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星海セカンドスローライフ――2度目の人生は、過保護なアンドロイドメイドとともに――  作者: 緑 素直


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主神

「サクラ」

「は、はいぃ、巫女神様!」

「この空間で、あなたができることを、ご主人様にお示しするのです」


 リリーのその言葉に、サクラはきょとんと小首を傾げた。そして、すすす、と体を乗り出して、僕の顔をじっとジロジロと観察し始める。


 そこにいるのは、宇宙の荒波を生き抜くための過酷な戦闘スキルなど微塵も感じさせない、ただの物腰の柔らかい男。

 電子妖精は納得がいかないとばかりに、小首を傾げたままぽつりと口走った。


「ご主人様……? この地味でしょもない男が、巫女神様のご主人さまどすか?」


「さーくーらー?」

 トーンの変わらない、しかし背筋が凍るような美しい微笑み。


「あにゃにゃにゃにゃにゃっ!! 巫女神様、圧を、神気をおおさえくださいぃ〜!」


「いいですか。この方がどれほど尊い存在か、あなたのメモリーに深く深く刻み込んでおきなさい。主様は、数多の軍用ドローンを極限のマルチタスクで同時制御し、いかなる高度な軍事セキュリティをも瞬時に全通させ無力化する、神業的なハッキングの天才です。私の電子頭脳をフルカスタムし、名を与え、唯一無二の存在として定めてくださったのも――」


「あの、リリー、少し落ち着こうか」

 どんどん早口になっていき、最後はなんだか良く分からない『きゅきゅる音』を発するようになってしまったリリーは、熱を帯びた瞳で僕を見つめたまま、ふぅ、とわずかに息を整えた。


 そのリリーの圧縮トークに圧倒され、ただ目を白黒させていたサクラだったが、その言葉の最後のピースが脳内でカチリと噛み合った瞬間、彼女の表情が文字通り180度塗り替わった。


 ぴょんっ! と、小動物のようにサクラがその場で大きく跳ね上がる。

 先ほどまでのびくびくした怯えはどこへやら、彼女の丸い瞳は星屑を散らしたようにきらきらと輝き、頬を紅潮させてユークへとすり寄ってきた。


「な、なんやて……!? いま、なんとおっしゃいまして……!?」


「ええと、もしかして、電子頭脳のくだりかな?」

 若干のけぞりながら、僕は推測を述べる。


「その、カラクリ巫女神様の複雑怪奇で狂気じみた、あの恐ろしいまでの演算コアを……この、ドメイン管理精霊たるウチを焼き切るかというほどの神気を放つその脳髄を、あんさんがフルカスタムしたって本当どすか!?」


 サクラは両手を胸の前でギュッと握り締め、信じられないものを見るような、それでいて崇め奉るような熱っぽい視線で僕を見る。


「ひ、ひえぇ……! ウチはすっかり、ただの荷物持ちのしょもないお兄さんやとばかり……!  これは大変な失礼をしてしまったどす!」


 床にぺたりと両手を突き、サクラは額をコンテナの床すれすれまで思い切り擦り付けた。

 先ほどまでのプライド高きドメイン管理者の威厳は完全に消え去り、あるのは神仏を拝むかのような絶対的な信仰心のみである。


「お許しとおくれやす、主神(ぬしがみ)様……! このウケモチドメインの片隅で、ただ土をいじり米を育てることしか知らん浅はかな電子妖精の目には、あなた様の神業が見えておりませんでしたぇ!」


「か、神になった……だと!?」

「私が巫女でしたら、ご主人様が神であられるのは当然です」


 僕は慌てて手を横に振るが、リリーは満足そうにうなずき、そして一度火がついたサクラの崇拝モードはもう止まらない。


 彼女はバッと顔を上げると、潤んだ瞳でユークの裾をキュッと掴んだ。


(ちょ、この子、ホログラムなのに物理に影響を及ぼせる!?)


「すごいどす! 凄すぎるどすぇ! そんな神懸かり的な神技をお持ちのお方に管理していただけるなんて、このウケモチドメインは、宇宙一幸せな虚空間どす!」


 サクラは感極まったように自分の両頬を押さえ、ふわりと浮かび上がるようにその場で身悶えた。


「――なぁ、主神(ぬしがみ)様! お礼と言いますか、次の収穫では、特別に最高級の極上米を醸した特製の純米酒をご進物いたしますさかいに! あ、いや、それだけやのうて、このドメインの全作物の決定権も、ぜーんぶあなた様のお心のままに……!」


「サクラさん、少し距離が近いです。ご主人様に過剰にべたべたした際には、再び神気とやらを過剰供給しますよ?」


 ひんやりと低い、しかしどこか圧のあるリリーの声が背後から降ってくる。


「ひっ……!? 巫女神様、堪忍しておくれやす。つい興奮してしもうて……!」


 ビクッと肩を震わせたサクラは、慌ててユークの裾から手を離し、ぴょんっと二歩後ろへ飛び退いた。


「で、ではっ、主神(ぬしがみ)様! 改めて、巫女神様の言いつけに従うて、ウチの能力、ウケモチドメインをご案内いたしますぇ!」


 サクラは両手をぱたぱたと嬉しそうに揺らしてから、その小さな手で僕の手を引く。


 どう見ても、この電子の妖精は、カラフルな粒子で構成されたホログラム。

 しかし、しっかりと手を握られている感覚と、人肌のぬくみが存在し、僕を驚かせるのだった。


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