迷宮
「観音開きの扉、か」
ロックが解除された気密ハッチを開けてみれば、その中に、もうひとつ、古い土蔵を思い起こさせる扉がついている。
真ん中に、大きくサクラのマークが入れられた、この木製の扉だけを見ていれば、どこか前世に戻ってきたような錯覚を覚える。しかし、振り返れば金属と配線と、人工的な明かりに照らされた通路があり、
「お下がりください、ユーク様。私が開けます」
そして、美しい銀髪のメイドさんがいた。
僕が転生したのは、そんなトンデモSFワールドだ。
彼女は、外見こそ可憐な少女であるが、エヴァアトモス社製のハイエンドボディで構成されたアンドロイドで、重火器で武装したゴロツキ集団程度なら3分未満で蹂躙してしまえるような戦闘力を持っていたりする。
その彼女が、最大限の警戒をもって開けた扉の向こうには。
「うわっ、……これなんてファンタジー?」
『緑』――が、続いていた。
頭上に広がるのは、どこまでも澄み渡る青空。
本物の太陽と見紛うような、柔らかく降り注ぐ光。
視線を下ろせば、青々とした稲穂が風に揺れ、サラサラと心地よい音を立てて緑の波が広がっている。その脇には細い用水路が、澄んだ冷たい清水をたたえて静かに流れていた。
遠くには、小さな和風の庭園と、苔むした石灯籠。
幾重にも重なる青葱や、キュウリやナス、トマトの畑までが整然と並んでいた。
「ええと、なるほど? 農業管理プラントだっけ??」
僕は全力で首をかしげる。
ジャンク屋のおやじはこれをして『高度な環境保全システムが組み込まれた、農業管理プラント』と称していた。
(プラントの定義って、なんだっけ……?)
「ゆ、ユーク様、面妖な声がしますっ!」
次いで響き渡ったのは、コケコッコー、あるいはクック・ドゥードゥル・ドゥー。
もしかすると、コメや野菜に加えて、卵や鶏肉も入手できるのでは、という、輝かしき未来を僕は幻視する。遠くでケーン、ケーンという声も聞こえるので、この空間は里山の野生動物すら内包している可能性がある。
「リリー」
「は、はいっ!?」
「解体って、できる?」
「はいっ?」
すわっ、不気味な声をあげる異星生物からご主人様を護らねばならないっ! 戦闘モードスタンバイっ!!
そのようなタスクでメモリがいっぱいになっていたリリーが虚を突かれる。
「解体とは、その……、参照優先順位が低位で申し訳ないのですが、もしかして、……異星生物をさばいて、食用に適した部位を、鮮度を保って摘出する技術のことでしょうか?」
「それだっ!!」
「ええと……、スキル適用可能です。サバイバルオプションに統合されておりますので、甲殻昆虫類をはじめ爬虫類、魚類、鳥類、ほ乳類、果てはケイ素生物から気体生命体まで、幅広く対応できます」
緋色のおめめをグルグルしながら、リリーが己のオプションをチェックしてゆく。
ケイ素や気体って、解体して食えるところがあるのだろうか?
という素朴な疑問はスルーして、
「リリーっ!」
「はひっ、はうわぁぁ……!?」
僕は感極まってリリーに抱き着いた。
「最高だよっ! リリーっ、最高っ!!」
「ごごご、ご主人様っ!?」
しばらく恥ずかしげにもぞもぞしていたリリーだったが、
「ふふっ、この空間は、ご主人様にとってそれほど価値あるものだったのですね。がんばって開封したかいがありました」
と、優しく抱き返してくれた。
***
「……空間スキャンの結果が出ました。微小な次元折畳み技術と空間位相の歪曲を確認。周囲の気圧、湿度、さらに土壌の成分データ……すべてが旧世代の農業に適したパラメタに最適化されています。さらに、このコンテナの容積は物理・情報的な限界を大幅に超過していますね。……これはいったい、どういった類の冗談なのでしょうか? 」
「あはは。ユーリーの知識でも絶対にあり得ない空間歪曲率だよ」
そんな会話を交わしながら、ふたりで異次元里山空間を探検を続けることしばし。
田んぼの奥、小さな湧き水の池に面した和風庭園の中央。
そこには、幾何学模様の透光性バリアに守られるようにして——ひとりの小さな少女が、膝を抱えて静かに眠っていた。
緋色の袴に小袖を纏ったその姿は、立体的なホログラムでありながら、まるでそこに実体があるかのように鮮やかだった。
「また、なんというか、新たなとんでも現象が……」
「……ユーク様。やはり、このコンテナは古代超文明の遺産で間違いありません」
リリーの視線は、空間の隅々で繊細に揺らめく光の紋様へと向けられていた。
「このたぐいの遺物の、記録に残るわずかな開封例によれば、その先には広大な異空間が広がり、奥に管理者たる存在が待ち構えていたと記されています。……信憑性の低い都市伝説として、これまで参照順位を低位に設定していたのですが、この状況と驚くほど一致しています」
「異空間に管理者って……。これ、ダンジョン空間ってことか」
僕が前世の知識——いわゆるラノベの定番設定に脳内で変換してあっさり納得すると、リリーがすっと首を傾げた。
「ダンジョン空間? 未知の空間拡張プロトコルの名称でしょうか? 空間圧縮の概念としては興味深い命名ですが」
「概念っていうか……ほら、『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』ってやつかな」
僕が苦笑しながら言うと、リリーは胸の前でそっと両手を合わせ、感心したように頷いた。
「……さすがはユーク様。過酷な現象を詩的に捉える、実に含蓄の深いお言葉です」
「僕じゃないからね、言ったの」
僕は思わずツッコミを入れる。
言い残したのは、地球のSF作家なのだから。




