第6話 その1
「未来ねぇ……」
『表情がないその顔からでも伝わるよ、占いは信じない性分か』
「面と向かって言われるとどうもねぇ……」
そもそも、自分にとってこいつは敵だ。
どこまで話を真に受けていいものか……
『……まぁいい、君が信じるかどうかじゃない』
『私と俺は信じているし、依頼者の一部には心から信じている人もいる』
『だからこそ、責任感をもって私と俺は占いを行っている』
先程までの2人の、おしとやかな口調も、荒々しい口調も消える。
俺と私、2つセットで一人称として用いる。
それ以外は淡々として無個性という、
奇怪極まる口調で告げる言葉には、
それでもプロの意地とも呼べる感情が、確かに乗っているのを感じる。
「……で?」
しかし、それが現状とどう結びつくのかはまったく分からない。
「なんであんたはそんな能力を得て、責任感をもって対応しているらしいステージの客をさらったんだよ」
『……観客は匿っているだけです、この世とあの世の間であるこの空間に』
『私の見た未来が正しいなら、今頃モールは怪物によって甚大な被害を受けているはず』
『私と俺のショーを見に来てくれた人々は屋上にいたため避難が遅れる』
『それは……明らかな不幸だから』
「明らかな不幸……変な言い方をするな」
「未来が見えるんなら明らかも曖昧も無いだろ?」
『どうだろう』
『ありがたいことにメディアで取り上げられて、私は不幸を、俺は幸運を占うことが広く知られるようになった』
『……が、不幸とは何?幸運とは何?』
『私と俺は今、それに悩んでいる』
占い師、鈴瀬はむしろ、占われる側のように俺に告白する。
『私が占ったからといって、それは絶対に依頼者にとって不幸なことなのか?』
『俺が占ったからといって、それは絶対に依頼者にとって幸運なことなのか?』
『私や俺の基準が、相手の基準と同じなのか?』
『人の人生に、文句をつける身として』
『私と俺は、その疑念に決着をつけなければならない』
『それが……占い師を名乗る者としての責任』
「……それは、そんな重要なことか?」
正直、俺には彼女が何に悩んでいるのか理解ができなかった。
当たるも八卦、当たらぬも八卦と言うように、
彼女が負うべき責任などそもそも存在しないように思えたからだ。
……だけど、彼女は至って真面目に、他人のことで悩んでいる。
その姿を見て俺は、先程まで敵として一方的に襲いかかっておきながら、
その悩みに寄り添ってやりたいと、思ってしまった。
……これこそ、無責任というやつだろう。
そんなことを考えながら、進は黙って彼女を見つめる。
『あの日俺は占った、彼の探し物の場所を』
『見るからに怪しいあの男の幸運のために……』
『けど、私は俺は、あの男を占い、語り合って知った、彼が作り出す未来を……幸運とは思えない』
『しかし、俺が占う未来は幸運の未来でなければならない』
『でなければ、私と俺は、嘘を語る咎人』
『信じてくれた依頼者達を騙したことになる……そうとは、思いたくない』
……俺の声が届いてない。
これは会話じゃない、一方的な自分語りだ。
怪物には話が通じないという、輝照君の話は事実だったんだと理解した……けど、
「待て、男?」
「その男ってどんな奴だ、何を探していたんだ?」
そう尋ねずにいられなかった。
俺の勘が、その男のことを知らねばならないと伝えてきたからだ。
『そう、男…その男だ、その男のことなんだよ』
『私と俺は、彼の目的が依頼者の幸福に繋がるのか、彼の妄言は信じるに足るのか』
『彼がもたらす世界が事実なら、私と俺の迷いは……解消される』
……話にならない。
俺はもう、このまま話を聞き続けても無駄なんじゃないか?
というかこの怪物を倒したら、田場のように元の人間が出てくるんだろうし、そっちから話を聞いたほうがいいんじゃないか?
そう考えた俺の、盾を握る手には自然と力がこもる。
しかし
『彼は語った、全人類を天国へ誘うと』
『俺はその天国というやつが本当にあるのか』
『私はその逆、地獄というやつは本当にあるのか』
『それが知りたい、それがなければ奴の行いはただの虐殺でしかない』
『彼は言った、自分が全ての基準となると』
『もし事実ならば、私の不幸の基準は、俺の幸運の基準は、皆と同じになる……苦悩は消える!』
「!」
踏み出した足が止まった。
全人類、
虐殺、
その言葉で俺は、その男があの猿野郎――祭祈とかいう狂信者であると確信したからだ。
俺はまた、通じないとわかっていながら口を開こうとしたとき、
『そして、確信した』
突如天に巨大な円盤が現れた。
遥か上空、背伸びして手を伸ばしても届かない距離に、
黄金に光る……いや、光そのもので作られた幾何学模様。
円形に空に刻まれたその模様に、彼女が左手を振り上げる。
次の瞬間、まるで彼女の腕こそが鍵であったかのように模様が動き、回り、幾何学だった模様は美しい紋章に変わり……開く。
あれは円盤などではない、門だ。
『天国は実在する』
門が開き、現れたのは白い大穴。
そこから降り注ぐ光が、まるで彼女をスポットライトみたいに照らす。
そしてその光の柱から、それは現れた。
彼女が半身に纏う鎧と同じ、
しかし彼女と違い、金の飾りのないただ白い鎧を纏い、
俺の鈍い銀色とは違う、白銀の盾と、
審美眼なんてない俺が見ても、美しいと思える白銀の剣。
兜は無い、
頭が無い。
その代わりに首には光を七色に反射する白い羽毛がぎっしりと詰められていた。
『無論、地獄も』
そう言われ気がついた。
大地にも、門が開いていたのだ。
空の門とは対極的な黒い門。
錆の炎を撒き散らしながら、うねる枯れ木のような角を生やし、全身に埋め込まれた目をギョロつかす、
血色の怪物が這い出していた。
丸太のような筋肉に埋め込まれた口が、生臭い息を吐く、
何より目を引くのはその手に持つ金属の塊に茨を巻きつけたような棍棒。
その体型は、その武器は、その全ては、
咎人に罰を与える【残虐】をそのまま形にしたような姿。
『ならばあと不安要素は何だ?』
『私と俺を愛してくれた人々を裏切りうる事象はなんだ?』
『そう……あの男が為そうとしていることそのものが、人々にとって不幸である可能性だ!』
彼女は天の大穴を仰ぎ、地の大穴の縁を踏み鳴らし、狂乱したように叫ぶ。
『だから……君と戦う』
『君だけだからだ、あの男にとっての不幸たり得る、願いを挫ける存在は』
『君が死ねば、あの男の願いは100%成就する』
そして、まるで全てを出し切ったように、
今度は淡々と告げる。
『しかしその100%も結局は占いの結果』
『当たるも、当たらぬも占い』
『占いの結果などで、悩む必要などないと、思っているんだろうお前は』
『なら、この決着にて占おう』
『彼の不幸である君との決着で』
『私と俺が君に勝てたのなら、あの男の狂気を、世界の幸運として受け入れよう』
「はは……わけわかんないこと長々話して、結論それかよッ!?」
彼女自身ですら手に負えなかったのに、援軍が2体、
俺はつい、そんな理不尽に泣き言を吠えるように漏らすのだった。




