第2話 その1
「や……った、のか……?」
空へ消えていく怪物を見送った俺は、その場にへたり込む。
「なんなんだよ……」
俺はカーブミラーに映る自分を見つめ、
朝っぱらから起こったわけのわからない状況に、明子には聞かせられないほど情けない声を漏らす…………って、
「そうだよ、明子は!?」
俺は気絶している明子に駆け寄り、その身体に触れようとする……が、その手を止める。
この身体で触れていいのか?
この鋭い爪のついた手で?
腕力だってきっと人の頃とは比べものにならない。
そんな状態で、彼女に触れていいのか?
いや、触れていいはずがない。
人に戻る方法は無いのか?
もしそうなら……俺はもう彼女と一緒にいることはできない。
……いや、それ以前に、
今、彼女を助けられない。
病院に運ぶことすらできない。
運ぼうとして怪我をさせるなんて万が一など、あっては駄目だ。
「どうすれば……ん?」
汗が頬を伝った……その時だ。
どこか遠くで何かが羽ばたく音がした。
普段なら絶対に聞こえないような距離、
ここから数百メートル以上離れた場所だ。
怪物になったがためか驚異的に高まった聴力が、どこか遠くで鳴るサイレンや、車の走行音などさまざまな音の中から、
その羽音を聞き分ける。
鳥じゃない、そんな小さくない。
鷹だって鷲だって、ここまで大きくはない。
この大きさは……そう……
人?
そう考えが至った瞬間、
空から大きな音を立てて、それが地面に落ちてきた。
コンクリートに大きなクレーターを作り、
破片の煙を上げて、
「戻ってきたのか!?」
身構えた瞬間、転がしていた盾が手元へ転送されてくる。
それに僅かに驚くが、今はそれどころじゃない。
盾を強く握って、晴れていく土煙を睨む。
その中に立つのは
「……違う」
別の怪物だった。
赤と青、螺旋を模した角、模様。
硬質化した装甲の下、地肌のような部分には網目のような、どこかで見たことがある模様が刻まれている。
そして空から舞い降りた彼の背中の大きな翼は、徐々に体内へとメキメキと音を立てて取り込まれていった。
『………』
怪物……というよりも悪魔を思わせる外見、
「『あいつの仲間か……?」』
俺の小さくこぼした声と、悪魔のハキハキとした声が重なる。
それに俺が驚いた瞬間、
「ッ!?」
悪魔が俺に襲いかかる。
両手によるアームハンマー、
それが俺に振り下ろされる瞬間、
螺旋模様が描かれた悪魔の枯れ枝のような腕が膨れ上がる。
「重っ!?」
突然のことに動揺するが……とりあえず今はコイツを追い払う……いや、何としても話を聞き出す!
この姿が何なのか、
人に戻る方法は無いのかをッ!
「とにかく今は……明子を、そして俺の身を守る!」
盾で衝撃を返して悪魔を弾き返す。
『……』
すると悪魔は空中で、腕から帯のようなものを射出してくる。
「ッ!」
盾での防御が間に合わず、右腕に巻き付けられた……いや、痛みもなく突き刺さったそれは、2本の紐を斜線で繋いだような螺旋模様。
それが悪魔側から徐々に赤と青に光り始める。
この模様と色……どこかで見覚えが
嫌な予感を覚えた俺は盾を左に持ち替え、
光がこちらに到達する前に帯をその質量で引きちぎる。
『くっ……やはり戦闘となると使いにくいなこの能力は!』
「そもそもなんで戦闘になるんだよッ!?」
「話をしようぜ!」
背中から無数の帯が噴き出し、鳥の翼を編み上げる。
そして急上昇からの急降下、
加速しながらの蹴りを繰り出してくる。
『黙れ、もう怪物と……話し合おうなどと思わん!』
もう……?
以前にも怪物と戦ったことが……?
まさか、あいつ?
「落ち着けって!」
俺は迫る悪魔を盾で打ち返す。
『無力化してからなら、聞いてやるッ!』
「……なら、俺もそういうつもりで行くぞッ!」
俺は悪魔へ盾を投げつける。
『!』
それを顔面に食らってのけぞる悪魔、
それを好機と見た俺が、倒れる奴へ向かって走り出す。
『ッ……ふん!』
それを見て、悪魔は背中にまた翼を生やして無理やり姿勢を起こす。
「『うぉおおッ!』」
2体が同時に拳を繰り出す……直前だった。
「………!?」
静かに、とても静かに。
音を立てず、
神々しい光と共に、
天使が背後に舞い降りた。
白い大きな翼、
腰までの長い白い髪。
汚れ1つない白いワンピース。
何もかもが純白の中、
頭上の金色の輪だけがキラキラと輝いていた。
『よそ見をするなッ!』
「ッ!」
その天使に目を奪われている隙に悪魔の拳が俺にめり込む。
そして、体勢を崩した俺に悪魔がイノシシのように突進してくる。
俺はそれを何とか盾で受け止め、
数秒踏ん張った後受け流し、
盾に溜まった衝撃をその背中にぶち込む。
そしてすぐさま明子の前へ転移し、
天使と彼女の間に割り込む。
……その瞬間、目の前にあったのは不気味なほど白い手。
光を溜め込んでいるかのように淡く光る手。
彫刻のような美しい顔と、
朱と金の2色で作られた工芸品のような瞳を目の前にして俺は……不自然なほど、恐怖を抱かなかった
だから、その違和感を理由に、
俺は盾を構えた。
次の瞬間、光は放たれた。
不思議と眩しくない不気味な光。
「ッ!?」
それを受けた盾が消える。
崩れる。
存在していることがおかしいかのように。
バグった……いや、巻き戻った?
そう思う現象と共に手の中から消えた。
あの盾が突如出現した瞬間へ逆再生したようだ。
「……?」
しかし、その光を浴びた俺の身体に変化は無かった。
明子は?
そう思い光を浴びる彼女を見ると、
彼女の頬の傷が、
首に残っていたアザが薄れていっていた。
まるで肉体の時間を巻き戻されているかのように。
そして、痛みに歪んでいた明子の顔は、まるで春日和の昼寝の時のような安らかなものとなる。
「何をしている……?」『何をしているッ!』
謎の光を使い、明子の傷をみるみる直した天使に困惑する俺の声に、悪魔の声が重なった。
それに対して天使は腕を下ろして言う。
「安心してください、傷を癒しただけです」
『何故そんなことをした!』
その言葉に、俺を押しのけて悪魔が問う。
「あの男性からこの女性への強い、異常と言えるほどの愛を、感じたからです」
「うぇ!?」
突如、恥ずかしげもなくそんな事を言われ、
俺はつい動揺するが、
『やはりな……やはり、貴様、愛憎からその人を襲ったんだろう!』
『怪物共はいつもそうだ!』
「一応守ってたつもりなんだけどなぁ!?」
恥ずかしい思いをしても解けない誤解に、俺はつい情けなくもそう言った。
しかし、彼に反発したのは俺だけじゃなかった。
「輝照、噛みつき過ぎです」
天使がぽかんと、彼の頭を叩いたのだ。
「怪物を警戒するのはわかりますが、それだけではいけません」
「冷静になってください」
「私はこの状況を見て、彼に協力を仰ぐべきだと思います」
『む……そう、か……しかし……』
「彼は私たちと同じです、愛のために戦っているんです」
「気が付きましたか、彼の立ち回りを」
「あの娘から一定の距離を保ち、貴方が何をしてきても攻撃に巻き込まれないようにしていました」
そう……だったか?
立ち回りとか、自分にはよくわかんないんだけど……まぁ、いいか。
俺にとって悪い方向へ話が進んでいるわけじゃない。 わざわざ彼女の説得を遮る理由もない。
そう考えた俺は一旦構えを解く。
「ほら、彼は私達の話を聞こうとしてくれてるわよ?」
「それなのに貴方は攻撃を続けるの?」
『……』
彼女の言葉に悪魔は気まずそうな沈黙を返す。
「この人が他の怪物と同じに見えますか?」
「私には決してそうは見えません」
『いやしかし……怪物だぞ…あいつらはどいつもこいつも……』
悪魔がそう漏らすと、彼女はただじっと彼の顔を見つめた。
『……わかったよ」
「お前が言うなら、まぁ…そうなんだろうな……」
天使に諭されて、ばつの悪そうに、しかし納得するしかないといった雰囲気で悪魔は
「突然襲ってしまい、すまなかった」
「どうやら僕の勘違いだったらしい」
深く頭を下げる。
「え……?」
俺は突然の変わりように困惑し、とりあえず彼の話を聞く姿勢を取ることにする。
「僕は華家来輝照」
「貴方とおそらく同じ立場にある者です」
「もし、許されるなら……一つ貴方に質問したいことがあるのだが、構わないだろうか?」
自身のことをそう明かした華家来という男は、困惑するほど丁寧にそう言う。
「えっと……はい、どうぞ」
「というか猿みたいな化け物のこと…ですよね?」
「そうだ、ここらに現れたはずなんだが」
「見当たらないのもあって、君が奴の仲間なのだと、勘違いしてしまったのだ」
「あぁ、なるほど……えっと、それで」
「あの…はい、現れました、会いました」
「そうか、ならば奴は今どこに?」
「え?」
「ん?」
「………えっと、あの、空の彼方に…」
「………は?」
俺が情けない声と共に空を指差し、
男が間抜けな声を漏らしたとき、
遠くだったサイレンの音が間近で聞こえてくるのだった。




