第3話 その1
「気になる人がいる……?」
猿の化物に悪魔みたいな化物、自分自身が狛犬の化物になった翌日、
何事もないかのように、しっかりと朝練から学校に登校していた明子は昼休み、俺にそう言った。
「気になる……って、どんなふうに?」
昨日のこともあって少し気まずく、
なんとなく朝から一緒にいるのを避けていたが、そんな話題となっては聞かずにはいられない。
俺は自然と聞き返していた。
「んー、何ていうんだろう」
「なんとなく頭から離れないと言うか」
「ふとしたときに、あーいるなぁって目で追っちゃう感じというか……」
頭から離れない
無意識に目で追ってしまう
それはまるで俺が明子に感じている……
「ねぇ、これって何なのかな?」
彼女は机に身を乗り出し、俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。
……よし、真面目に考えよう。
早とちりは良くない。
例えばその人が明子みたいに危なっかしいのかもしれない。
よくよく考えれば俺も明子のことを考えているとき、たいていは「あいつ何かやらかしてないよなー?」とかばっかだし。
うん、きっとそうだ。
その人が何らかの理由で心配なだけ。
そうに決まっている。
「そりゃきっと……「恋だよ絶対!」
俺の言葉に一人の女生徒が割り込んだ。
「頭から離れないとか、絶対恋だよ!私漫画で見たもん!」
「いやー、明子にもついに春かぁ〜」
「ねぇねぇ、誰なの?」
「相談するってことは本郷じゃないんでしょ?」
「アタシはてっきり〜って、こういうのは良くないよね、お口チャックお口チャック」
明子に後ろから覆いかぶさるようにしながらからかうように彼女は言う。
いやしかし……何でも恋と結びつけるのはどうだろうか?
俺達は今、恋に恋するお年頃、ちょっとしたことでもついつい恋と結びつけたくなるのもわかるが……きっと明子ならそんなことは
そんなことを内心で考えていたが……
「恋……なのかな、やっぱり」
「いや、でもう〜ん……」
俺の予想とは違い、それを聞いて明子は何か腑に落ちないような、少し照れたような、言いようのない表情をしながらも恋を肯定した。
「ねぇ〜、誰なの〜?」
「えっと……田場君、なんだけど」
「え、田場!?」
「あのオタクの!?」
田場……田場勇斗、
あまりクラスメイトの名前をしっかりと覚えていない俺だが、クラスである意味目立っている彼のことは知っていた。
軍艦とか銃が好きないわゆるミリオタ、
彼から色々話を振られることがあるが、俺はあいにく戦艦などに興味がない。
正直、苦手な相手だ。
俺が内心でそんな悪口めいたことをつい、考えてしまっていると、
「そういう言い方、良くないと思うな」
明子がそう言った。
「いや、ごめんごめん」
「でも、なんで田場?なんか接点あったっけ?」
「うん、最近色々」
「ハンカチを拾ってくれたり、転んだところを支えて貰ったり」
「命の恩人ってわけか〜」
「それはちょっと大げさかもだけど……そうだね」
その言葉を聞いて、俺は机に座る田場を見た。
俺だって、そんな気持ちが抑えられなかったからだ。
俺なんて、命がけで彼女を守ったんだぞと、思ってしまった。
名乗り出られないが、俺だって……と、思わずにいられなかった。
「……ッ!」
そんな鬱憤をためた俺は田場と目が合った。
その瞬間、
彼の黒縁メガネの奥の目が、にたりと笑ったように見えた。
敗北感
俺はその視線によって湧き上がった感情が、それであると理解した瞬間、その場にいることが耐えられず、
教室から逃げ出す。
昼休みはまだ長い、トイレじゃ駄目だ、屋上だ、屋上に逃げよう。
そんな思考で俺が階段を登っていると
「待ってよ!」
背後から明子の声がした。
「ねぇ、どうしたの朝から……なんか変だよ?」
「……ごめん、今日は調子が悪いんだ」
「そうなの…?」
「保健室、行くなら付き添うよ?」
「……いいよ」
「いい、つまり了承だね!よし行こう、ご安静に!」
「ッ!」
こういうとき、明子はいつも俺の手を取ろうとしてくる。
だから、俺は咄嗟にそれをさせまいとした……そのとき、
「―――あ」
口からふと溢れたような声が聞こえた。
1秒後、その声が明子の声だと気がついた。
その半秒後、俺は明子が階段を踏み外したのだと気がつく。
「明子!」
俺は後ろへと倒れ落ちていく彼女へ咄嗟に手を伸ばす……が、
間に合わないッ!?
俺が彼女の手を避けたように、
今度は俺の手が空をきる。
しかし、
「おっと」
倒れていく彼女を受け止めた人物がいた。
「だだ、大丈夫、かい?」
「え、あ……ありがとう」
田場だ、
教室にいたはずの彼が明子を受け止めていた。
「あ、危なかったね」
「ボクがぐ、偶然後ろにいて良か…ったね」
ガッチリと彼女を、抱えるようにしてそう彼は言う。
「ごめん、急に倒れ込んじゃって……ケガしてない?」
「だ、大丈夫、緑川ちゃんこそ…け、怪我は?」
「あはは、大丈夫」
「田場君のおかげだね」
「よ、よかったよ……まったく、本郷君駄目じゃないか、ちゃんと庇ってあげないと」
「き、君……腕、緑川ちゃんの腕、振り払っただろ」
「い、いや……振り払ったわけじゃ……」
「そ、そうだよ」
「私、進君の手を取れてな……」
「ひどいやつだね君は」
俺は口ごもる中、
妙にはっきりとした口調で放たれた言葉に俺は耐えられず、
俺はまた、その場から逃げ出すのだった。




