第九話「嵐の夜は怪談話かコイバナで」
私達がヴィオ王国の空き家に住み始めて数日が経ちました。
何だかんだで初日に川を発見できたのは大きいですね。おかげで水の確保出来ましたし、食料の方も何とか手に入るようになりました。それでもお腹いっぱいとまでは、まだ行かないですけどね。探索範囲を広くすれば、もう少し増やす事が出来るかもしれませんが、ヴィオ王国の兵士を警戒して慎重に動かざるを得ないのが現状。
今のところは、まだヴィオ王国の兵士と遭遇していないのが幸いです。ですが場所が場所だけに、兵士といつ遭遇してもおかしくはありません。
転がり込んだ空き家を拠点としておりますが、様子を見ながらもう少し森の奥へと移動した方が良いのかも。
そんな事を考えながら、私はテーブルの上にある卵に目をやりました。
先日、川を流れてきた大きな卵です。調味料不足で食べるのを先送りにしたのですが、実はもう一つ問題が起きておりまして。
この卵、とても堅いんですよ。これだけ大きいですから、普通に卵を割るような感覚では難しいだろうとは思っていたのですが、ロイドの大剣でも割れない恐るべき強度。
マーチなんて「これ本当に卵っスか?」と訝しんだ眼差しを向けていましたが、卵であると私は信じたい。そしてプリンを食したい。
なのでとりあえず、割る方法が見つかるまでは置いておこう、という事になったのです。
ですが幾ら割れないとはいえ卵は卵、万が一の事もあるので卵の安全だけは確保しています。空き家の二階からボロボロのシーツを持ってきて、洗って干したあと、それに包んだだけなんですけど。これならちょっとやそっとじゃ転がっていかないでしょうし、持ち運ぶときも素手で持つよりも安全です。
「お嬢ー! あのですね、老師が……って、お嬢、卵と見つめ合って何してるんです?」
「安全祈願をしておりました」
「この卵はお守りのようなものだったのですか……! ありがたやありがたや」
私の言葉に衝撃を受けた顔になったランは、即座に手を合わせて卵を拝み始めました。
まぁある意味、食事的な意味でのお守りのようなものなので、あながち間違っていない気もします。私も拝んでおこう。
しばし卵を拝んだあと、そう言えばランが何かを言いかけていた事を思い出しました。
「そう言えばラン、ロイドがどうしました?」
「そうでした! お嬢、老師が嵐が来そうだって言ってましたよ!」
何と、嵐。
割れた窓から外を見れば、空は綺麗な青一色。澄んだ春の空には黒い雲の欠片も見当たりません。
特に不安要素はないように思えますがロイドの勘は当たるんですよね。特に天候関係のロイドの勘は八割は当たります。
昔、戦場で受けた怪我がどうのと聞いた事がありますが……ふむ。嵐ですか。それはちと困りますね。
この窓の状態を見ても分かる通り、この空き家はあちこちボロボロです。嵐なんて来た日には、さらに酷い状態になる事は請け合い。
出来るだけ補修しておいた方が良さそうですね。
「そうなると、出来るだけ直しておかないとですね」
特に、屋根が。
ひとまず空き家にあった布で覆ってはいますが、嵐が来たら簡単にはがれてしまうでしょう。
布だけならまだしも、中にいる私たちまで遥か空の彼方へと吹き飛ばされてしまうかも。
空を飛ぶなんて言葉だけすれば心が躍りますが、実際問題、着地に不安が残ります。めり込んだらどうしよう。
「嵐で吹き飛んだら目も当てられないですもんね!」
「ええ、本当に。それに落下したら地面に自分の形が出来ますよ、残りますよ」
「ランちゃんのかたぬき……」
ランがそんな事を呟きながら床を見ています。ランの形のクッキーが頭に浮かびましたが、大きさ的には食べごたえがありそうですね。ジャムを挟んでレコルトにしたい。
まぁそれはともかく、完璧な着地は難しそうなので、吹き飛ばない方向を選択したいと思います。
補修用の木材は森で手に入りますし、道具はあるものを代用すればある程度は何とかなるでしょう。
空き家の中をぐるりと見回すと、棚や椅子などが目につきます。あの中で使えそうにないものを中心に解体して使うのもありですね。
……うん、とりあえずプランは固まりました。
「ちなみに補修用の材料はロイドが準備してくれていますよ! マーチとピリカが食料を探しているついでに、一緒に運んでくれるそうです」
「何と私だけ出遅れましたか! これは急ぎ参加せねば」
「周回遅れですね!」
何か意味が違う気がしますが、今から巻き返すという意味では正しい。
あ、いえ、別にサボっていたわけではありませんよ。空き家周辺の地図を描いていたんですよ。採れた食料のメモとか、魔獣と遭遇した場所とか。
まぁそれはさておき。
とにかく今は嵐に向けての修繕です。今は問題なさそうな空の様子からすると、嵐が来たとしても夕方ぐらいでしょうか。それまでに最低限は何とかしておきたい所存。
「それではラン、始めましょうか」
「はーい! ランちゃんにお任せあれ!」
元気に答えてくれたランと共に、私は外へと飛び出しました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方、ロイドの予感通り嵐がやって来ました。
びゅうびゅうと勢いよく吹く風に、空き家が軋む嫌な音が音が響いています。
空き家はある程度は修繕――というかほぼ応急処置ですね――が出来たものの、どこからか入って来る隙間風が冷たい。
私達は揃って居間に集まって、ひび割れたランプを囲んで身を寄せ合っていました。
「いやしかし、これは結構すごいですねぇ」
「春の嵐というくらいですからなぁ。空き家があって良かった」
しみじみとロイドは言いました。
確かにそうです、空き家を見つけられずに野宿でしたら危なかったですね。
「……何ていうか、コレだと寝れないっスね」
「心臓に毛が生えたマーチでも駄目なんですね!」
「俺の心臓は割と繊細っスよ!?」
良い笑顔のランにマーチが目を剥きます。
そうか、繊細だったのか……そうか。
比較的図太いような気がしていたのですが先入観は良くないですね、反省します。
まぁマーチはともかくとして、ピリカは大丈夫でしょうか。
そう思って彼女を見ると、
「ご飯美味しかった……」
なんてほんわりと微笑んで呟いていました。
意外と大丈夫そうですね。
ちなみにピリカが美味しかったと呟く今日の夕飯は、焼き魚とベタ草のサラダでした。相変わらず調味料はありませんが、空き家の修繕を頑張った分、私もより美味しく感じたものです。やはり空腹は最高のスパイスか。
「ランちゃんは割と眠れますけどね!」
「そう言えば雷がすごかった日もランだけはずっと寝ていましたね」
「お嬢は『ロイド、一緒に寝てください』と言って来ましたなぁ」
「ずるい!」
ずるいって。
いや、ですが、待って頂きたい。ロイドの話は私がまだ片手で数えられるくらいの年齢の時ですよ。
その時はたまたま家族が全員出かけていて、家にいたのがロイドだけだったからで。
そりゃ私だってそのくらいの年齢なら雷だって怖いですよ。でも、ほら、別に今は雷なんて……。
あわあわと言い訳を考えていたところマーチとピリカが優しげな眼差しを向けてきます。恥ずかしい、つらい。
「ま、まぁそれはともかくとして!」
言い訳が思いつかなかった私は、強引に話を切りました。
コホンと咳払いを一つして、急いで別の話題を持ち出します。
「真夜中でせっかく全員起きているので、ここはひとつ怪談話大会をしませんか!」
「なぜ」
「様式美的な」
夜に起きていたらするとすれば怪談話かコイバナでしょう。
敢えて前者をチョイスしてみました。
全員がお互いの顔を見合わせ、頷き合う。まぁ眠れない夜って暇なんですよ。
「それではまずランちゃんから! あれはランちゃんが十歳くらいのこと……」
話始めたランに、全員の喉がごくりとなりました。
――――その時です。
突如、空き家を今までで一番の突風が揺らしました。
轟音。
言葉通りの音と振動が空き家を襲った瞬間、屋根がべらりと剥がれて飛んで行きました。
最初の穴なんて可愛いくらいに見事に飛んで行った屋根。どうやら隙間風が吹き込んできたのはそこからだった模様。
全員がポカンとした顔になりました。
「あ、屋根は俺とランの担当だったっス」
思いついたように言うマーチ。ランはそっと目を逸らしました。
綺麗さっぱりとクリアになった屋根からは叩きつけるような雨と風が襲いかかって来ます。
「総員、退避――――ッ!」
咄嗟に叫びましたが、果たしてどこへ退避すれば良いのか。
私たちは唯一卵だけ抱えて、大慌てで辛うじて雨風をしのげる階段下まで走ります。
怪談話なんてしている余裕はもちろんなく。
先ほど以上に全員は引っ付きながら、一夜を過ごす事になりました。




