第八話「裏切ったら肥料に」
空き家へ戻った私たちは、手分けをして日が暮れる前に川から水を運んだり、森で食料を採取したりしました。
先にマーチと情報交換をとも思ったのですが、自分たちの腹を満たす方が先です。
川と森を何度も行き来している内に空はすっかり茜色に染まってしまいましたが、ひとまず明日の朝くらいまでの分は何とかなりそう。
空き家の台所を借りて湯を沸かしたり、魚を火で焼いたりして、早めの食事を準備したあと、私たちは食事をしながら話をする事にしました。
そうそう、まずは先に、マーチが背負っていた女の子の事ですが。
彼女はピリカと言う名前だそうです。歳は七歳、ふわふわの白い髪に緑色の目が特徴の可愛らしい女の子。
やはり魔獣に襲われていたところをマーチが助けたようです。そこだけは「でかした!」と言いたいですね。
ですがそれ以上はあまり語ってくれませんでした。ここにいたと言う事はヴィオ王国の人間なのでしょうが……うん、誰にだって話したくない事はありますよね。
無理に聞く必要もないので、名前だけ分かれば今は十分です。
さてそんなピリカですが、どうやら家に帰れないらしく。私たちも立場上、今の装いではどこかの町まで送って行く事も難しいため、しばらく一緒にいてもらうことになりました。
大丈夫かとピリカに聞くと、彼女は不思議と嬉しそうに「うん!」と元気に返事をしてくれました。泣いてしまうかなと不安だったのですが良かったです。
ですがいかに元気に答えてくれたとは言えどピリカはまだまだ幼い子供。私達もちゃんと気を配っておかねば。
「さて、それではマーチ。色々と聞かせてもらいましょうか?」
「いやぁハハハ、オレみたいな下っ端にはそんなに情報ないっスよ?」
「分かりました! それでは老師、吐かせましょう!」
「そうじゃの」
「待って! 吐きます! 吐きますから勘弁してください!」
まだ何も言っていないのに、ランの脅しにマーチは屈しました。ウッドウルフを追い返した時のロイドが怖かったんですかねぇ。
「……と言っても、本当に情報あんまりないッすよ?」
「ええ。それで構いませんので、話して下さい」
頷いて促すと、マーチは顔をかいてポツポツと話し始めました。
「お嬢の部隊に志願した後で、あるお方から声をかけて貰ったんスよ。実入りの良い仕事があるって」
「実入りの良い仕事?」
「ええ。ヴィオ王国との国境を越えたら、お嬢たちを捕まえて放置して逃げるだけで、兵士の賃金の三倍の金をくれるって」
なるほどお金目的、それなら想定の範囲内ですね。
戦場へ向かう兵士の賃金はそこそこなので、その三倍ともなれば気持ちが揺らぐのも分からないではない。
誰だってできれば気楽に暮らしたいですからね。私も王城へ連れて行かれてからしみじみと思いました。
「よくもまぁそんな仕事を受けたものじゃの」
「だ、だって、後で回収するから命の危険はないって言われてたんスよ!」
呆れ顔のロイドにマーチは大慌てで首を振ります。
「争っている最中の国にそんな状態で放置して、命の危険がないわけがなかろうが」
「オレも最初はそう言ったっス! でも本隊がすぐに来るから平気だって……調子に乗っているからちょっと脅すだけだって言われて」
普通に過ごしていたつもりが、周囲からは調子に乗っているように見えたらしい。
それはそれで普通にショックなんですが……そうか。私、調子に乗っているように見えたのか……。
思った以上にダメージを食らって気持ちが萎んでいると、ピリカが心配そうに「大丈夫?」と見上げてくれました。
ピリカが優しくて、思わずはっしと抱きしめたくなる衝動にかられましたが、我慢して「大丈夫ですよ」と笑いかけます。
「ラン、ロイド。私は決めました。もっと謙虚に生きる事にします!」
「お嬢は無駄に偉ぶったりはしないので無理ですね!」
決意表明したのに、ランに良い笑顔で否定されました。解せぬ。
「まぁそれはそれとして。それならば、仕事が終わったのに何故こんな所にいるんですか」
「いや、その……本当に回収するのか心配になって」
どうやらマーチは直ぐにサジェス王国に戻らず、他の仲間たちと別れて私達の様子を見に来てくれたらしいです。
そうしたら私達はいないし、本隊が来る気配もないし、焦って探し回っている内に『大樹』の近くでピリカを見つけた、との事。
大樹自体は見当たらないのでどうにも信憑性に欠けますが、直ぐに戻らなかったという事は本当でしょう。私達の死亡を確認するために残ったという可能性も無きにしも非ずですが、仕事内容に含まれていなければそこまでする必要はないのかなと。
「なるほど、大体の話は分かりました! ちなみに『あの方』とは誰の事ですか?」
「それは……」
さすがに言い辛いのか、ランの質問にマーチは言葉を濁しました。
まぁ、大体の予想はついているので、名前を挙げてみますか。
「大方、ヘイル辺りですかね」
「えっ!」
マーチはぎょっとして私の方を見ます。どうやら当たりの様ですね。
ヘイルというのは第九位の王位継承候補者です。身分を振りかざすタイプの貴族で、王城にいた頃は何かにつけて突っかかってこられました。
王位継承候補者の中では唯一王族の血が流れていないせいか、その事にコンプレックスを感じているようで、私以外にも十位、十二位の候補者に嫌がらせをしていた記憶がありますね。
王族の血が流れていなくとも私達より継承権が上なのですから、それほど卑下する事はないと思うのですが……。
まぁそんなこんなで、あまり好かれていないな、というのは気づいていました。とは言え実際に命を狙われるレベルで嫌われていたと実感すると、少しだけ落ち込みますね。
……何だかマーチの話を聞いていると、気持ちが下の方に向いてくるので上方へ修正せねば。
うん、色々ショックではありますが、何だかんだで生きているからもうけもんですし!
「確認するが、今は繋がっておらんのじゃな?」
「もちろんっス!」
「分かりました、信じましょう」
私がそう言うと、逆にマーチが「えっ」と驚いた顔になります。
それから指で顔をかいて気まずそうに、
「……いいんスか?」
と聞いて来ました。まぁね、そりゃあ私だって、まるっと全部マーチを信用出来るというわけじゃないですよ。
だけど今更ですし、こうなった以上放り出すのも心配ですし。
そして何よりピリカを助けた心意気を私は信じる事にしました。
「ええ。でも、次に裏切ったら肥料ですからね」
私がそう言うと、ランとロイドもやれやれといった様子で、
「お嬢が良いならワシは構わんですぞ」
「ランちゃんもお嬢が良いならオッケーです!」
と頷いてくれました。
するとマーチは感極まった表情を浮かべボロボロ泣き出しました。
「うう、ありがてぇ……ありがてぇ……!」
「……えと、良かったね」
ピリカがマーチの腕をぽんぽんと叩いて微笑みます。
マーチは「うん!」と元気に答えます。
何だか微笑ましいくてほっこりしますが……ところで叩かれて揺れるマーチの手の隙間から、目薬らしきものが見えるのは気のせいですかね。




