和風
「合成コーヒーって、どんな味がするんだろうね」
手に入れたお金で、僕たちは念願の買い出しを満喫した。
まともな繊維感のある上等な培養肉、新鮮な工場栽培の葉物野菜、淹れたてのコーヒーを楽しむための器具と豆――豆のほうは残念ながら合成品だが――、そして何より、僕の身体を優しく包み込んでくれるフカフカのソファーとベッド。
「うう……これで、あの『壁固定ベルト』と『くそまず栄養ペースト』の地獄から脱出できる……!」
と、僕は心中で涙を流す。
というのも、このコロニーに至るまでの間、夕食に1回、そして固定ベルトでの強制睡眠を経て朝食に1回「栄養はきちんと取らなければなりません」という、とってもオカンなリリーの指導のもと、クソマズペースト地獄を体験済みだったりするからだ。
あれはもう二度とやりたくない。脳が、心が死ぬ。
「う~ん、ベットは、もう一回り大きくてもよかったのですが、まぁ、ぴっとり密着されるのがお好みであれば…」
そんなリリーのつぶやきは、難聴系主人公をリスペクトして、聞こえなかったこととして、買い込んだ荷物を配送ネットワークに委託した帰り際だった。
「――あのあたりから、宇宙船のジャンクパーツ区画だね。……さっきのジャンク街と違って雰囲気あるなぁ。前世だったら絶対、近寄りもしなかった場所だよ」
ヴェルテブラのトラスフレームには、まだ8つの空きポートがある。将来的な長旅や、不測の事態に備えて、どのようなモジュールコンテナを追加すべきか。その下見がてら足を伸ばした区画であったが、最初に訪れた区画に比べると、相当に雰囲気が悪い。
初めに小銭を稼いだ電子部品のジャンク区画が、下町工場が軒を連ねる職人たちの区画だったのに対し、こちらはなんというか、退廃的サイバーパンク区画とでも言おうか非常に不健全な空気を醸し出している。
「ガラクタをきちんと直して売っているか、戦場跡から回収したものをそのまま流しているか。その辺りの精神性の違いが、長い年月をかけて文化として定着してしまったようですね」
どちらも商売である以上貴賤はないが、治安に差が出てしまうのは如何ともしがたいところだ。
「宇宙船のパーツは、コロニー内で直すにはデカすぎるもんなぁ」
確かに、宇宙空間に係留し、ひと山いくらの鉱物塊として売るのが、一番手間の少ないやり方だろう
「はい。専用ドックを持つ業者であればジャンクではなく、きちんと直したうえで整備済み品として販売しますので、こちらにある商品は、できたてほやほやの残骸か、売れ残りの残骸か、あるいは出自の怪しい残骸かの、いずれかに該当すると考えます」
ということは――
と、僕は続ける。
「掘り出し物に会える可能性も高い、と」
すると、リリーは肯定も否定もせず、
「巷では『ジャンクガチャ』という言葉もあるようですね」
と述べるに留めた。
「でも、僕たちの電子戦能力を考えると、何か出会いがあるんじゃないかな?」
「こればかりは運ですから。さ、ご主人様、少々足元が暗くなります。お手を」
すっと差し出された白く滑らかな手。
エヴァアトモス社製のフラッグシップボディに身を包んだリリーは、この退廃的なスクラップの山の中でも、塵一つつけない完璧なメイド服姿でユークの半歩前を先導している。
手を取って、引かれるがままに歩む僕の方が、まるでお姫様だ。
「ありがとう、リリー。……にしてもゴミが多いね」
「破壊された宇宙船の備品や内部設備等がこちらに集まっているようですね」
「とはいえ、どれも修理がままならない鉄くず、といった感じだね」
直せるものは職人街の方に行ってしまうのか、この区画に無造作に転がっている品々はレーザーの着弾痕も生々しいコンソールや、真っ二つに割れたディスプレイなど、鋳溶かして素材を回収する都市鉱山の採掘物といった感じだ。
「で、これが売り物、か」
各店舗の前にずらりと並ぶホログラムカタログのひとつに目を通す。しかし、品目は数世代前の型落ちリアクターや、使い古された大型採掘ドローン、巡洋艦の装甲片などが多く、モジュールコンテナの出品がほとんど見当たらない。
「なるほど、『ジャンクガチャ』ね」
――と、呟いたその時、視界の隅に、妙な違和感が引っかかった。
「ん……?」
それは隣の店舗のホロディスプレイ。
錆びついた構造体と剥き出しの配線が這う店頭のホログラムの中に、一箇所だけ、周囲の景観から完全に浮いた映像があったのだ。
格子戸。そして、白木を模した淡い木目の意匠。
宇宙の過酷な環境とはおよそ似つかわしくない、あまりにも雅で、どこか懐かしい「和」の構造体。
「なんだこりゃ?」
「――ご主人様、そのコンテナのデータに興味を持たれましたか?」
「和風……? なんでこんなところに、こんな『和』の意匠が……?」
ぽつりと呟いた僕に、リリーが首を小首をかしげて尋ねてきた。
「ワフウ……? ユーク様、その『ワフウ』とは何でしょうか? 」
リリーの「わふぅ」な発音が、子犬の鳴き声のようにかわいくて、思わず頬が緩んでしまう。
「新しい兵器の規格名称でしょうか?」
想像していた事柄はデンジャー案件だったが。
「この装飾のことだよ。この木目や桜、しめ縄を模したようなデザインのことさ。……リリーは知らないの?」
「はい。私のデータベースにも、似ているものこそございますが『わふぅ』という意匠の記載はございません。おそらく、銀河統一政府が成立する以前の、遥か遠い古代文明の意匠かと思われますが……」
リリーが不思議そうにコンテナを見上げる。どうやら、前世の「日本」や「和」という概念は、この世界の人間やアンドロイドにとっては、知る由もない失われた古代の謎文化であるらしい。
僕たちがコンテナのホロ映像を眺めていると、店の主人が鼻で笑いながら近づいてきた。
このサイバーパンク空間の住人、ということになるのだが、まぁ、いたって普通な――右目に緑レンズのモノクルのようなスキャンデバイスを装着しているが――おっさんだった。
「なんだい兄ちゃん、そのゴミに興味があるのか? それは半世紀以上も前に倒産した、古の『アルカディア農芸』って企業の流出品だよ。買ってくれるのかい?」
「アルカディア農芸……?」
「ああ。噂じゃ、どこぞの古代遺跡から掘り出してきた特殊な保全コンテナらしいがね。過去にこれを解析しようとした企業『アルカディア農芸』のメインサーバー群が、原因不明の異常過負荷を起こしてパンク。復旧もできずにそのまま破産したっていう、所謂『呪いのコンテナ』さ。誰にも開けられねぇし、買い手がつかんから、二束三文の金属塊としてこっちに流れてきたわけさ」
「呪いのコンテナ、ねぇ……」
こんな科学の発展した世界でも、都市伝説というのはあるんだなぁ、と僕が感慨深く思っていると、隣でリリーの瞳が幾何学的な光を激しく明滅させ始めた。
どうやらネットワークから関連情報を収集・分析しているようだ。
「……ユーク様」
リリーが僕の耳元に身を寄せ、消え入るような囁き声で告げた。
「銀河に蔓延る『古代遺産の呪い』といった噂の大半は、出来の悪い詐欺話やガラクタですが……このコンテナは、かなりの確率で『当たり』だと思います」
「えっ、本当かい?」
「はい。内部に眠る超高度な保全システムが、あまりに規格外な演算リソースを要求したため、貧弱な企業のサーバー群が破綻したものと推測できます。……ヴェルテブラの三つ子リアクターと、私の処理能力があれば、もしかしたら開封できるかもしれません」
「なるほど。……でも、実物も確認せずに、推測できる根拠はなに?」
「はい。――ええと? ええと? あれれ?」
己の思考ログを完璧に辿ることのできるアンドロイドにしては不思議なことに、リリーが一瞬、瞳を虚空にさまよわせる。
「先ほど、ゆりかごが揺れたのです……? って、私、なにを?」
一瞬の間ののちに、
「も、申し訳ありません、ユーク様。すぐに自己診断プログラムを――」
と、リリーは緋色のおめめをグルグルさせながら宣う。
「いや、いいよ。大丈夫だよ。それならきっと大丈夫」
「えっ?」
僕はそれを優しく止めた。
「それで、これには何が入っているのかな?」
「ユーク様!?」
と、僕は緑モノクルオヤジに尋ねる。
「お、兄ちゃん、買ってってくれるのかい? 噂が本当なら、こいつは『ウケモチドメイン』って名前で、高度な環境保全システムが組み込まれた、農業管理プラントだって話さ」
「農業管理プラント? このサイズで!?」
思わず僕の声が一オクターブ上がった。
和風な外装で、農業だ。この予感が真実であれば、このコンテナの中には、僕が今、切実に求めるものが詰まっている可能性が高い。
「おいおい、またジャンクガチャやってる奴がいるぞ」
「ほっとけよ、金持ちの道楽なんじゃねーの?」
しかし、このようなやり取りは、ここでは日常茶飯事なのか、周囲の人間は冷ややかだ。
「ユーク様を馬鹿にっ、これはほ、ほにゃっ!?」
「リリー、しっ」
本物、といいそうになったリリーの口をユークは抑え、そっと耳元でささやく。
『リリーなら、開けられるんだね?』
『はっ、はひっ、開けまふっ! この電子頭脳が焼き切れようと、必ずや開封してご覧に入れまふっ!!』
『いや、焼き切れちゃだめだから、ほどほどにね…』
図らずしも、後ろから抱きすくめるような密着体制になってしまい、リリーが普通の女の子のように真っ赤になって、そしてものすごーく気合を入れている。
「おじさん、このコンテナ、買い取るよ」
こうして、僕たちは『買い出しの余り金』という二束三文で、大企業を破滅させたという『眉唾物の呪われコンテナ』——後に僕たちの母艦に食料革命をもたらす古代遺産『ウケモチドメイン』を手に入れたのだった。




