第7話 その3
赤く照らされる灰色の天井がある。
割れた照明はもう明かりを灯しておらず、
黒い煙が徐々に天井を覆っていく。
そんな天井を見上げて、
ぼやける景色で、私はこれが夢だと理解する。
これは記憶を再生しているだけに過ぎない。
繰り返し、毎日のように思い出し続ける過去。
しかし、その景色は……15年という年月で、徐々におぼろげになっていく。
私の左腕は肩ごと瓦礫に押しつぶされ、
引き抜く力も無い私は、動けないまま足を徐々に炎に焼かれていく。
その痛みも徐々に忘れていく。
忘れられないのは……
「……ど、どういう状況、これ!?」
気がつくと私は、目隠しをされ、
椅子……だろうか、両足と両手を頑丈なバンドのようなもので拘束されていた。
目隠しは布を細くして巻かれているような感じで、周囲が明るいということがわかるくらいの薄さだった。
「えっと……私はたしかデート中で、火事にあって……怪物に襲われて…」
私はこのわけのわからない状況を、なんとか理解するべく、思い出せるだけ全部、脳みそから絞り出す。
そして数分して、
「私、捕まった!?」
ようやっと私は自分の状況を理解した。
「けど……どっちに?」
あのとき私の周囲には2体、化物がいた。
一昨日私達を襲ったあの怪物と、
見たことがない赤と青の怪物。
たぶん私を気絶させたのは赤青の方だと思うけど……
「目が覚めてすぐに独り言とは、ずいぶん元気なようだね」
「!?」
突如、聞こえた声に私は肩をビクつかせた。
「だ、誰……?」
声からして相手は男。
一瞬、怪物のどちらかかと思ったけれど、
猿の方にしては偉そうさがないし、
赤青の方にしては声が年老いている気がする。
どっちかと言うと……
「私は……まぁ、今この街で爆破テロを繰り返している集団……その1人だよ」
「君は…緑川明子で、合っているだろうか」
爆破
その言葉を聞いた瞬間、私の脳内にあの燃える建物が、崩れ落ちる瓦礫が、その下から流れ出るあの赤い……
視界を塞がれているのもあるのだろうか?
嫌になるほどはっきりと、あの光景がフラッシュバックする。
「ッ……なんで、なんであんなことをしたのよ!?」
私は、吐きかけたものを全部飲み込んで、
どこにいるのかもわからない相手に問う。
問わずにはいられなかった。
「……なぜ、それを貴方に教えてやらなければならないのかね?」
しかし、男の返答は冷淡だった。
「君に話したところで、私に得るものはないだろう?」
「得るものって……」
「話せば君が、その目的に同意し、協力的にでもなるのかね?」
「そんなわけ……ッ!」
「だから、話さない」
頑なだ、
たぶん、どれだけ粘っても聞き出せない。
けど……知りたい。
知らないと、納得できない。
知ったってたぶん納得はできないだろうけれど、
知ろうとしないで、相手を嫌いたくない。
これは……ただ、自分がそういう人間になりたくないだけだ。
けど、拘束されている私に支払える対価なんて……
「言っておくが、身体で支払うなんて言わないでくれよ?」
「見えないから分からないのかもしれないが、私はもう60近い枯れ木なんだ」
「言わないわよッ!」
まったく、失礼極まる人だな……チラッとしか考えてないわよ。
いや、でも……
他、他かぁ……
何か、何かないかぁ……?
「――そういえば、君は教会の神父の娘だそうだね」
唸りながら考え込んでいた私に、
見張りはため息混じりにそう言った。
「私の懺悔を聞いてはくれないか」
「懺悔……?」
「私には、神が許したかどうかを口にする資格はないんだけど……」
「構わない」
「15年前から孤独の身でね、吐き出し口を……求めていたんだ」
「……わかりました」
「どうぞ貴方の懺悔を、拝聴します」
これから彼が告げる言葉は懺悔だ、
幸い、目隠しで相手の顔は見えず、名前も名乗られていない。
ここまで体裁が整えられている以上、
私も、静かに彼の言葉を聞くしかない。
「……私の過ちの始まりは今から15年前」
「妻と映画を見に行ったことだ」
「彼女の好みでもない、このモールでしか公開していないような、くだらないアクション映画だ」
「その帰りに、私は妻を失った」
「あの爆発によって」
「愛する人を、その証をはめていた手を失った!」
「つまり、貴方は自分が奥さんを殺したと」
「それが自分の罪だと?」
「……あぁそうだ、それが私の1つ目の罪」
「1つ目?」
「私はそこから運良く……いや、運悪くか、生還してしまった」
「妻を失い、左手と左足を失って……精神が抜け殻になりかけた」
「だが……そんな自分を、私は許すことができなかった」
「私は自分が、抜け殻にならないために、自分だけが不幸なのだと思わないために…!」
「被害者を集めた」
「互いの傷をなめ合い、支えるために……それが私の2つ目の罪」
「……え?」
つい声が漏れた。
「それが罪なんですか?」
「良いことをしていると思うんですけど……」
「……彼らを1つにまとめるべきではなかったんだ」
「最初は私の想定通りだった」
「私はこんな辛いことがあった、僕もこんなに苦しい思いをしたと、皆が皆の不幸に同情し合い、同調していた」
「……が、いつからだろうな」
「あの男が混ざり込んで来てからか、はたまた最初からか……」
「彼らは相手の不幸と自分の不幸を比べるようになった」
「私の不幸に比べれば、貴方はまだましよと口にする人が現れ始めた」
「そしてやがては被害者同士で収まらず、他人を妬むようになっていった……起こった不幸が、被害者を集めただけでは受け止めきれないほど大きすぎたのだろうね」
「他人の幸福を妬む者が現れたとき、私はその集団から逃げ出した」
「あの集団を作り出したことが、そして逃げ出したことが罪なんだ」
「完全にあの集団を潰して去るべきだった……!」
「集団……」
その集いから逃げ出した彼が、なぜ……
「4カ月前のことだ」
「その集団の初期メンバーだった奴から突如、連絡がきた」
「彼は言ったよ、今の世の中に不満はないかと」
「過去の事件を風化し、のうのうと暮らす奴らが妬ましくないかと」
「彼は言った、思い出させてやると」
「神の使いが来たと言うんだ」
「狂っているだろう、あの爆発で苦しい過去を刻みつけられた奴らが、爆破テロをやろうと言うんだ!」
「そんな……!?」
「奴ら宗教へと、成り下がっていたんだ」
「確証のないものにすがらなければ、生きていけない弱者に私がしたんだ!」
「後悔した、嘆いた……しかしもう遅い」
「私には彼らの生きる目標を奪えない、それは私が最もなりたくなかった抜け殻に、人を堕とす行為だ……」
「私は、私には……」
「………」
何も言葉が出てこない。
責めようにも、あの爆破事件をこの人が最も苦悩している。
もちろん、自分がなりたくなかったものに他人がなるのが嫌だという、身勝手な理由で止める努力をしなかったことは許されるはずがない……と、思う。
けど、1人が、しかも一度は逃げ出した人間が、集団を止められるものなのだろうか?
――止められない。
それは子供の私でも、学校で嫌と言うほど体験していることだ。
「あの……その」
それでも何か声をかけなければならない。
目の前の困っている人に、何もしないなんてできない。
けど……
「我には、その蛮行に意味を与えることしかできない」
その言葉はついに声にはならなかった。
彼の口調が、変わったからだ。
「そのための力を、我は得た」
声が、威圧感を放つ。
「そのために力を集めた」
呼吸ができない。
「我の目的は………」
それでも私は、必死に、最後まで、
彼の懺悔を聞き届けるのだった。




