第8話 その2
「3桁の人質?」
「明子じゃないんだ、俺にそんなに友人はいない!」
『だろうな』
「―――」
2枚目のカードなんて使わせるものかと食らいつく俺の顔面に、
祭祈の拳がめり込む。
『ふむ……普通ならば、人質を取られていると聞いたら動きを止めるべきではないか?』
「俺に明子以上の人質は居ないッ!」
『……理性が吹き飛び始めているのか?』
『仕方ない』
「ッ!?」
祭祈に腹を蹴りとばされ吹き飛んだ俺は、
突如散乱していたガラクタから飛び出してきた椅子に、叩きつけられるように座らせられた。
そして、それと同じように明子の座っていた椅子が動き出し、
背後までやってきたそれに、彼は換装を解いて人の姿で腰掛けた。
腰を据えて話をしよう、そう示しているその姿は……
「あんた、昨日の…!」
広場のモニュメントで会った、
あの爆破事故の被害者の老人だった。
「残念ながら昨日君と話した私はもういない」
「我はもう、我でしか無くなってしまった」
そう彼は告げる。
「対価を払おう」
「我の話を聞くならば、我の持つ能力すべてを明かそう」
「はぁ……?」
何をふざけたことを……いや、待て、冷静になれ俺。
現状、明子を救出するのは難しい。
そうと決めたら頑ななあいつが、逃げないを選択してしまっている以上、下手すれば抵抗するかも知れないからだ。
少しでも事情を知って、説得すべきなんじゃないか?
「……わかった、聞くよ」
「誰なんだよ、その人質って」
俺は盾を消し、剣を椅子の手すりに突き刺し、
聞く姿勢を取る。
そして、
「人質の人数は347人」
彼はぽつりぽつりと語り始める。
「これは計9回の爆破事件……いや、我々によるテロの死傷者の数だ」
「我には今、彼らを助ける手段がある」
「我だけにだ」
「死傷者……?」
「我が昨日、モールにて得た2つ目の願望器にて叶えた力は再起の力【Prologue】」
「昨日?」
「そうだ……そう思うと、昨日はラッキーだったな」
「第一の目標を達成する過程で2枚目を、そして彼女を攫えた……」
「そういえばしっかりと持ってきたんだろうな、3枚目……いや、4枚目を」
彼は左手、猿のような体毛に埋もれながらもきらめく、指輪を見せる。
「4、枚目……?」
すでに3枚持っているってことかよ!?
「そうだ、我が契約している2枚とこの指輪が契約している1枚、貴様らので4枚だ」
「多重契約も人間以外との契約も、黄金の願望器だからこそ可能なことだ」
「で?持ってきているのか、いないのか」
「……持ってきている」
「そうか……では、我の目的を告げよう」
「それに共感し、もしくは納得し、我にそれに渡す」
「そうしてくれさえすれば、彼女もまた踏ん切りがつくだろう」
祭祈はバックルから先程まで使っていたカードを取り出し、2枚のカードを俺に見せてきた。
右手に持つ、ベルトにはめていた方のカード、そこに刻まれている紋章は脳と手を象った【A】。
もう1枚に刻まれているのは矢印を象った【P】。
「我の目的は全人類の救済である」
「救済……?」
「不幸はいつだって理不尽から生まれる」
「些細な選択肢によって巻き込まれる」
「時間通りに家を出ていたら」
「授業にちゃんと出ていたら」
「映画へ行こうとなんてしなければ」
「そんな些細な選択など、軽い弾みで変わる」
天井を見上げて目を細める。
「やり直せば、変わる」
「幸福に繋がる黄金の選択肢を我の管理のもとに固定する」
「……それで何人を救うつもりなんです?」
「全人類だ」
「我は全人類が天国に行けるような、幸福な人生を送れるようにする」
「そうなるまで、同じ世界を何回繰り返すつもりですか」
「何億回でも」
「………」
「不可能だ、そう思っている顔だな」
「だが、やる」
「そのための力こそ、この指輪」
「我が原動力」
「……そんだけ揃って、なんでまだこれを求めるんだ?」
俺は手の中に黄金のカードを取り出し、見せつける。
「まだまだ必要な力は足りん、特に記憶力だ」
「誰がどの選択肢を選べば、誰にどう影響を与えるのか……我は覚え、考え続けなければならない」
「誰かが幸運になれば誰かが不幸になるというのなら、その帳尻を我が合わせよう」
「不幸を分散させ、幸福を記憶に刻む」
「そして、全人類を天国へいざなう!」
「だから……渡してくれ、その願望器を……我に!」
祭祈はこちらに手を伸ばす。
しかし、奪い取ろうとするのではなく、
自分の意志で手渡させようとしてくる。
「……1つ聞かせろ」
「なんだ?」
「その目的でなんで爆破テロが必要になる?」
「それは……」
ここで初めて、祭祈の言葉が止まる。
その隙にチラッと明子を見ると、何故か彼女は目をそらした。
「どうなんだ?」
それに違和感を感じながら祭祈に目線を戻すと、彼は口を開く。
「我の管理下に置くためだ」
「我が能力で管理できるものは我の所有物か、破壊したものだ」
「そして、所有物で破壊したものも管理下になる」
「つまり……」
爆弾で殺すことで人間を管理下に置く気なのか!?
「管理下にしたものは巻き戻しても管理下に置かれる、実証済みだ」
「そして全人類の殺害、そのための力はすでに、我の手の中だ」
「計画に穴はない」
力……そうだ、爆弾。
検知器に引っかからない爆弾は明らかに怪物の力。
そうか、あの指輪に宿っている力がそれか。
「さて……目的は明かした」
「能力も開示した」
「さぁ、我にその願望器を渡してもらおう」
「………」
俺は願望器を見る。
そして明子を見る。
そして祭祈を見つめる。
全人類の救済
不幸をなくす、全人類が天国に行けるようにする。
あの錆色の炎に焼かれる痛みを味わう人間がいなくなる。
それはなんて素晴らしいことか……
「それは……」
俺は換装を解いた。
鎧の姿は編み物を解くように崩れ、人間の姿に戻る。
そして俺は祭祈に答えた。
「――無理だな」
「なっ!?」
驚愕する祭祈に負けないほど、大きく口を開く。
「貴様、正気か!?」
カードを頭より高く上げ……落とす。
「全人類の救済だぞ!?」
落ちる。
「347人だぞ!?」
口の中へ。
「我以外に誰も救えないのだぞ!?」
呑む、黄金のカードを体内へ。
俺を殺さなければ奪えない場所へ。
「貴様、見殺しにするのか!?」
馬鹿みたいなことを、俺はしている。
「……はぁ?」
「殺したのはテメェらだろうが」
「人に罪悪感押し付けて、楽になろうとしてんじゃねぇよ狂人がァッ!」
「テメェの言葉を!なんで信じられると思えるんだよ、なめんなッ!」
それでも……
「気に入らねぇから、あんたらの計画ぶち壊す!」
俺はそっちのほうが、正しいと思ったんだ。




