第十話「竜の卵」
一夜明けて。
明け方近くまで猛威を振るった嵐はすっかり過ぎ去って、空は清々しいまでに綺麗な快晴です。
差し込む朝日を受けながら、大変残念な事になっていた私たちは、お互いの無事を喜び合いました。
死ぬかと思った。
正直に言いますと魔獣に襲われるより天災の方が対処しようがないから恐ろしい。
「お嬢、お嬢。朝ご飯何にしましょう」
目をごしごしとこすりながらピリカが聞いて来ます。
お嬢というのはもちろん私のこと。ランたちが私をお嬢と呼ぶので、ピリカもそう呼ぶようになったんですよ。兄弟姉妹のいない私としては「お姉ちゃん」を推したかった。
まぁ、それは良いとして。
そうそう、ピリカだけはあの嵐の中で熟睡していたんですよ。この子は将来大物になる事請負です。
「そうですね、確保していたベタ草とか食料も大半が飛んでいってしまったので、今から探しに……おや?」
どうしようかと考えていると、不意に抱えていた卵が揺れた気がしました。
「どうしました、お嬢?」
「いえ、何か卵が動いたような……」
ロイドに答えながら抱えた卵を床に置いてみます。
そして卵を包むぼろ切れを解いて覗き込むと、
「…………あ、ほんとっスね、動いてる」
とマーチも頷きました。
かさかさと卵は僅かに揺れています。
これはもしや孵るのでは。
「この大きさの卵って何が孵るんですか?」
ピリカがわくわくした様子で聞きました。
そう言えば食べる事だけに思考が行っていて、何の卵かを考えた事がありませんでしたね。
「まぁこのサイズだと魔獣ですかねぇ」
「…………」
何気なく言った一言に全員が固まります。
「このサイズならランちゃん達が食べられる側なのでは?」
「…………」
さすがに丸呑みは無いと信じたい。
「草食という場合もありますな」
「ナイスですロイド、そうであって頂きたい」
「そういう願望って大概叶わねぇんスよね……」
マーチが遠い目をして不吉な事を言いました。
私は食べるのは好きですが、やはり食べられるのはご遠慮願いたい。
この世の生き物は須らく誰かの糧になる――という話を祖父から聞いた事がありますが、私はまだ誰かの糧になるつもりはないのです。
「……これリリースしてきませんか?」
悪魔のささやきが聞こえました。
ランの提案に私たちはお互いの顔を見合わせます。
どのみち孵化しそうならば食べるわけにもいきませんし、何が生まれて来るか分からないものをそのまま持っていても不安。
酷い所業だと思うでしょう。ですが人の親は揃って言います――世話が出来ないならば拾ってはいけないと。
実際に生まれてみないと世話が出来るかどうかも分かりませんが、如何せん私たちは食糧不足中。草食ならば良いですが、肉食であった場合は育てる事が難しいかと。
……ですが。
何でしょうね、たった数日一緒にいただけなのに、どうにも捨てるという気持ちになれません。
愛着が湧いたとも言うのでしょうか。もはや卵とは嵐の夜を一緒に過ごした仲間です。
その仲間を捨てる事など私には出来ません!
「ちゃんとお世話しますから!」
私は床に置いた卵にひしと抱き着いてロイドたちに訴えます。
――――その時です。
卵からピシリ、と何かが割れる音が聞こえました。
決して私が抱き着いた事による衝撃ではないと信じたいですが、その音は一度だけではなく連続して何度も鳴り始めました。
これはもしかして、一度離れた方が良いのでは。
手を放し掛けた私の前で、ついに卵は完全に割れました。
「キュイ!」
朝日の中に甲高い産声が響きます。
孵っちゃった……。
若干青ざめながら、恐る恐る卵の方を見ると、そこには白色をした体に羽の生えた大きな爬虫類がいました。
……トカゲ?
いえ、それにしては翼が生えているし……。
「……竜?」
ピリカがぽかんとした顔で呟きました。
どうやらこの卵、竜の卵だったみたいです。
パクパクと口を開閉し続ける私をよそに、生まれたての竜は私にすり寄って来ました。
ひんやりとした独特の感触。鱗のせいか、ちょっとざりざりしています。
思わずランとロイドを見上げると、二人はしっかりと頷いて、
「刷り込み」
と異口同音。
…………どうやら私は、この竜の親になってしまったらしいです。
◇ ◇ ◇ ◇
なってしまったものは仕方がないので、とりあえず名前を付ける事にしました。
白くて翼が生えていてキュイキュイ鳴くのでキューちゃん。
などと提案したところ、満場一致で却下されました。解せぬ。
ランには良い笑顔で「お嬢のネーミングセンスは残念ですね!」と言われましたが、そうでしょうか。良いと思うんですけど、キューちゃん。
しかしあまりに不評でありましたので、改めて名前を考える事にしました。
「オパールとかどうですかね」
提案したのは貝の中で稀に育つ宝石の名前。真珠とも言うらしいですね。
乳白色の小粒な球体がとても美しかったと記憶しています。
「良いのではないですかな」
「良いと思います!」
今度は好評のようで、皆それぞれに笑顔で賛同してくれました。
という事で、この竜はオパールに決定です。
「そういう事で、よろしくお願いしますねオパール」
「キュイキュイ(オパール、名前、覚えた)」
……何か頭の中に鳴き声とは別の声が響いてくるんですが……。
気のせいでしょうか。
「キュイ(どうぞよろしく)」
いや、これ気のせいじゃない奴ですよね?
ぎょっとしてオパールを見たあと、私はランたちに目を向けます。
「お嬢、目を剥いてどうしたんですか?」
「オパールが脳内でしゃべりました」
「お嬢……」
正直に話すと可哀想なものを見る目を向けられました。
違うんです、妄想とか嘘とかそんなものじゃなくて、この竜何かしゃべったんですよ。脳内で。
私が必死にそう弁明すると、ピリカがぽんと手を鳴らします。
「竜って育つ前はそうやって意志を伝えるらしいです」
「えっ育った竜ってしゃべるんですか?」
「……ってお父さんから聞きました」
こくり、と頷くピリカ。
そう言えば竜は人の言葉も理解して話す、というのをどこかの資料で見た気がしますね。
実際に竜と遭遇した事がないので事実かどうかは分かりませんが、それならば今の事態も納得が行きます。
「キュキュイ(大人になる、しゃべる、楽しみ)」
オパールもピリカの言葉にワクワクした様子です。
まぁ生まれて直ぐにここまで出来れば、本当に話せるようにもなりそうですね。
しばらくは私がオパールの通訳になれば問題なし。
「本当にお嬢って魔獣ホイホイですよねぇ」
「好かれるというか、好物だというか、昔から良くあったからのう」
好かれるのは良いとしても、好物として評されるのにはいささか不本意ですが。
好物ってあれですよ、美味しくペロリと頂かれる奴ですよ物理的に。
「キュ(ごはん)」
オパールが私を見て空腹を訴えかけてきます。
このタイミングでの要望に少々肝が冷えましたが、私たちも空腹です。
自分たちの食事も確保しつつ、オパールが何を食べるか調べていきましょう。
そう提案して、私たちはボロボロになった空き家を出ました。




