第7話 その1
「……戻った?」
全身を燃やす炎を盾に吸収させながら、進は周囲を見回す。
怪物の死骸はまるでガラス細工のように砕け散る。
内側からは無傷の鈴瀬が気を失った状態で現れ、
それと同時に、この世のものとは思えなかった風景は、現実感のある風景へ変わる。
しかし、その風景すら日常とはかけ離れていた。
「どういう状況だよこれ」
消防車と……救急車?
いくつものサイレンの音が響き、
周囲を焦げ臭い煙に包まれた屋上には、おそらく占いショーの観客だったであろう何十人もの人々が倒れていた。
「火事……爆発のせい、なのか?」
太陽がどこにあるのかすら分からないほど、煙に覆われた空を見上げる。
状況がよくわからないが、とりあえず周囲の人が目を覚ます前に、
人間に戻ろう……そう思ったときだった。
『時間のかけすぎだな』
背後から人の声がした。
恐ろしいほど低く、それでいて穏やかな、
聞き覚えのある声が。
『貴様が1体の怪物を倒している間に、我はすでに2つも目的を達成したぞ』
困惑と共に振り返る進の目に、猿翁の面が映る。
輩のような座り方をする、聖人のような怪物は、
『3つ目も、やっておくか?』
目の前で眠っている明子の首に手を伸ばした。
「祭祈ッ!」
目の前にいるのがあの男だと理解した瞬間には、
既に進は猿の怪物へと襲いかかっていた。
『……』
それを見て、祭祈が動きを止めた……その直後だった。
「!?」
能面のような顔に埋め込まれた眼球が紫に光る。
その直後、進の体は何か見えない力によって床へと押しつぶされた。
何かが背中に乗っているような負荷ではない、
身体全体、指の先すらも重い。
この世にあるものは例外無く、逃れられないと思わせるほどの力。
『祭祈……か、なるほど』
『華家来輝照が緑川明子を庇ったのはそういうわけか』
進が祭祈の名を呼んだというたった1つの事実から、
誰にも言っていない協力関係が露呈する。
いや、それ以上に進からしてみれば、明子の名が彼に知られていることのほうが驚愕だろうか、
『まぁ、なんとなく察してはいた』
『信者共から貴様等2人が学校で会話していた……とは、聞いていたのでな』
『しっかし……とっことん不運な奴だな貴様は』
『この2日で5度も化け物共と相対するとは……』
呆れたように、それでいてまるで相談にでも乗るように怪物はため息交じりに言葉を吐く。
『貴様等がもう少し早く、もしくはもう少し遅く、学校へ登校していれば避けられただろうに……いや、あのミサイル男がクラスにいて、貴様がすでに願望器を持っていた時点で無理か』
『……まぁだが、我との戦いは避けられたであろうな』
『ふむ、貴様の場合はどこからやり直すか……』
「何を……言って、いるんだ…?」
押しつぶされ、空気を吸うことすらままならない中で、進は問う。
『なんだ、聞いておらんのか、我が壮大な計画を』
「人類の、虐殺……だろッ!」
「今、このモールに…引き起こしているようなことを……ッ!」
『……まぁ、そうではあるな』
『しかし我のは意味のある虐殺だ』
「んなもんが……あるわけねぇだろッ!!」
進は吠え、自身をその野獣のようなパワーで床から引き剥がし、
手に握る、何故か未だに消えずに残るその銀色の剣を振り上げる……が、
「ぅ!?」
突如、その動きを止める。
「てっめぇ……」
まるで糸の切れた人形のように、崩れ落ちる進の口からは舌がしびれているのか、ろれつの回っていない声が漏れる。
そんな中で必死に動かした目が睨んでいたのは、祭祈ではなかった。
「やめてほしいんですよね、無理をするのは」
進の背中から引き抜かれた1輪の花が、血と共に毒々しい色の雫をこぼす。
その雫が滴り落ちると同時に、コンクリートを跳ねた種が発芽して、
巨大なツルが祭祈を襲う。
『華家来輝照……』
しかしその全ては、祭祈の放った青白い炎によって焼き払われる。
「忙しいんじゃ、なかったんですか?」
その妙に綺麗な光景に呆れながら、
輝照は祭祈に問う。
『気が変わった、それだけだ』
「そうですか、まぁそれは自由ですけど」
「この人は貰っていきますね」
そう言って、進を米俵のように抱え上げる輝照に対し、
『そうはいかんな』
『こっちだけあってもどうのしようもない』
祭祈は眠る明子を指さす。
「『………』」
数秒の沈黙……先に動いたのは、
祭祈
その能面のような顔に埋め込まれた眼球が光る。
あの重くなる攻撃だ。
しかしその直後、
『む!?』
空に立つ花笑によって、光の槍が降ってくる。
その光の恐ろしさを知っているのか、祭祈はそれを咄嗟に、
あの聖人のような衣装に光が掠るほどギリギリで回避する。
しかし、
『……塩になっていない?』
『目眩ましか』
光を浴びても、未だ何の変化も見せない衣を見つめ、
状況を理解した頃にはすでに3人の姿はなく、
『彼女を置いていくことを選択したか……』
意外そうにそう呟いた祭祈は、
壊れ物を扱うように静かに、眠る明子を抱えあげるのだった。




