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第七話「助けたならば助けましょう」


 食事を終えた私たちは、いったん空き家へと戻る事にしました。

 川の位置が分かったので、空き家の道具を借りて何往復かしつつ水を運ぼうかなと。食料も確保しないといけないですからね。

 そんな事を思いながら私は流れてきた卵をひょいと持ち上げます。


「お嬢、重くないですか?」

「ランよりは軽いので大丈夫ですよ」


 ランが心配してくれたので、私はそう返します。

 まぁ冗談ですけれど。卵よりは重いんですが、ランの体重って軽いんですよ。、実際にランを持ち上げた事があるので経験論です。


「何と! ランちゃんより軽いなんて、羽のようですね!」

「お前は本当にひょろひょろじゃからのう。しっかり食べる割には何故そうも軽いのか長年の謎じゃ」


 確かにランって結構しっかり食べるんですよね。

 それなのに一度も太った所は見たことがない。運動量でしょうか、それとも発声量の違いでしょうか、とにもかくにも羨ましい。私は食べたら食べた分だけ身につくタイプなので、一部だけでもあやかりたい。

 ランに羨望の眼差しを向けると、ちょっと得意そうな顔をしています。いいなぁ。

 

 その時、会話の隙間に遠くから、何か人の声のようなものが聞こえました。

 私だけではなく、ロイドも聞こえた様子。穏やかな表情が一転して、すう、と警戒した眼差しになります。

 ランもロイドの変化を見て、何かあったと気が付き、口を閉じました。


「お嬢、ラン。茂みに」


 ロイドの短い指示に、頷いて茂みに身を隠します。

 私たちがいるのは争いが起こっている国境近く。こんな場所までやって来るのは兵士か、あとは相当の物好きくらいでしょう。

 見つかったら終わり。ですが、まだ終わるわけにはいきません。

 息をひそめ、声がした方へ意識を集中します。


 するとほどなくして、声の主の姿が見えてきました。


「うわあああああお助けぇぇぇぇぇぇ!」

「こないでー!」


 声は二つ。男の声と、幼い少女の声のようです。

 ……しかし、男の方は効き覚えがあるような。

 そう思って目を凝らしていると、ランが「あ!」と声を上げます。


「お嬢! 裏切り者がピンチですよ!」


 ランが指差した方を見ると、少女を背負った人相がよろしくない男がウッドウルフに追いかけられていました。何と言う既視感。

 まぁそれはさておき男の方は、私たちと一緒に『囮部隊』としてヴィオ王国へやってきたマーチですね。

 何故ランが裏切り者なんて呼んだかと言うと、答えは簡単。私とラン、ロイドを縄でぐるぐる巻きに縛って放置した、別の王位継承候補者の手下だからです。

 何をやっているのでしょうね、マーチは……。あと背負っている子は誰でしょう。すわ誘拐かとも危惧しましたが、マーチとは言えどそこまで落ちぶれていないでしょう。

 とすれば、状況的にマーチがあの子を助けたと考える方が自然か。それならば加勢しない理由はありません。


「ロイド、頼めますか」

「ええ、お任せを」


 ロイドの頼もしい声に頷き返すと私は茂みから立ち上がり、声を張り上げマーチを呼びます。

 するとマーチは直ぐにこちらに気が付きました。同時に表情が「あっヤバイ!」みたいなものになりましたが。

 マーチは少し思案するような素振りを見せましたが、直ぐに判断したようで、こちらへ向かってきます。うん、それで良い。


「二人とも、離れとって下さい」


 言いながらロイドが大剣を抜いて私たちの前に出ました。

 マーチは必死の形相でこちらに向かってきます。

 私たちの部隊の中でもマーチの足の速さは随一。セーブしていた分を一気に開放したのか、マーチは速度を上げると一気にウッドウルフたちを引き離します。


「お嬢、旦那ぁ!」

「下がっとれ」


 マーチが横を通り過ぎると、入れ替わるようにロイドがウッドウルフに向かって行きます。

 そうして大剣を振りかぶると殴りつけるようにウッドウルフを薙ぎ払いました。その風圧が周囲の植物を揺らします。

 ウッドウルフは悲鳴のような声を上げて木の幹に叩きつけられました。

 ウッドウルフは仲間がやられた事とロイドの気迫に恐れてか、逃げていきました。

 うーん、さすが。本人は衰えたと言ってますが、そんな事を感じさせない後ろ姿が頼もしい。


 ……しかし、こうも立て続けにウッドウルフに遭遇するとなると、この辺りは彼らの縄張りなのでしょうか。

 そうなると今後の対策を考えないといけませんね。空き家を拠点とするならば、修繕に加えて幾つか罠も用意すべきか。

 そんな事を考えているとロイドが戻ってきます。


「ありがとうございます、ロイド。お疲れ様でした」

「老師、格好良かったです!」

「いやいや、アッサリ引いてくれたので良かったですな。それよりも……」


 ロイドはちらりとマーチに目を向けます。

 つられてそちらを見ると、マーチは地面にへたり込んでいました。それでも背負った少女は落とさないところは普通に褒めたいですね。


「た、助かった……」


 マーチは肩で息をしながら呟きました。

 それから顔を上げて、若干気まずそうな顔になります。


「い、いやぁ、そのー……ありがとうございますぅ」

「まったく何をやっとるんじゃ、お前は」


 呆れたように言うロイドに、マーチは「いやぁ、へへへ」と曖昧に笑います。


「ここでお嬢たちと再会出来たのはサジェス神のお導きってもんでさぁ!」

「サジェス神は裏切り者嫌いだと思いますよ!」


 マーチの言葉をランが笑顔でぶった切りました。

 サジェス神とはサジェス王国の名前の由来となった知恵の神です。

 創世神話に名前を連ねる一柱で、新しいもの好きで、職人肌の神様なんですよ。そしてその創生神話から読み取れる性格は頑固。

 裏切り者が嫌いかどうかはさて置いて、曲がった事は嫌いそうな印象があります。

 もし嫌いであれば、私たちをここへ貶めた主犯に天罰の一片でも食らわせて溜飲が下がるのですが、まぁ、神様にとっては些末な事でしょうし、そこまで願い頼るのは筋違い。

 機会があったら証拠を集めて殴り飛ばすくらいは自分でしましょう。


 さて、話を戻しますが、私たちにとって裏切り者の立場であるマーチをどうするか、ですね。


「どうします、お嬢? ランちゃん的にはもうここで放置でも良いと思いますが」

「一度裏切った奴はまた簡単に裏切るからのう」

「そ、そんな!」


 不信感を全面に出したランとロイドの視線に、マーチが縋るように私の方を見ます。いや、そんな目で見られましても。

 ロイドの言う通り、一度裏切った人間はまた裏切ると私も思っています。一度タガを外せば二度目はずっと楽に行えますから。ランの言うように放置した方が安全であるのは分かります。

 まぁ、ですが……それでもこんな場所に置き去りにするのも寝覚めが悪い。


「死にかけましたけど無事でしたので、今回だけは許します。放っておくのも心配ですし。でも次にやったら肥料にしますよ、裏切り者」

「言葉の端々から許されてねぇっスけど、ありがとうっス!」


 とたんにマーチの顔が輝きました。ロイドは「現金な奴じゃなぁ」とため息を吐きました。

 さて話に区切りがついたので、先ほどから気になっている事を聞きましょうか。

 マーチが背中に背負っている少女です。若干の怯えは見えますが、怪我はしていないようですね。

 私は少女に「こんにちは」と笑いかけたあと、マーチに話しかけます。


「それで、その子はどうしたんですか?」

「ああ、えっと……この先の大樹の辺りでウロウロしてたっス」

「大樹?」

「ええ、あっちの……あれ?」


 マーチが走って来た方を向いてきょとんとした顔になりました。

 大樹というと、うーん? 彼が示した方角に大樹らしきものは影も形も見当たらないですね。

 首を傾げていると、ランとロイドが半眼になってマーチを見ます。


「肥料……」

「違うっス! ウソじゃねぇっス! ねぇ!?」


 マーチが少女に助けを求めると、彼女は曖昧に微笑みを返します。

 やはり肥料か。


「違うっス! 本当に見たっスよ~!」


 必死で訴えて来るマーチに、私はもう一度彼が示した方角へ顔を向けます。

 ……やはり、何も見えない。

 けれどマーチはこんな小さい嘘を吐く人間では……ありましたけど。

 まるっきり嘘を言っている様には思えないんですよねぇ。

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