第9話 その1
地下5階。
壁に埋め込まれた照明でまぶしいほど明るい廊下。
壁を這うように距離を詰め、敵を突き刺さんと枝分れする蠢く植物たち。
その根本に立つ、木の皮で編んだ衣を纏う緑色の肌をした女性の形をした怪物。
「邪魔!」
それを輝照は自身の能力で編んだ木の根の槍で貫いた。
「既存の植物を操る怪物……解析いらず、相性勝ちだな」
最後のあがきとして襲いかかってきた植物達を、触れた瞬間枯死させた輝照の背後で、
胸の中心を刺し貫かれた怪物は甲高い悲鳴を上げて砕け散る。
「怪物を倒したのに植物が消えない」
「やっぱり既に存在する植物を僕と同じように能力で操っていたのか……」
怪物が人へと戻り、
いくつかの植物も同じように砕けて消えてしまったが、ほとんどの植物は残る。
そいつらはもともとここに植えられていたものを、怪物によって急成長させられたり、操られたりしていただけだったらしい。
「しかし、規模がデカいな……」
森が襲ってきたのかと思うほどの成長を見せた植物に貫かれ、根付かれ、絡まれて、
この階の外見は、まるでSF映画に出てくる人類滅亡後の研究室といった出で立ちにいつの間にか変わっていた。
「輝照、まだ来てますよ」
「わかってる!」
怪物が身に纏っていた緑の衣を、真っ白に脱色したような、宗教的模様をあしらった衣装を身に付けた、集団が襲いかかってくる。
「くっ……力が強い」
組み付いてくる1人を、なんとか腕力で押し返し、背後から襲いかかるもう1人を蹴り飛ばし、別の1人を成長させた豆のツルで拘束する。
「こいつらも怪物か……?」
「何体いるんだ!?」
パーカーを前後逆に着て、フードをかぶったような、顔の見えない不気味な装いの彼らはどこから来るのか、次々とやってくる。
「クローンとかの能力を持っている方でもいるんでしょうか?」
「わたしの光で一掃しましょう」
「やめろよ!?」
「ここは地下5階だぞ、下手したら生き埋めになりかねないじゃないか!」
「なら全員をなぎ倒していくんですか?」
「いや、相手はしない」
「本体を叩けば消えるんだ、押し通るよ!」
「了解!」
花笑がその大きく、白い翼で突風を巻き起こす。
その風で敵襲にこじ開けられた道を2人は駆け抜ける。
「生態変容」
自身の掌からさらに蜘蛛の足のようなものを生やし、輝照は目の前の部屋のパネルに触れる。
そして、植物を操る怪物が守っていたであろうその部屋に、ドアが開くと同時に飛び込む。
「閉めて!」
「はい!」
花笑の操作により扉は閉まる。
その部屋のドアにはロックが無かったが、白衣の彼らは禁止令でも出されているのか入ってこようとしなかった。
「「ふぅ……」」
それに安堵した2人は部屋の中を見回す……と、
「………これは?」
そこにあったのは……無数の水槽だった。
SF映画でよく見る培養装置や再生装置のポットみたいな、無数のチューブが繋がれた装置に突き刺さった円筒形で、
薄黄緑の液体に満たされている。
そして、その中にいるのは……人間。
「この数は?」
1つじゃない。
正面の一際頑丈そうな1つと、左右の26本。
その全てに人間が入っている。
「全員、同じ顔……ですね」
正面にある水槽の中身は、ここからではよく見えない。
しかし、左右に並ぶ二十六本の水槽には、それぞれ一人ずつ人間が収められていた。
輝照とほぼ同じ年頃に見える子供たち。
その顔は、まるで同じ型から作られたかのように、寸分の狂いもなく一致していた
「クローン……?」
怪物の能力じゃない、人間の技術によって増殖した存在。
その数ミリも違わない、似通った彼らの背丈には……覚えがあった。
「――まさかッ!」
輝照は嫌な予感と共に、扉を開く。
そして一番近くにいた白衣の敵の首を掴み、引きずり込んだ。
ドアを閉めると同時に能力によって増強した筋力でそのまま敵を壁へ叩きつけ、
彼は動けない相手の顔を包む布を引き剥がす。
その下にあったのは……
「……やはり」
同じ顔。
この部屋にズラッと並ぶ26の顔と。
おそらく他の奴らの顔も……
「お前は……誰のクローンなんだ?」
輝照は自身の能力で彼の遺伝子情報を読み取る。
父親はどんな人か、母親はどんな人か、どんな成長をしてきて、これからどう成長していくのか、どんなことに才能があって、どんなことを好きになりやすいのか、どんなことに恐怖を覚えるのか、
輝照は自身の手を通して、遺伝子に刻まれた経験と、これからの可能性を読み取る。
「………おぇ」
その次の瞬間、彼は吐いていた。
怪物の体には何も入っておらず、薄紫色の胃液らしき物だけが床にこぼれ落ちる。
「輝照……?」
花笑は心配そうに彼の背をさする。
そんな彼女に輝照は、
「こ…せッ…」
掠れた声をこぼす。
「殺せ……いや、壊せ、花笑ッ!」
耳を澄ます彼女に、彼は怒鳴るように言う。
「この施設を、ここにいる奴らを、外の奴らも……全部壊せッ!」
「何もかも、塩に還せ!」
「そ、そんなことは……」
「いいんだ、彼ら、彼らもう人間じゃないよ!」
「クローンですらない!」
「受精卵から改造を施してはいるが、顔は整形!こいつら……たぶん全員、遺伝子が違う!」
「見た目が似ているだけだッ!」
「そ、それにこいつら、こんな背丈で、まだ……まだ2歳にもなってないッ!」
「しかも……うぷッ」
「輝照、一旦人間に戻ったほうがいいです!」
「しっかり吐いておかないと心に傷が残りますよ……?」
「うっ……わ、わかった」
換装を解き、人の姿に戻った彼の口からは、今朝食べたアンパンと牛乳が混ざったものが吐き出される。
今朝からそれしか食べてなかったのだろう、
結局、ほんの僅かに吐いたところで、何もスッキリしない、
むしろ苦しくなる。
「………わかりました」
そんな彼の、震える体をさする花笑は翼を広げる。
普段気丈に振る舞う彼が、ここまで震えるほどの業が、この白衣の彼らにはあるのだと……彼女は理解した。
「この階の方々だけなら……」
まぶたを閉じた彼女の頭上の光輪が高速で回転を始める。
それによって生み出されたエネルギーが流れ込んでいるかのように、白い翼に金のラインが走り始める。
「対象、この階に存在する全生命体67体、及びこの部屋に存在する装置全て」
まぶたを開いた瞬間、
彼女の口から発された言葉は……無機質。
感情と抑揚の無い、
「――硫黄の火よ、滅せよ」
金属を弾く音に似た、澄んだシステム音声のような声。
「見る者に浄化あれ」
翼から光が放たれる。
光は目に見えるほどまばゆい光の線となり、
太さ様々なその光線は、
科学では再現できない、不自然な軌道を描きながら、
水槽を、機械を、中の人もどきを、外で群れる白衣共を照らし、
そして全てを塩へ還すのだった。




