第9話 その2
「久しぶりの本気……流石に少し、オーバーヒートしてしまいました」
花笑の白い翼に浮かび上がった金色のラインが、硫黄の匂いのする煙を放つ。
周囲に並んでいた装置だの、資料だの、なかに収められていた人間も全て塩に変えられている。
「……本当に、人間じゃなかったんですね」
「みたい、だな……」
謎の装置は白い塩の塊へと姿を変えていた。
一方、ドアは無傷。
輝照はふらふらとした足取りで、そのドアを開く。
外にあるのは木の根と枝に覆われた廊下と壁。
そして、この部屋のドアを取り囲むように大量に並ぶ塩の柱。
かつて白い衣をまとって襲いかかってきた、彼らだったものである。
その後、もう一度部屋を見回す。
傷一つないコンクリの壁と、
大量の塩の柱と塊。
その現実と神話がごちゃ混ぜになったような光景に、さしもの輝照も冷や汗を流す。
「これは……すごいな…」
「……何だったのさっきの、初めて見たけど」
輝照が問うと、花笑は僅かに首を傾げる。
「ん〜、奥の手?」
「光を、狙った対象だけに降らす……みたいなものです」
「まぁ、そこら辺は説明しているときりがありませんから置いときましょう」
「次はどうしますか、輝照?」
この光景が、輝照に与える精神的負荷を心配しながら、花笑は戦いを続けるか否かを問う。
しかし彼の覚悟は、そんな問いを必要とせず、
「上に行こう」
彼はすぐさま答えた。
「ここに怪物が居たのは、この研究所を守るためで、緑川先輩や史廻天生祭祈がここいるとは思えない」
「早く本郷先輩と合流しないと」
そして嫌なリズムを刻む鼓動を、荒れる呼吸を、深呼吸で抑え込み、言葉を続ける。
「わかりました」
輝照の判断を聞くと、花笑は翼を冷却すべく大きく羽ばたかせる。
彼女の身長ほどある白い翼が、突風を引き起こす。
その風に煽られ、塩の上に積まれた書類が舞い上がり、つい先程まで装置であった塩の塊達も崩れ始めた。
白衣の彼らを収めていた装置の水槽、色付きガラスだった塩の膜。
それが突風で割れると、中から先程まで人間もどきだった塩の柱が倒れてくる。
「……行こうか」
それが自分の判断の結果だと、
わかっていながら目をそらすように、
部屋をあとにしようとする輝照。
それに頷き、ついていく花笑。
その背後、
入り口正面の塩の塊が、
崩れる。
薄氷のような塩の壁が割られ、
――人間が現れる。
「……え?」
他とは違う倒れたときの音に、
違和感を感じ、振り向いた輝照の目に映ったのは黒髪の男。
培養液で全身が濡れた全裸の男。
左腕が無く、左足には、パテでも埋め込んだかのような肉の溝がある、
「な、なんだ……?」
息を呑みながらその男を観察すると、
「意識が無いのか……?」
それどころか呼吸をしているかどうかも怪しい。
「似てる……彼らの顔の元ネタ……?」
白衣の彼らの顔が成長すればこうなるだろう、そう思える面影がその男にはあった。
無数の傷が刻まれた、大人という印象を持たせる大柄な身体。
なのに顔はストレスなんて感じたことないのかと思うほど若々しい。
その矛盾のような姿はあまりに歪、あまりに不気味。
「……継承」
輝照は自身を怪物の姿へ換装する。
放り投げた種から急成長したツルが彼を持ち上げる。
「何故わざわざ?」
「近づきたくないよ、あんなのに」
そう言いながら彼が帯を男に巻き付けようとした……その瞬間だった。
『―――――ッ!!』
突如、男の目が開いた。
次の瞬間、口から人間のものとは思えない咆哮が放たれる。
「「!?」」
その直後、天井が大きく揺れた。
床じゃない、天井だ。
そして、それと同時に響いたのは……
「爆発……?」
「こいつが……!?」
このタイミングでの爆発。
明らかにあの男が起爆させたものだ。
困惑し、天井を見上げていた輝照が男に視線を戻すと、
「………うるせェな」
男は自身の足で、塩の山の上に立っていた。
拘束していたはずのツルは、
輝照の放っていた帯は、
全てに火がつき、導火線のようにみるみると炭に変えられていた。
「どういう状況だこらァ……」
頭を掻きむしろうとして動かした左腕が、歪に変形していることに気が付き、
謎の男は呟く。
「ここァ……本拠の最地下かァ?」
「ずいぶん様変わりしてやがるが……あァうん、研究室だ、再生治療室だァ」
「あのジジイ、オレを延命してやがったな?」
「な、何なんだ貴方は……」
1人何やら納得したように頷く男に、輝照は問うと、
「あァん?」
「おめェこそ誰……って、何だバケモンかよ、同類だな」
「研究室をこんな引っ越しの日みてェにまっさらにしてくれちゃったのはおめェさん達かァ?」
「……悪いか?」
「悪かねェよ?」
「オレとしても、こうなっちまったらここはもういらねェしな」
「いらない……?」
「貴方、どういう立場なんですか」
「誰なんです、あんたはッ!」
「オレかァ?」
「オレァ、祭祈だ」
「史廻天生祭祈。イカした名前だろ?」
「………は?」
……祭祈?
ここの教祖の?
あの猿の怪物の?
「いや、そんなわけがない」
「あんたじゃない!」
「あいつはもっと年老いてて……!」
そう言うと男は少し考えた様子を見せた後、
「ハハッ、なるほど……乗っ取りやがってたか、自分の玩具なんだがなァこの組織は!」
「でもいいなァ……そういうのいいなァ!やりたいことやってる感、グレイトだ!」
男は天井を見上げるほど高笑いした後、
「―――邪魔してェ」
そう言った。
次の瞬間、彼の全身に不気味なラインが走った。
胸の内側に浮かび上がる文字は……【I】。
全身から光の粒子が噴き出し、
次々とガントレットやブーツ、服を作り出す。
男はそれを身に纏った。
怪物化。
しかし、進や輝照のそれとは少し違う。
彼らが肉体そのものを変化させているのに対し、
男は人間の身体の上から、怪物の力を身に纏っていく。
変化しているところと言えば、急速に伸び、そして編まれたその火の灯ったドレッドヘアーのみ。
「さてェ……?」
男は指で鉄砲を作り、それを天井に向ける。
「バン!」
そして撃つふりをした、瞬間。
放たれた光の弾が天井に染み込む。
――直後、天井が爆発する。
天井を爆発したのではなく、天井そのものが大きな音とともに砕け散り、
土煙を、瓦礫を降らす。
それを浴びながら男は笑う。
「さァ、ついてくるかいガキンチョ共!」
「オレが行く道をよォッ!」




