第6話 その5
「……」
鈴瀬から放たれた、進の手と盾を塩へ変えた光線を、
花笑は平然と通り抜ける。
その白い服、肌は、光を浴びたのに一切塩に変わることはなく、
金と朱色の瞳はただ、白い鎧を纏う天国の衛兵を見つめている。
『………』
明らかに敵と見据えた瞳、
しかし、天兵は花笑にまるで敵意を見せない。
それどころか彼女を無視し、獄卒と鈴瀬に加勢しようと動き出していた……が、
「動くな」
花笑の言葉で動きが止まる。
彼女らしからぬ、はっきりとした命令口調、
その言葉がまるで鎖となって巻き付いたかのように、不自然な体勢で天兵は硬直した。
「……自己判断のできない下位の天使」
「想像をもとに能力で作った天使だったら、こうはいかなかったでしょうけど……まぁ、今回は相手が不運だったということにしておきましょう」
彼女は翼を広げ、頭上の輪を煌めかせる。
「上位天使の名のもとに命じます」
「ひざまずきなさい」
そう彼女が告げた瞬間、天兵はまるで仕える相手に相対した騎士のようにひざまずく。
そして、
「剣を」
そう言われれば自身の持つ、
あの触れたものを塩へ変える銀の剣を、
躊躇なく彼女に捧げる。
そして、花笑はそれを一切躊躇することなく、当然のように掴み、
「ごめんなさいね、返してあげられなくって」
「さようなら」
頭の無い鎧、差し出された首元、
ポッカリと空いた穴に詰め込まれた羽毛の中へ、剣を突き刺す。
その瞬間、羽毛はブワッと揺れ、
天兵は崩れ落ちる。
あらゆる隙間から塩が流れ落ち、
白色の鎧は、花畑に崩れるのだった。
「はっ!」
輝照の左袖から飛び出した一本の白い帯が、獄卒の首に絡みつく。
獄卒はそれを引きちぎろうとするが、
そうはさせまいとする、輝照の拳が獄卒の腹にめり込む。
「ッ!」
のけぞる獄卒の体を帯で引き戻し、もう一発殴ろうとした輝照だったが、
獄卒が咄嗟に振り回した、棍棒に肩をえぐられ動きが鈍り、
さらに獄卒は口から炎を吐くが、
「生態変容!」
輝照は燃える大地に咲く、花々の遺伝子を改変し、急成長させて自身を上へ打ち上げる。
咄嗟のことだったせいか、勢いよく打ち上げられてしまった輝照は、獄卒の首に巻き付けた帯の長さを調節して空中に停止。
「生態変容・改体」
「鉄砲魚」
膨れ上がっていた左腕は、今度は細く変わり、手のひらに穴が開く。
そして、
『!』
細く赤いレーザー……いや、手のひらから射出された血液が獄卒の顔面を撃ち抜く。
人間ならば風穴を開けられるほどの一撃、
しかし獄卒の頑強な体には、ちょっとした目潰しにしかならない。
……だが、獄卒がそれを喰らって悶えたことで、輝照は下へ引き戻される。
「オラァ!」
そして、輝照はそれに乗じる。
腕と同時に変えていたのだろうか、
鋭い刃、膝に生え出た骨や角のような突起を、獄卒に突き刺そうとする……が、
「!」
掴まれた、
あの獄卒の赤黒い手に。
顔の目を潰され悶えながらも、
体に埋め込まれた無数の目は、常に輝照を睨んでいた。
「ッ……生態変容・改体!」
足を掴む獄卒の手に、どんどんと力が加わっていく。
ミシミシと音を立てて、押し潰されていく足に、輝照は咄嗟に無数の針を生やす。
握っているものに突如針が生える。
そんな経験のない痛みに、獄卒は不快そうな顔をし、
持ってられなくなった輝照を、投擲する。
その速度は音速を超えるほど、
空気の壁に叩きつけられ、地面に叩きつけられ、炎に焼かれる。
凄まじい痛みと共に、輝照は大地に倒れる。
首に巻きつけられた帯など、
投げられた瞬間、引きちぎれた。
だが……だが!
「解析……完了」
ふらふらとしながらも、彼は立ち上がる。
そんな彼に獄卒は、棍棒を振り上げ襲いかかる。
何百メートルと離れた位置から、たった数秒で目前に迫る怪物、
それに……輝照の手のひらは触れた。
殴るわけでも、叩くわけでもなく、
一切力を込めず、ただ触れる。
――次の瞬間だった
「生態暴走」
獄卒のあの頑強な赤黒い肉体に、
赤と青の亀裂が走り始める。
そして、
「増殖《ラプチャー》」
内側から、
まるで体内の細胞が恐ろしい速度で分裂したかのように膨れ上がり、
紫の血と赤黒い肉片を撒き散らしながら、破裂。
「……時間がかかりすぎる」
「やっぱ、戦闘向きじゃないね僕は」
その血と肉片の雨を浴びながら、
輝照はつぶやいた。




