第二十一話「厄介度がマシマシ」
話しを終えたトールさんは、一度町へ戻るために、家を出発して行きました。
でも後ろ髪は引かれるようで、何度も何度もピリカを振り返っていたのが印象的。
私達が安全そうだとは思っていてくれるようですが、それでも娘を一人残して戻るのは心配なのでしょう。
トールさんがあまりに何度も振り返ってはこちらを見るものだから、ピリカの方が、
「大丈夫だから、お父さん、お仕事!」
なんてちょっと照れながら言うと、トールさんが「わ、分かっているよ」と慌てていたのが大変微笑ましかったです。
そんなトールさんですが、仕事の関係もあって、次にここへ来るのは二、三日後になるそう。
町までの道中で魔獣に遭遇しないかは心配ですが、そこはロイドが「大丈夫だろう」と太鼓判。ご本人の腕っぷしの強さは、直接剣を打ちあったロイドから見て「なかなかのもの」との事。
うちで一番強いロイドがそう言うならば、まぁ大丈夫でしょう。
それにトールさんは今までずっと、元の家と町を行き来していたらしいですからね。私達などよりよほど、道は知っている事でしょう。
さて。
そうしてトールさんを見送った後ですが、私はランとロイドと一緒にそんな彼らが住んでいた家へと向かいました。
実はピリカとトールさんから、彼女達の家に置いてあるものを自由に使って良いよ、と許可を頂いたんです。
家は派手に破壊されていましたけれど、使えるものも残っているそうです。
なので、その中に必要なものがあれば使って構わない、と仰って下さいました。
申し訳ない気持ちはありましたが、今の私達とって大変有難いお言葉でした。
ちなみにその代わりに、というわけではないですが、二人から頼みごともされていまして。
彼女達の家の中の大事なものを、大樹の家の方へ移動させて欲しいそうなんです。
二人からは『どうしても持ってきて欲しいものリスト』は預かっているので、今日はそちらを探す方がメイン。
自分達の生活は大事ですけれど、とりあえずは現状、辛うじてではありますが何とかなっています。
今の私達には失うものなんてお互いの命以外は何もない。
でもピリカ達の大事なものは別です。
あの家にはきっと、二人の思い出がたくさん詰まっている。
家は破壊されてしまいましたが、その中に大事なものがまだ残っていれば――無傷というわけではなくても残っていれば、出来る限り見つけてピリカ達に渡してあげたい。
思い出は心の中にとは言いますけれど、それでもそれが宿っている物はまた別だと思うのです。
本当は全部と言いたいところなんですけどね。
大事な物は先に、残りは出来る限りと言ったところでしょうか。
さて、そうして物を移動するにあたって、実はピリカも一緒に行くと言ってくれたんですよ。
ですが大型の魔獣の件もあります。
周囲の安全を確認出来るまでは、戦えないピリカは連れて行かない方が良いだろうと、全員で話して決めました。
ピリカは残念そうでしたが、話をしたら納得してくれました。良い子。
まぁでも、それは私とランにも言える事。武器は戻ってきましたが、戦いになれば私とランもさほど役には立たないんですよね。
しかし戦闘では役に立てなくても、他に出来る事があります。
私とランが来た理由は、その大型の魔獣の件だったりします。
昨日はトールさんのこともあって、周囲を良く調べる前に大樹の家の方へ戻ったので、改めて調査をしておこうと思ったんですよ。
件の魔獣は結局、誰も姿を見ていないのですが、これがなかなかに恐怖を煽りましてですね。想像だけで嫌な予感が色々膨れ上がってしまいまして、精神衛生上あまりよろしくない。
もちろん出会わないままどこかへ行ってくれたら良いなという希望的観測は持っていますけれど、いざという時のための心構えとして調べておきたいなって。
あとピリカの家の近くにあった石碑のことも。
やはりあれはトールさん曰く大樹の結界に絡んだものらしいんですよ。大樹の結界ののれん分けというか、何というか……そんな感じらしいです。
家の様子から効力を発揮していないのは一目瞭然。大樹の結界と同じく『喚起』すれば戻るか、それとも壊れているのかを確かめたい。
もし使えるならば、一時的に――ピリカ達の家を建て直すかもしれませんし――あれを、大樹の結界の方へ移動させたいなと考えていまして。
二重の結界があれば、色々な心配事も減るかなと。例えばどちらかの結界がなくなったと時とか。
もちろん結界に頼り切りなのはいけないんですけどね。自分達でも防衛手段を色々と練らなくてはなりません。
そんなこんなで。
つまり私がついてきたのは石碑の件が大きいです。そうでないと「お嬢、ホーム!」なんて言われてお留守番の可能性が大。言うのはランですけど。
「それにしても、随分と派手にやられておるなぁ」
ボロボロになった家を見上げてロイドが言います。
ランの言葉通り、家のあちこちには大きな穴が空いていたり、崩れていたりと、その様はまるで最初に見つけた空き家のよう。
空き家と違うのは自然に壊れた風ではないのと、屋根はまだしっかりついている事くらいですかね。
「あれとかこれとかをちょちょいっとすれば、住めなくはないですね! 修繕の達人ランちゃんにお任せあれ!」
「ほうほう、修繕の達人」
「しかし屋根は綺麗に吹っ飛んでいったがのう」
「はっはっは! ご安心を、心根までは吹っ飛んでいません!」
心根は大事ですね。
そんなやり取りをして笑っていると、ふっとランが真面目な顔になります。
「でも、ちょっと変ですよね」
「変?」
「ええ。家の壊され方が」
そう言ってランはしゃがみ込み、地面についた魔獣らしき足跡の上の空気に、つい、と指で触れます。
「魔獣が人を襲うのは、人を食糧として見ている時です。確かにこの家には人の匂いや痕跡は残っていますけれど、それでも、ここまでするものでしょうか?」
「言われてみれば……」
確かに、ここまで破壊する事はないかもしれません。
住人を探していたにせよ、それならば自分が入る穴だけで十分のはず。
この壊され方はもっと、こう――――。
「――――魔獣が興奮していた?」
「ええ。その可能性があると僕は思います」
出てきた考えを言うとランが頷いてくれました。
するとロイドが「ふうむ」と腕を組みます。
「何らかで魔獣が興奮していて、この家を襲ったとして。何かしら理由があるはずだが……」
言いながらロイドが周囲を見回します。
私も同じように周りを見ていると、不意に、違和感に気が付きました。
家の周りの森の木々。これだけ家が破壊されるくらいの力がある魔獣です、周囲の木々の一本や二本、平気でへし折っていそうなものなのに、全くの無傷。
さすがにこれはおかしい。
「見たところ家の周囲の木々に被害は見られませんね。となると、この家だけを狙っての行動でしょうか?」
「狙いが家であれば良いのですがの」
「ほほう? つまり老師的には狙いはピリカ達であると?」
「これも可能性の話であるがのう」
なるほど……。
でも、あり得る可能性ですね。
そう言えば、トールさんが『ピリカをまだ町へ連れて行けない』と仰っていましたが、それが関係しているのでしょうか。
まぁ魔獣の狙いがピリカ達にあるとしても、放り出すなんて選択肢は最初からありませんけれども。
そんな事を考えていると、ロイドが話を続けます。
「問題は魔獣が自発的に狙ったか、それとも他者から狙わされたか、じゃが」
「どちらにせよ危険な奴ですね」
「ですね、お嬢。厄介度がマシマシって奴です!」
「麺料理の増量みたいな事を言いおって」
ロイドが半眼になって言います。
マシマシっていのは、あれです。麺料理のお店で麺の量とか、具材とか、味の濃さとかを増やしたい時に常連客が言う専門用語みたいなもの。
私もいつか言おう、言おうと思って、言えず仕舞いなんですけれど。するっと出てくるあたり、ランはよく使っているのでしょうか。うらやましい。
まぁ、それはともかく。
「そうなると結界の存在は大事ですね」
家の前の石碑に目をやると、二人も「確かに」と言ってくれました。
「とにかく作業を始めますか」
「そうですね! ランちゃんは魔獣を調べちゃいます!」
「わしは貰ったリストの物を探すかのう」
「私も石碑を調べ終わったらロイドの方に加わりますね」
「ランちゃんもです!」
役割分担はするっと決まり、私達は動き始めました。
陽が暮れる前に出来る限り進めておいたいですね。
私が「さあ、やるぞ」と気合を入れていると、
「そう言えば『興奮』ってお嬢が言うと何かドキッとしますね!」
なんてランが言ってロイドにため息を吐かれておりました。
何と言う時間差!




