狼藉
「毎度ありっ! 18番ドックだな。配送手配しとくぜ」
僕が決済端末をかざすと、緑モノクルオヤジは、これで長年の厄介払いができたとばかりに、嬉しそうにコンテナを送り出した。
「じゃ、帰ろうか」
「はい。私、がんばりますね!」
ふんす、と、これから始まる開封作業にテンションを高めるリリーとともに、元来た道を戻っていく。
「ご主人様、お気を付けください」
「ん? ……なんかいるね」
無秩序に放置されたジャンクパーツの隙間を縫うように進むことしばらく、退廃サイバーパンク区画と、一般コロニー区画の境目が見え始めたところで。
「おいおい、兄ちゃん。さっきからおもしれぇパーツを物色してたじゃねえか。連れてるピカピカのお人形さんも含めて、随分いい趣味してやがる」
鋳溶かされるのを待つ鉄くず山の影から、つぎはぎの重火器や出力の怪しいプラズマナイフを無造作に手にした3人のチンピラが、出口を塞ぐように現れたのだ。彼らの目は、僕の身なりや、隣に控えるリリーの完璧すぎるメイドボディに釘付けになっているようだ。
「はぁー」
と、僕はため息をつく。
どうして、こういったゴロツキどもは、エヴァアトモス社のハイエンドアンドロイドに喧嘩を売ろうと考えることができるのだろうか?
「自殺志願者なのか?」
「ユーク様、声に出てます。でも、ちょっとユーリー様っぽくて懐かしいですね」
「おっと」
と、僕は思わず自分の口を手で塞ぐ。
このような非日常モードになると、自然とユーリーの知識が前面に出るためか、若干言動が荒事寄りになってしまう。そのぶん平和な日本の社畜メンタルが後退するので、恐怖に固まってしまわないのはありがたいのだが。
「無視すんなよっ! このモヤシ野郎とセクサロイドがっ!!」
穏やかにリリーと話していると、プラズマナイフのゴロツキがすごんでくる。
「モヤシって、この世界にもあるんだね――」
などと、僕がしょうもないことで感動していると、
「なるほど、私を愛玩ボディのセクサロイドと勘違いされているようですね。あ、もちろん愛玩機能も搭載しておりますので、今夜あたり、買ったばかりのベッドでお試しになられませんか?」
「ぶっ!?」
真っ赤な顔で、くねくねしながらリリーが爆弾発言をする。
「だからっ! 無視すんなって言ってんだろーがっ!!」
「……おやおや」
僕は小さく息を吐き、手に持っていたプラカップの合成コーヒーを、近くの鉄くずの水平部分にそっと置いた。さっきのジャンク屋が、売買成立のオマケにと淹れてくれたものだ。
「ご主人様」
「ん?」
一歩、リリーがしなやかに進み出る。
エヴァアトモス社製のフラッグシップボディ。
それが、通常モードから戦闘モードにシフトしたのか、外見上、何も変わっていないのに、彼女の纏う気迫が一気に苛烈なものになる。
「カップの蓋は閉じてくださいね。少々、周囲の空気が乱れることが予想されます」
「ええと、穏便にね」
ユークが穏やかな低音で応じた瞬間――チンピラのひとりが下卑た笑みを浮かべ、錆びたプラズマナイフを突き立てるように踏み込んできた。
「お高くとまりやがって……っ!」
――次の瞬間。
空気が破裂するような乾いた音が、路地裏に響いた。
リリーの身体がぶれた様に見えた。
常人であれば視認すら不可能な音速の掌底。彼女は飛びかかってきた男のプラズマナイフを、その握りこんでいた手のひらごと粉砕したのだ。
「ぐああっ……!?」
男の顔から血の気が引く。サイバネハンドであったようで、部品がジャンクの山に飛び散り、遅れて紫電を纏ったナイフが戦闘機の装甲版のようなものに、鈍い音を立て突き立つ。
「お粗末ですね」
リリーは淡々と言い放つと、腕に喰らった衝撃でたららを踏んでいる男の両肩をつかむと、軽やかに体をひねり、無造作に鉄くずの山にぶん投げた。
ドォン、と重い地響きと共に、チンピラの体がスラスターのようなものの残骸にすっぽりとはまり込む。盛大に金属が凹む音と骨が砕けるような鈍い音が重なって、男は白目を剥き、そのままぐったりと力を抜いた。
「ひっ……化け物……っ!?」
残る二人が恐怖に顔を引きつらせ、慌ててつぎはぎ重火器の銃口をリリーに向け、引き金に手をかける。
しかし、それより早く、ユークの右手の指先がかすかに動いた。
「――おっと、危ない。公共の場所で発砲はマズいんじゃないか?」
思った以上に低い声が出た。
その瞬間、彼の電子戦インプラントから放射された不可視の指令が空間を走り、すでに放出済みのモスキートたちが、一瞬にしてチンピラたちの銃器の内部材へと侵入する。
チリチリ、と微小な放電音が聞こえた。
男たちが構えた銃の電子ロック機構が瞬時にオーバーロードを起こし、トリガー部分が焼き付いて白煙を噴き出す。
「な、なんだこれ……動かねえ!? 銃が、勝手に――っ!」
「なんでだろうねぇ?」
ユークは穏やかな笑みを浮かべたまま、一歩一歩、男たちへと歩み寄る。
「どこへ行こうというのですか?」
その背後では、リリーがもう一人の男の肩をつかみ、逃げ道を完璧に断っていた。無機質な冷たさと、底知れない強大さが、チンピラたちの戦意を完全に叩き潰していく。
「ひ、ひぃ……! 見逃してくれ、俺たちはただ――」
「これ以上、僕たちの買い物の邪魔をしないでくれるかい? それだけで十分だ」
チンピラたちは恐怖に震えながら、這う這うの体で路地の奥へと逃げ去っていく。
静けさが戻った路地裏。
ユークは小さく息をつき、先ほどクズテツの端っこに置いたコーヒーのプラカップを手に取って、一口すする。
「ふう……。意外というか、普通に飲める味だね、この合成コーヒー」
「それはようございました」
リリーは先ほどの暴力が嘘のように、何事もなかったかのような優雅な仕草で、自分のメイド服の裾についた見えない埃を軽く払う。
その瞳の奥には、主を護衛できた満足感と、わずかな熱が宿っている。
「あれ、リリーもオマケしてもらってたんだ」
「あら、衝撃は抑えたつもりでしたが、起動してしまいましたね」
メイド服のポケットで光っていたのは、コースター大のホログラム発生装置。
「売れたから、もういらなくなったそうです」
取り出して、リリーの手のひら上に置かれたそれからは、僕たちが買い取ったあの和風のコンテナが、青い燐光を発しながらくるくると回転していた。




