第3話 その2
「それで、逃げてきたわけですか?」
「……まぁ」
中等部と高等部共有の学校食堂、
対面に座ってラーメンを啜る輝照君のため息に俺は肩身が狭くなる。
「電話で居場所を聞き出しといてそんなことですか」
「……僕としては貴方の恋路とかどうでもいいんですけど」
「べ、別に恋路ってわけじゃ……」
「うるさい、黙れ」
「そんなこと言ってるから出し抜かれてるんだ」
「黙って僕の話を聞け」
箸で指されて、頬にスープが散る。
……何故、俺は年下にタメ口で怒られているんだろう。
最初は敬語だったはずなのに、
「田場先輩……だっけ?」
「ずいぶん、漫画の主人公みたいな奴なんだな」
「何が?」
「偶然転ぶのを支え、偶然ハンカチを拾った?」
「それでクラスのアイドルに気に入られるとは、うらやましいね」
「階段だってそうだ、なんで教室に居たのに緑川先輩の後ろにいたんだ?偶然?大した偶然だよ」
「……偶然じゃないっての?」
「さぁ?」
「僕はその人のことをよく知らないからね、普段からラッキーな人間なのかもしれないし」
輝照君はラーメンを再び啜り始める。
「……それより先輩、なんか注文したら?」
「席を探してる人がいるの見えないの?」
「あぁ、そうか、うん……ずいぶん混むんだなここ」
田場について考えている中、そんな事を言われて俺は周囲を見回す。
確かに席は埋まっているし、料理を盛ってキョロキョロしている人もいる。
注文のために並んでいる人もいるから、人混みがすごい。
食事もせずここに居座るのは悪いな。
「中等部専用の学食よりメニュー多いし、高等部と一緒に食べたいって奴は多いからで…………」
俺が席を立とうとしたとき、
突如輝照君の箸が止まる。
「どうした?」
「………今一瞬」
輝照君は左右の、喧嘩したり談笑したりしている人達を見回し、首を捻る。
「化物の気配を感じた気がします」
「そんな事、わかるのか?!」
「……てか、嘘だろ、学校にもいんのかよ!?」
俺も周囲を見回す。
しかし、四方八方見回しても学生、学生、先生ばかり。
化物なんて見当たらない。
「……気の所為、か?」
「な、何がだい?」
「いや、近くに……って!?」
周囲の警戒を解いた輝照は突如現れ、割り込んできた眼鏡の男に驚く。
「やぁ本郷君、偶然だね」
「田場……」
俺はその眼鏡の男の名前を呼ぶ。
「君と話をしたいと思ってたんだ」
「……いつもと違って、ずいぶんハキハキ喋るじゃないか」
「え、あ……い、いいだろ別に、あ、アドリブはにが……いや、何でもない」
「君と、話を、したいと思ってたんだ」
演技でシーンをやり直すように、同じセリフを強調して彼は言う。
「……なんだよ」
「緑川ちゃんのことだ」
「明子の?」
俺がそう聞き返すと、田場は眉を不愉快そうに少し動かす。
「あ、明子明子って、な、馴れ馴れしいんだよ君!」
「かかか、彼女は、ボ、ボクが好きなんだ!」
「ボクが彼女を守る、どんなとこにいても!」
「お前みたいな、根性無し、負け犬に、彼女と一緒にいる資格……無い!」
「……君のことが好き?明子が?」
「そうさ!彼女はボクを特別扱いしてくれる!」
「彼女だけなんだボクの話を楽しそうに聞いてくれるのは、そうさ他の人とは違う!」
「ボクの落とし物も拾ってくれる、ボクのことを触ってくれた!」
「目が合うんだ、日に何度も!」
「振り返って、ボクと目を合わせてくれる!」
「彼女はボクのことで頭がいっぱいさ!」
「ボクはね、彼女のことを何でも知ってるんだ」
「か、彼女はね、ハンカチはす、スカートの右後ろに入れるんだ」
「筆箱からシャーペンを取り出すときは小指と親指で、帰り道ではついつい鼻唄を歌っちゃう、特撮の奴さ、ボクの好みに合わせてくれているんだ!」
「………ァ"?」
「ひッ!?」
俺はつい、不快な言葉の羅列に苛立ち、彼を睨んでしまった。
「い、良いだろう……勝負しよう本郷君」
「2人で同じ日付、同じ時間に電話で彼女に助けを呼ぶ……どっちの方を優先するか、誰を選ぶか!勝負をしよッ!?」
気がつけば俺は彼を殴り飛ばしていた。
「キャッ!?」「うわ!?」
倒れ込んだ田場が食事をしていた生徒にぶつかる。
「な、何を……するんだ!?」
田場は頬を押さえながら俺を睨む。
「……お前、さっきからふざけんなよ」
「お前、本当に明子が好きなのか?」
「お前、明子にそんな事を頼むのか?」
「お前は明子のこと何もわかってない……彼女は、助けを呼ばれたら無理やりにでも両方を助けるに決まってる!」
「彼女の正義感を、勝負に使うなよッ!」
「ヒッ……は、はは、こ、怖いんだろ」
「き、君がボクより優先されるわけ…ないもんな」
「もう一発、殴られたいかお前ッ!」
「本郷先輩、やめろ!」
輝照が俺の腕を掴む。
「派手なことをするな!停学になりたいのか!?」
「こんな奴に好き勝手させるくらいならッ!」
「こんな奴!」
「緑川先輩を守れなくなるぞッ!」
「停学になったって!」
「君の目は、千里眼か!?何でも、何処にいても、お見通し?彼女の危機にいち早く気がつく方法はそばにいること、そうだろう!?」
「……ッ」
俺はその説得を受け、拳を下ろす。
周囲の視線が痛い……
「……悪かった、田場君」
俺は彼に手を差し伸べる……が、
「ふん!」
彼はその手を払った。
「や、やっぱりボクのほ、ほうが…彼女のことを思っ、てる!」
「ぼ、ボクは彼女が、ど…何処いるかお見通しさ!」
「あ、愛さ、ボクが彼女を思い続けたから、この力を手に入れられたんだ!」
……なんだって?
「お、お前……負けるのが怖くて殴った、殴っろッ!へへ、や、やっぱりボクの方がふさわしいんだ!」
「しょ、証明してやる、勝負、勝負しろよ本郷!」
「き、今日の、ほ、放課後デートに誘うんだ、2人同時にだ!」
「それは……直接か?」
「そ、それは……ちょっとハードルが高いな……恥ずかしい、そ、そうだメール、うんメールにしよう、ふぇ、フェアだろ?」
「14時ちょうど……1秒も遅らせず、送れ、ふ、フライングすんなよ!」
彼は自力で立ち上がり、人をかき分けて消えていく。
残された俺は、椅子や机を直し、迷惑をかけた人々にただ、謝り倒すのだった。




