第二十話「しばらくご厄介に」
焼き魚とベタ草のサラダというおなじみの朝食を終えた後、トールさんはヴィオの町に戻る事になりました。
まぁ何と言っても彼は兵士長さんですからね。
一日二日は大丈夫でしょうが、そう何日も連絡もなく、職場を離れるわけにはいかないでしょう。
それなら当然ピリカも一緒に行くんだろうなぁなどと少々寂しく思っていたところ、トールさんから「ピリカをしばらく預かって貰えないか」と言われました。
「それは構いませんが……家族一緒の方が良いのでは?」
「少し事情があってな。詳しくは話せないが……まだピリカを町へ連れていくわけにはいかないんだ」
そう話ながらトールさんはピリカの頭を優しく撫でます。
どうやら込み入った事情がある様子。
話を聞いていたロイドが「ふむ」と顎をさすります。
「それは大樹の結界範囲内にあるあの家で、この子が暮らしていた事と関係があるのかの?」
「ええ」
ロイドの問いかけにトールさんは頷きました。
だがそれ以上は口を噤んだまま。よほど口外したくない事のようです。
確かに変だなぁとは思ったんですよ。
幾ら結界があるとは言えど、この辺りはサジェスとヴィオの国境付近。神域であっても状況によっては確実に戦火に巻き込まれる場所です。
そこに子供が一人きり――トールさんも住んでいたかもしれませんが――とは、幾らなんでも危険すぎる。
家族仲も良好のようですから、放り出していたなんて事もなさそう。
で、あれば、何なのか。
そうは思いましたが、ここで無理に理由を聞いても、トールさんの様子では教えてくれなさそうですね。
まだまだ友好さとか親密さとか、そういったお互いの関係性が足りないようです。無念。
まぁいつか話してくれるでしょうし、そこは置いておいて。
でもピリカはそれで良いのかな、なんて思って顔を向けると、彼女はにこっと笑い頷きます。
「ピリカも、お嬢達と一緒なの、嬉しいです」
「分かりました! 預かりましょう!」
「お嬢が落ちましたよ、老師!」
「一瞬か」
「速ぇ」
ピリカがかわいい事を言ってくれるので、思考回路は真っ直ぐに「ヘイカモン!」と反応しました。
ラン達に何か言われていますけれど、そこはまるっとスルーです。だってうちのピリカがかわいい。
「そう言えば、アリアはどうするんです?」
ピリカを抱きしめたい衝動に駆られていたところ、ランがふと、アリアにそう聞きました。
アリアはヴィオの兵士で、トールさんの部下です。元々道に迷って町へ帰れなくなっていたために、私達と暮らす事になったわけですから、方向音痴の問題が解決出来れば戻るのやも。
それもそれで寂しいですね。
そんな風に思っていると、アリアは「うーん」と顎に手を当てて、何か考え込む素振りを見せました。
「私は……そうだな。もしお嬢達が良ければ、しばらくここでご厄介願えないでしょうか」
そうして返ってきた答えに、私達は揃って目を瞬きます。
「おや、帰らなくて良いんですか?」
「他の兵士がやって来た時に、私がいれば話もしやすいかなと」
「ふーむ、それは確かに……じゃが、仕事の方は良いのか?」
ロイドにそう聞かれ、トールさんは「ふむ」と腕を組みます。
「ピリカの事もあるし、私としても有難いが……」
トールさんはそのまま私の方を見てきます。
これは良いのかどうかを問われている視線。
ヴィオ兵士云々もありますが、戦力的にアリアがいてくれるのは有難いことこの上ないですが、ふむ。
私がロイド達に目をやると、彼らは頷き返してくれます。良いんじゃない、という感じですね。
なので私は有難く厚意を受け取る事にしました。
「アリアが兵士をクビにならなければ、喜んで」
「そこは保障しかねるな」
「働かざる者食うべからずという奴ですね!」
「そんなっ」
トールさんとランの追い打ちに青ざめるアリア。
喜ばせて落とすとはこういう事か。
ですが直ぐに、トールさんが「冗談だ」と笑います。
「士長の冗談は心臓に悪いですよ……」
「悪い悪い。上や周囲には私の方で上手く言っておく。……頼んだぞ、アリア」
「ハッ!」
トールさんの言葉にアリアがスッと胸を叩いて答えます。
このメリハリの良さが小気味良いですね。
「とは言え、私も近々また来るつもりだがな」
まぁピリカの事が心配でしょうからね。
そこでふと、私の頭の中に、破壊されたピリカの家が浮かびました。
「そう言えば、トールさんはピリカと一緒にあの家に住んでいたんですか?」
「ああ。仕事もあって、週に四度ほどしか帰れないが……な。それがどうしたんだ?」
「いえ。あの家の破壊っぷりを見る限り、どうもウッドウルフ以外で大型の魔獣がいるようなので、ご存じかないと」
「魔獣? …………確かに、違う足跡が混ざっていた……ような」
トールさんは眉間にしわをよせ、思い出すように言います。
どうやらピリカの事で頭がいっぱいだったのか、細部はよく覚えていないようですね。
状況が状況だけに、これは仕方がない。私だってロイドやランに何かあったと思ったら冷静ではいられませんし。
ですがこの反応、トールさんは本当にご存じないようです。
「私はまだ見た事がないな」
「そうですか……ちなみにアリアやマーチはどうです?」
「いえ、残念ながら」
「俺も見てねぇっスねぇ……つーか、そんなヤバイのいるんスか、コワイ」
マーチがひい、と大げさに怯えて見せます。
それを見てアリアがニッと笑いました。
「フッご安心を! そのような魔獣からも、このアリアが皆様をお守り致します!」
「お前のその自信は、いつもどこから出て来るんだ?」
「実力です!」
苦笑するトールさんに、アリアは力強く答えました。
ここまで断言できるところがアリアの良い所ですね。トールさんも否定はしませんでしたし、あながち、間違ってはいないのかも。
頼もしいながらも、やはり――――心配は心配ですね。
何か手を考えた方が良さそうだなと思いながら、私は窓の外へ目を向けます。
結界は今日も淡く綺麗に光を放っていました。




