第8話 その1
暗く、無駄に広い部屋。
飽き性な子どもの部屋のように、至る所にガラクタが放り投げられたが、僅かなライトによって薄っすらと浮かび上がっている。
そんな中、唯一、
ステージだけが無数のスポットライトによって、眩しく照らされていた。
そこにいるのは2人、
無駄に荘厳な椅子に、座る少女……緑川明子、
そして、その前に立つのは杖をつく1人の男。
その姿は、どこか質素。
悪徳宗教の教祖にしては豪勢な装飾を身にまとわず、身につけているアクセサリーと言えば、杖を持つ左手の薬指にはめられた指輪くらいという、
部屋の雰囲気とは合わない白髪交じりの男だった。
囚われの身であるはずの彼女は、一切の拘束がされておらず、
それどころか、無防備に背中を向けられていた。
「……もう突破したのか、凄いもんだな」
初老の男は、廃人じみたボサボサの髪を上げる。
「喜べ、貴様の騎士がようやく来たぞ」
そして厳格な口調で背後の少女に告げる。
その瞬間、
厚さ15センチある重い扉が8度切り裂かれ、
「……進?」
明子の呟きと同時に、
騎士の怪物が、崩れるドアの瓦礫を蹴散らして現れる。
「明子……!」
そして呼びかける怪物に、
「進!」
明子は立ち上がり、答える。
「あぁ、そうだ俺だ!」
「よかった無事で……て、ん?」
「あれ、俺バレてる……?」
その声に安堵し、先程まで感じられた殺気のようなものを収めた進だったが、
数秒して状況を理解し、困惑の言葉を溢し、
「バレてるに決まってるじゃない」
それを明子は呆れたように笑う。
「……そろそろいいかね?」
そんな2人の間に立つ男は、杖で2度ほど床を突き、
そこでようやく、進は彼へ目線を移した。
「……あんた、祭祈か?」
「あぁ、そうだとも」
「わざとか、逆光で顔が見えないぞ卑怯者め」
「見せるつもりがないからな」
「我は昨日の懺悔をもって私を捨てた、人であることをやめたのだよ」
祭祈はローブを払い、腰に取り付けた装置をあらわにする。
「今から我は怪物となる」
左右の脇腹に取り付けられたスロットを、
へその、はめ込まれた水晶玉が特徴的な装置に、ベルトで繋いだようなその外見は、
まるでヒーロー玩具のような外見をしていた。
そして彼は1枚の、金色に輝くカードを構える。
「フェイズ1、変身」
そして、それを右スロットに入れた瞬間、
杖をついていたとは思えない力強さで跳ぶ。
『Amazing』
機械音声が聞こえ、水晶玉が赤く光る。
そしてスポットライトから飛び出した人影は、あの聖人を思わせる猿のような、
怪物の姿へ変わり、進の目の前に着地した。
「……ふざけてんのか?」
進は剣を構えながら睨むが、
『ふざけるとも、理性を保つコツは遊び心だ』
飄々と祭祈は返す。
「ふざけるッ!」
進が剣で斬りかかるが、それを祭祈は軽々と避ける。
盾を投げつけるが腕で弾かれ、
それどころか、その隙を突いて蹴りを一発腹に打ち込まれる。
「ッ……!」
その威力に、動きを止めてしまった進に、
今度は側面へのまわし蹴りが襲いかかる……が、
『む?』
間に割り込むように転移してきた盾がその蹴りを防ぐ。
『手の中以外にも召喚できるか、しかも出現中は空間に停止して動かない……便利な能力だな』
「考察してる暇なんかあんのかよッ!」
すかさず斬りかかる進。
しかしその無防備な背中を瓦礫が撃ち抜いた。
彼が切り刻んだドアの残骸だ。
『盾は1つだけか?』
瓦礫自体は大したダメージでは無かったが、
不意を突かれた進は一瞬思考がフリーズする。
その隙を突いて1発、2発と祭祈は彼に拳を打ち込んでいく。
「ぐっ、くっ、そッ!」
進は咄嗟に床に円状に刃を入れる。
即席の落とし穴を作る作戦だ。
しかし、
(なんで落ちない!?)
床に穴はあかない。
切れ目はしっかりと入っているはずなのに、
くり抜いた床が下に落ちない。
(こいつの能力は何だ?)
(念動力や発火現象とかひっくるめたエスパーとか……?)
(ヒントが少なすぎる、どうにか聞き出すしかないか……?)
打ち込まれる拳や蹴りの痛みが、いちいち進の思考を中断させる。
しかし、全身を鎧に包まれた進のタフさは並ではなく、
殴られ蹴られても動きだけは止まらず、
繰り返される剣の攻撃は徐々に祭祈を掠り始める。
そのたびに分厚い毛や皮、薄く輝いて見えるほど白い衣は、ところどころ切り裂かれ、塩に変わる。
しかし、しかしだ、
「手抜きか!?」
『あ?』
「炎やあの重圧攻撃を使えば傷なんて負わずに済むだろ!」
そう、あの青白い炎も、相手を押し潰す力も、祭祈はまだ今回一度も使っていないのだ。
それに対し、吠える進に
『……あぁ、あれか』
『勘違いさせたなら謝罪しよう』
『単に私を捨てた今の我に、あれは使えないというだけだ』
「何?」
『占い師と戦ったのだろう?』
『ならば知っているはずだ、2つの人格を持つものは1つの願望器で2つの力を得ると』
(地獄と天国の力のことか……?)
『我が契約しているこの願望器は【A】』
『私の得た力は【Aftereffect】、あの日の瓦礫の重みを、あの炎の痛みを再現する力だ』
「信じられるかッ!」
『そうか』
進の大振りの剣を祭祈は後ろに下がって避けようとするが、
『!』
足元に召喚され始めた盾が、その足を引っ掛ける。
『こう使うか!』
「余裕ぶって話すからッ!」
その隙を逃さず、進はその銀色の剣で突きを放つ。
『あぁそうとも……余裕だからな』
「!」
祭祈は右の掌でそれを受ける。
そして剣は逸らされ、胸を貫かれるのを回避される。
そして、前のめりになった進を左手で殴り飛ばす。
『……驚いたな、何だその剣は』
『掴むつもりだったが……刃に触れた瞬間指が落ちたぞ』
切り裂かれた腕から血のように塩がこぼれ落ちるのを、祭祈は興味深そうに見つめる。
その隙に進は明子へ向かって駆け出すが、
突如ステージのスポットライトが動き、目をくらませることでそれを阻止される。
「明子、逃げろッ!」
「俺がこいつを抑えておく、だから逃げろ!」
背後に迫る祭祈を、聴覚だよりに蹴り飛ばしながら進は吠えるが、
『無駄だ、彼女は逃げない』
明子は椅子から立ち上がったまま、動こうとしなかった。
唇を噛み、悔しそうにしながら、2人の戦いを、らしくないことにただ見つめていた。
『すまないね、彼女には人質を取らせてもらっている』
「は……?」
自分と祭祈の間に盾を降らせ、
無理やり距離を取らせた進は1秒考え、
「まさか斗陸さんを……?」
彼女の父親の名を口に出すが、
『父親?』
『ははは、スケールが小さいな』
『我には3桁の人質が居るのだよ、誰も助け出すことができない人質がな』
祭祈はそう言って、1枚のカードを取り出す。
それは……
「もう、1枚……?」
進が持つものと同じ、そして先程祭祈がベルトに入れたものと同じ、
3枚めの金色の願望器。
『教えてやろう、我の目的を』
『刮目するが良い、我が集めし力を』
『これが、虐殺に意味を与え、人類を救う力だ!』




