第六話「卵料理は好きですか?」
やはり、温かい食事は良い。
川の近くで起こした焚火の前で、焼き立てアツアツのフィッシュスネークを頬張りながら私はそう思いました。
ここ数日は冷えた物ばかりを口にしていたせいか、久しぶりに熱を感じられるものを体に取り入れる事が出来た嬉しさに、視界がじんわりと僅かに滲みます。
それはランやロイドも同じようで、いつもであれば食事中も賑やかな二人も、今日は静かに食べています。
味わうように、忘れないように。そんな風に私には見えました。
今までは温かいご飯が当たり前でした。
母さんが作ってくれた温かいご飯を皆で一緒に食べるのが、当たり前の日常だったのです。
王城に呼ばれてからは皆で食べる事は無くなりましたが、それでも料理は温かかった。
当たり前であったからこそ気付きませんでしたが――当たり前を支えてくれていたのは周囲の環境であったと、今更ながらに思います。
今まで享受していた当たり前が途方もなく遠く感じる。
明日はまたご飯を食べる事が出来るだろうか。明日もまた無事に一日を過ごせるだろうか。
フィッシュスネークを食べながら浮かんで来るのは、そんな明日の事ばかりです。だって、明日の保障なんてどこにもないですからね。
それって、怖い事だったんですね。明日は一体どんな事があるんだろうとワクワクするような気持ちは、余裕があってこそだったこうなった今気が付きました。
「お嬢、お嬢! 骨です!」
「おや、綺麗に食べましたね、ラン」
ランがにこにこ笑いながら食べ終えた骨を見せてくれます。
行儀が良いとは決して言えませんが、ランの明るい声を聞くとホッとします。
「これ、落ち着いて食べんか」
「はーい」
それをロイドが軽く嗜めて、ランは骨を持った手を下ろしました。
いつも通りのやりとりに、自然と顔が綻ぶのを感じます。
……ここに、一人でなくて良かった。ランとロイドがいてくれて良かった。
一人ならば私はこんな風に――――笑ったりはしなかったでしょう。
……さて! 何だか湿っぽくなってしまいましたが、いつまでも暗い気持ちでいるわけにはいきませんね。
病は気からとランも言っていましたし、幸運を引き寄せるのもきっと明るい気持ちでしょう。
というわけで、空元気でも何でも、全部引っ張り出して明るくいきましょう!
「ところでお嬢、その卵、どうするんですか?」
そんな決意をしていると、ランが私の脇に置いた大きな卵を指差します。
そうそう、この卵ですよ。もともとフィッシュスネークではなく、卵をゲットするのが私の目的でした
「いやぁ、それが悩んでいましてね。これだけ大きいと食べごたえがあると思うので、どんな調理方法が良いかと」
「オムレツとか美味しそうです!」
ああ、オムレツも良いですね。ケチャップで絵も描けるニクイやつです。
「茶碗蒸しとかも良いですのう」
茶碗蒸しですか、それも良い。以前にお刺身を食べた町で一緒に頂いた事がありますが、あの独特の食感と味が癖になりました。
卵焼きに茶碗蒸し、どれも魅力的です。
「ではここでアンケートを取ります」
「おや、二度目ですね」
「はい、二度目です。卵焼きと茶碗蒸しというアイデアが出ましたので、まずはそこから。どちらが良いか、さあカモン!」
「プリン!!」
オムレツからの熱い手のひら返しに動揺を禁じ得ませんが、プリンも良い。
「わしはライスにインしたいですな」
ロイドまで……。でもライスにインは私も好きです。
さてさて、それにしても悩ましい。どれもかき混ぜて焼いたり蒸したりするものですから、いっそ色々試してみる手もあるか。
まぁ最大の問題がまだ残っているわけですが。
「どの道、調味料を何とかせん事にはどうにもなりませんからのう」
「そうなんですよねぇ」
そう、調味料がないんですよね。やはり味は大事です。
焼いたフィッシュスネークも美味しかったのですが、やっぱり塩とかタレが欲しかったですし。
残念ながら私たちの荷物には調味料の類は入っておりませんでしたので、次回からは塩か何かは入れておくようにしましょう。
「なければ作れば良いのでは?」
調味料欲しいなぁなんて思っていたら、ランがきょとんとした顔で言いました。
調味料を作る、なるほど目から鱗です。言われてみれば確かにそうですね、無くて欲しければ作れば良い。
「ナイスアイデアですよ、ラン!」
「やったー! 老師、お嬢に褒められましたよ!」
「確かに作れば良いのう」
ロイドもうんうんと頷きます。
よし、腹ごしらえが済んだので、次の目的は調味料で決まりでしょう。
しかし調味料……塩の作り方は何となく浮かびますが、さて。
「問題は材料ですねぇ」
「そうですなぁ。海が近くにあれば良いのですが、どうにも……。ああ、ですがアレならあるやもしれませんぞ」
「老師、老師。あれとは?」
「シュガーウッドじゃ」
シュガーウッドと言うと甘い香りのするのが特徴の植物ですね。根を乾燥させてすりつぶせば砂糖代わりになります。溶けにくいのが難点ですけどね。
あとは香りが良いので葉を煎じて紅茶にしたり、ポプリやサシェに使われたりもするんですよ。
そうそうポプリやサシェと言えば、王城で知り合った貴族のお嬢さんたちから聞いたのですが、男性にシュガーウッド等の複数の花で作ったサシェを贈るのがブームらしいです。戦場に向かっても自分の事を覚えておいて欲しいという事ですが……。
「お嬢、何だか難しい顔をしていますけど、何かありました?」
「すみません、ちょっとお茶会での話を思い出して」
「お嬢のお茶会の思い出! どんなのです?」
「最近は戦場に行く恋人にシュガーウッドのサシェを贈るのがブームらしいんですよ」
「ほうほう。それで?」
「若者の恋のやり取りは、実に殺意が高いなぁと」
「きつい香りだと隠れていても見つかりますからね!」
「恐らくそういう意味で贈っているのではないと思いますがなぁ……」
ロイドは苦笑していますが、ううむ、恋のやり取りとは難しい。
「お嬢は贈る予定はないんですか? ランちゃんや老師とかに!」
「ランとロイドは出来るだけ一緒に生きて欲しいので、贈る予定はないですねぇ」
私がそう答えると、ランとロイドは目を瞬いたあと、にこにこ笑いました。
「聞きましたか、老師! これはもう結婚では!」
「お前はいつも晴天で良いのう。まぁそれはそれとして、意味合いは違っておりますが、そう言って貰えると嬉しいものですなぁ」
やはり意味合いは違うようですが、二人が笑ってくれるのは嬉しいので、深く考えない事にしましょう。
しかし……そうか。シュガーウッドのサシェは本来は喜ばしい意味合いで贈るものなのですね。
「そう言えば王城で知り合った男性に『サシェをくれないか』と言われた事があるのですが、なるほど。死に急ぐ方ではなかったんですね」
そう言う意味でなければ、サシェを作って渡しても良かったかもしれない。
なんて事を考えているとランとロイドがピシリと固まったのが見えました。如何したのか。
「老師、ランちゃんは唐突に殺意を抱きました!」
「うむ奇遇じゃの、わしもじゃ」
サシェを渡していないのに二人の殺意が高くなりました。
理由はよく分かりませんが、やっぱりシュガーウッドのサシェは殺意が高くなるものみたいですね。作るのはやめておこう。




