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第十九話「朝の風景」


 翌日。

 とりあえずトールさんは大樹の家に一泊して行きました。

 色々と話をしていたら、すっかり日が暮れてしまったものですから。

 夜の森を歩くというのは、魔獣の危険性も勿論ですが、暗さで方向感覚も狂いかねないので危ないんですよ。


 ……何て言っておいてアレですが、私達よく無事でしたね。

 野営の準備も出来ない状態で、土地勘もない森の中で彷徨い歩くなんてなかなかのチャレンジャー。

 私は早々にランとロイドに再会出来たから良かったものの、私達を探して歩いていたマーチとアリアは大変だった事でしょう。

 やはり、運が良い。


「キュイキュイ(おはよー)」


 そんな事を考えながら外で顔を洗っていたら、オパールがぱたぱたと飛んできました。


「おはようございます、オパール。よく眠れましたか?」

「キュイ(ねむれたー)」


 どうやら睡眠はばっちりのようです。寝る子は育つと言いますし、オパールはきっと今よりずっと大きく元気に成長してくれる事でしょう。

 あまり大きくなり過ぎると住居の心配がありますが、まぁその時はその時です。その際に私達がご飯として認識されなければ十分ですとも。

 しみじみそう思っていると、キィ、とドアが開く音が聞こえました。

 そちらの方へ顔を向けるとトールさんが、やや眠そうな顔で出てきます。

 トールさんは欠伸をし大きく伸びたあと私に気が付いて近づいてきました。


「おはようございます、トールさん。寝心地はどうでした?」

「ああ。久々にぐっすり眠れた気がするよ。……ここは落ち着くな」


 白い歯を見せて笑うと、トールさんは大樹を見上げました。

 つられて私も見上げると、淡い光を放つ木々の枝葉が、隙間に差し込む朝日に照らされ煌めいています。

 そよ風に撫でられさやさやと揺れる大樹を眺めていると、ふとオパールがぱたぱたとトールさんに近づきます。

 羽ばたきの音にトールさんがオパールの方へ目を向けました。


「…………」


 しばしの無言。

 それからトールさんはザッと後ずさります。


「り、竜っ!?」


 驚くトールさん。

 昨日紹介しているのだから、そんなに驚く事は……あれ?

 ……そう言えば、オパールの事って話しましたっけ。

 昨日は確か、これまでの事を話した後、緊張感が抜けてどっと疲れが出て……夕食を食べて、そのまま寝てしまった、ような。


「……すみません、トールさん。まだ話していませんでした。この子はオパールです」

「お、オパール?」

「ええ。実は先日、川の上流から流れてきた卵を拾いまして……こう、孵ったんですよ」

「竜が……孵る……」


 トールさんが呆然とした顔でオパールを見ています。

 オパールはそんなトールさんを見て「キュイ(どうしたの?)」と首を傾げました。

 それにしても、この子は動じませんね。ピリカといい、オパールといい、子供達のどっしりとした落ち着きっぷりを私も見習わねば。


「一応、私が刷り込みで親扱いになっているので、食べたりしませんよ。たぶん」

「いささか不安な言葉が混ざったが、信じよう。……しかし、白い竜か」


 ふむ、とトールさんは腕を組みます。


「神域で白い竜とは、まるで守護竜のようじゃないか」

「守護竜?」


 守護竜とは確か、神域を守る竜の事だったとはず。

 創世神話の一端に綴られている話ですが、サジェス神とヴィオ神が始まりの地であるこの神域を守るために、自身の力を分け与えて作り出したのが守護竜なのだそうですが。

 ……サジェスで読んだ創世神話には、竜の身体は黒、と書かれていたんですよね。


「ヴィオの創世神話では守護竜は白色なのですか?」

「ああ。サジェスは違うのか?」

「うちは黒ですね」

「黒?」

「ええ。インクの色です」

「ああ、なるほど……そうなると、うちは紙か」


 ふむ、とトールさんは顎に手を当て、オパールをしげしげと見つめます。


「……同じ創世神話でも、違う部分があるのだなぁ」

「そうですねぇ」


 しみじみと頷く私。

 創世神話というものは、お伽話のようなものでもあります。

 実際にあったかもしれないし、なかったかもしれない。

 誰も見たことがないけれど、でも誰かが言い出して、文章として後世に語り継がれている。

 サジェスでも、ヴィオでも同じく、等しく。

 そのどちらが正しくて、どちらかが間違っているなんて事は私は言いません。だって、こういう違いって面白いですよね。

 サジェスにずっと籠っていたら分からなかった事です。色々ありましたけれど、こういう発見は嬉しいし、大歓迎です。


「ところで、スノーさん」


 そんな事を想っていると、ふと、トールさんがこちらを向きました。


「何でしょう?」

「君達はサジェスの人間だと言っていたが……」

「言いましたね」

「その中で、君はそこそこ()の人間だろう?」


 おや、核心を。


「そうですね。まぁ、そこそこ()ですよ」

「そうか。……ロイドさんの様子を見て、そうではないかと思っていた。あれほど腕の立つ従者を伴っているならば、もしや、とな」

「そうでしょう! うちのロイドは強いんですよ! ですが、ロイドに追いつくほど、私の中身は伴ってはいませんけどね」


 ロイドを褒められ嬉して飛びあがったテンションでそう言うと、トールさんは目を瞬いた後に苦笑します。


「そんな事はないだろうに。誰かから慕われるというのは、それだけで大した事だ」


 ……何だか褒められ過ぎて顔が熱い。

 皆が私に良くしてくれるのは、祖父や両親の人柄のおかげです。私はその恩恵をフルで受け取っているに過ぎませんし。

 いつかそうなれたら良いと思っていますけれど、まだまだです。


「でもそれはトールさんもそうでしょう」

「そうか?」

「ええ。ピリカやアリアさんを見ていれば何となく分かります」

「そうだと良いのだがなぁ……」

「誰かから慕われるというのは、それだけで大した事だ」

「む」

「……でしょう?」


 言われた言葉をそっくり返すと、トールさんは虚を突かれた顔をしたあと、口を大きく開けて笑います。

 しばらく笑ったあと、トールさんは息を吐きます。昨日に比べると大分表情が柔らかい。


「……まさか、こんな場所でサジェスの人間と笑って話をするとは思わなかった」

「同意します」


 ヴィオの兵士と出会って、無事で済むなんて思いませんでしたから。

 実際に私達だけだったら直ぐに捕まるか、斬られるかどちらかだったでしょう。

 ピリカとマーチのおかげですね。


「一つ聞きたいんだが」

「はいはい」

「ヴィオとサジェスは今、戦争中だ」

「はい」

「その上で、君はヴィオの人間をどう思う?」


 少しだけ真面目な顔でトールさんは言います。

 どう、と来ましたか。

 正直に言いますと、今までヴィオの人間と接した事って、ほとんどないんですよ。何といっても争っている最中ですからね。

 だからヴィオの人間とちゃんと話をするのはピリカやアリア、トールさんの三人が初めてです。

 ヴィオの人間は野蛮だとか、非道だとか――そういう話はごくたまに聞こえてはきましたけれど、知らないから言える事。

 私が彼等と出会って、感じた事。腕を組んで考え込む事、少し。


「別段、どうも」


 それが正直な感想でした。


「ほう?」


 トールさんが興味深そうに軽く目を細めたのを見ながら、私は続けます。


「ピリカやアリア、トールさんに限定するなら良い人だなぁって思いますよ。でも、ヴィオの人間全員をくくれと仰るのならばお答え致しかねます。だって会った事がありませんからね。良い人だっているし、そうじゃない人だっている。それを全部ひっくるめて決めるのは恐れ多いです」


 価値観は人それぞれ、性格だって人それぞれ。たまたま見えた一つを手に取って、これがそうだと宣言するのはお門違いと言う者です。大体そんなもの、で括れるほど世の中は狭くありません。

 占いだって十の内、一つか二つ当たれば当たったような気になりますし。

 安全な場所に立って、たった一つの側面だけを取り上げて決めつけるのは、何も知らない事より恥ずかしい事だと祖父も良く言っていました。

 だから、そういう事です。そう答えるとトールさんは「そうか」と小さく頷きます。


「私はヴィオの、いち兵士長だ。国のために剣を取り戦うのが仕事で、役割だ。多くの敵兵を送ったし、多くの味方も見送ってきた。何人も部下が死んで、何人も相手の部下を死なせた。君達の敵だ」

「…………」

「その上で聞く。君はそれを、どう思う」


 真剣な眼差し。

 その質問は少しずるいなとも思いますが、いつか聞かれるものでもありましょう。 

 ですので少し考えて、


「普通に暮らしたいですね」

「は?」


――――なんて答えたら、不可解そうに返されました。

 まぁ自分でもズレた回答だったとは思いますが、作った答えなんて意味がないので正直にそう言いました。


「だって、そうでなければ話も出来ないですし」

「話か」

「ええ」

「敵とか」

「どんな戦いであっても、どんな経過であっても、最後は話し合いになるでしょう?」


 私がそう言うと、トールさんはきょとんとした顔になりました。


「…………話し合いか」

「ええ」

「最後は、か」

「ええ」

「…………ああ、そうだなぁ」


 トールさんは何とも言えない顔になって、再び大樹を見上げます。

 キラキラと降り注ぐ木漏れ日。

 何だか光の雨みたいですね。


「そろそろ、最後がいいなぁ……」


 そうしてポツリとそう呟きました。

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