↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
趙滅亡後の斉の軍師に転生したんだけど、どうすればいいと思う?  作者: 私はかき氷


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/21

幕間・二

 趙の都、邯鄲(かんたん)。


 安平君田仲が一万の兵を率いて鎮西城に向かったこと。その報せは秦に買収されている斉の宰相、后勝(こうしょう)を通じて直ちに秦へと届けられた。


「后勝め。財を貪る豚としては優れているが、御者としては失格だな」


 そう呟く秦王の眼下には、深い穴が口を開けていた。その周囲には、縄で縛られた大勢の人間が転がされ、口々に命乞いの声を上げている。


「……はは。いい気味だな」


 彼らが泣きわめき、土下座し、天に祈るのを見下ろし、秦王は満足そうに笑った。


「やれ」


「はっ!」


 合図一つで、縛られた人々が次々と暗い穴の底へと突き落とされていく。絶叫と、叩きつけられる肉の音が重なり、湿った土の匂いに血生臭さが混じり始めた。


 秦王は阿鼻叫喚と化した穴から興味を失ったように、ふいと背を向ける。


「ひ、ひぃ……! 嫌だ! 助けてくれぇ!!」


「お許しを、お許しを!」


「殺す……! 殺してやるぞ、秦王!」


 秦王は煩わしそうに耳を塞いだ。


「おい。五月蠅くて敵わん。土を被せる作業を急がせろ」


「はっ!」


 秦王は夜空に浮かぶ満月を見上げ、独り言のように呟いた。


「趙人四十万を生き埋めにした長平(ちょうへい)の戦いの翌年に、私は邯鄲で生まれた。趙人の憎悪が罪なき私を襲った。そして私の趙人への憎悪を生んだ」


 その表情に何かを感じ取ったのか、月が雲の陰へと隠れていく。


「月よ。覚えているか? 『いつか趙を滅ぼし、恨みある者を生き埋めにする』という誓いを。……どうだ、果たしたぞ?」


 秦王の高笑いが、静まり返った邯鄲の夜に響き渡る。


 周囲の者たちは、誰一人として声を上げない。恐れが場を支配していた。


 だが、そんな空気など意にも介さぬ様子で、一人の大男が秦王へと歩み寄った。


「大王様。田仲の件、どうするんですか?」


「む? 李信か」


 体躯は二メートルを超えるだろう。若く、精悍な顔つきに、巨大な矛を無造作に担いだその姿は、いかにも猛将然としていた。


 秦王は、初めから決めていたことのように命令を下す。


「お前が二万の兵を率いて、田仲の首をとってこい」


「二万?」


 李信はわずかに眉を上げ、それから肩をすくめた。


「……いや、失礼しました。斉ごときなら五千でも十分かと思いまして」


 周囲の将兵たちが息を呑む。


 李信は気にした様子もなく続けた。


「斉兵など、長らく戦場から遠ざかっていた連中でしょう。一万を率いているといっても、数だけです。まして田仲は将軍ではなく、文官と聞きます」


 巨大な矛の石突きを、地面へと軽く突き立てる。


「二万もあれば、逃げ道を塞ぐ兵まで用意できますね。贅沢な兵力です」


 その声音には、敵を侮るというより、最初から勝利を疑ってすらいない者特有の余裕があった。


 秦王はしばらく李信を見つめていたが、やがて口を開いた。


「……李信」


「はっ」


「お前は、まだ斉と戦ったことがないな」


「ありません。しかし――」


「だから釘を刺す」


 李信の言葉を、秦王は静かに遮った。


「兵が弱いことと、敵が弱いことは違う」


 李信の表情から、わずかに笑みが消える。


「斉は確かに衰えた。王も宰相も腐り、朝廷は割れている。だが、田仲は違う。だからこそ、奴は一万の兵を集められた」


 秦王は李信の前まで歩み寄る。


「獲物を侮るな。例え弱くとも、追い詰められた時に何をするかわからん」


「……承知しております」


「いや。承知していないから言っている」


 秦王の声が、わずかに低くなった。


「お前は強い。若く、勇猛で、兵を率いる才もある。だからこそ危うい」


 周囲の者たちが固唾を呑む。


 秦王は李信を真っ直ぐに見据えた。


「勝てる戦で死ぬな。つまらぬ慢心で兵を失うな。秦の将軍は、己の武勇を示すためにいるのではない。秦を勝たせるためにいる」


 李信は一瞬だけ目を見開いた。


「……肝に銘じます」


「本当に銘じたか?」


「ええ」


 李信の言葉に、秦王は満足そうに頷いた。


「ここで主戦派の筆頭である田仲を殺せば、斉は降伏論で一つにまとまるだろう。田仲と鎮西城にいる斉兵を、従軍した文官も含めて一人残らず殺せ」


 当然のように、秦王は皆殺しを命じた。


 李信は特に動じることもなく頷く。


「秦に逆らう者は死ぬと、斉に教えるためですね。……コホッ」


「風邪か?」


「ええ。お恥ずかしいところですが、ここ一週間ほど体調が優れず」


 秦王は少し思案し、手を叩いた。


「夏無且(かむしょ)。いるか」


「はい。ここに」


 夏無且と呼ばれた医者風の老人が、すぐに一歩進み出た。


「お前は李信に付き添え」


「……しかし、私は大王様の侍医でございます」


「構わん。私は至って健康だ。それより、若く才能ある李信を労わってやったほうがよいだろう」


「……承知いたしました」


 拝礼した夏無且に、李信が声をかける。


「安心なされ、侍医殿。貴殿には私が傷一つつけさせはせぬ。私の側にいれば、死ぬこともないでしょう」


「心強いことです」


 夏無且が再び拝礼した。


「李信。さっさと行ってこい」


「はっ。承知いたしました、大王」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。