっ!?? たった1発だぞっ! ウソだろどうなって……!』
『予備電源への切り替え――クソッ、間に合わねぇ!』
オープンチャンネルから漏れ聞こえていた怒号が、けたたましいレッドアラートの不協和音に掻き消される。
彼らの計器は今頃、動力喪失を知らせる絶望的な赤い光で埋め尽くされているはずだ。海賊たちのパニックを乗せた悲鳴は、通信ノイズとともにプツリ、と一方的に途切れた。
精密な死の一撃。
それを成し遂げたドローン《ヴァルチャー》は、極限までに軽量化されたボディに小型対艦レーザー1門、そして積めるだけの燃料と多数の姿勢制御スラスターを搭載している。
鳥のような、しかし骨組みが露出したその貧相な外観から「禿鷹」と呼ばれる、特化型ドローンだ。
「実に素直で滑らかな軌道だ。いろいろ自作したりカスタムしたりするユーリー君でも、これだけは市販品のままで使ってるもんなぁ」
モニター越しの惨状とは裏腹に、僕のいるブリッジは静まり返っている。
聞こえるのは微かな空調の稼働音と――奥のスペースから漂ってくる、リリーが淹れているであろう合成コーヒーの、少し焦げたような甘い香りだけだ。
「さて、残りを狩るか」




