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第十八話「敵の兵士長に見つかりました」

 

 大樹のふもとの家に戻った後、私達はピリカの『お父さん』とテーブルを挟んで向かい合い座っていました。その隣にはピリカが座って「仕方ないなぁ」って顔で彼の顔を見上げています。でも、何だか安心した顔をしているので、やっぱり家族と再会出来た事が嬉しかったのでしょう。良かった、良かった。


「先ほどは大変失礼した。改めて、ピリカの父のトールだ。娘が大変お世話になったようで……勘違いして斬りかかってしまい、申し訳ないっ」


 そう言ってトールさんはテーブルに額がつく勢いで――というか実際にぶつけたが――頭を下げました。


「いえいえ、顔を上げてください。あの状況では仕方ないでしょうし、誤解が解けて良かったです」

「面目ない……」


 私がそう言うと、トールさんは顔を上げました。しかしまだ、申し訳なくて仕方がない、という表情になっています。

 屈強そうな相手からここまで恐縮されると、何ともむずむずしますね。

 どうしたら和ませる事が出来るでしょうかなどと考えていると、私の斜め後ろに立っていたアリアさんが、


「しかし、トール士長がこちらにいらしていたとは、驚きました」


 と言いました。

 ……うん、士長?

 どうやらお知り合いだった模様。でもアリアはトールさんのお子さんのピリカの事は知らなかったんですよね。

 まぁでも、上司でも部下でも家族構成を全部知っているというのは珍しい方か。


「それは私の台詞だ。サジェスの兵士の捜索に行ったまま戻って来ないと聞いて、また迷子にでもなっているのかと思っていたが――……」

「実際にこいつ迷子だったっスよ。森の中で腹減らして行き倒れてたし」

「マーチっ」


 さらりと暴露するマーチの口を、アリア―ー呼び捨てにしてくれと言われたのでそう呼ぶようになりました――が大慌てで塞ぎます。

 けれど一足遅かった模様。全部を聞いたトールさんが手で顔を覆います。


「やはりか……。ああ、もう本当に部下の事まで申し訳ない……」


 トールさんはとても疲れたようにそう言いました。

 この口振りだとアリアは何度も迷子になっていそうですね。

 それでもこうして無事でいる所を見るとなかなか運が良さそうな予感。


「アリアは悪運が強いのですね!」


 と思っていたら、ランが思っていた事を言ってくれました。

 まぁアリアは別に悪い事をしているわけではないので、悪運とは言えないないのですが、ニュアンス的にはそんな感じです。

 褒められた(?)アリアも満更ではなさそう。

 そんな風にちょっと得意げになっているアリアの直ぐ傍では、口を塞がれたままのマーチがじたばたしています。

 ……あ、鼻もふさいじゃっていますね、あれ。


「アリア、マーチがそろそろ天に召されそうです」

「あっす、すまない、つい……」


 私がそう言うと、アリアは思い出したようにパッと手を放しました。

 バツが悪そうな顔をしていると、本当に忘れていた模様。

 自由になったマーチは、青い顔をしながらぜいぜいと呼吸をしています。


「マジで死ぬかと思った……」

「どんまい」


 そんなマーチをピリカが慰めます。

 マーチは「ピリカの優しさがありがてぇ……」と嘆いていました。

 私達が苦笑していると、ふと、トールさんが真面目な顔になって、


「それで、君達の事を聞いても良いだろうか?」


 と聞いてきました。

 ……さすがに、こんな場所でこの人数で生活しているとなると、おかしいとは分かるのでしょう。トールさんの目に探るような色が混ざります。

 トールさんの言葉にアリアが困ったように口を一文字に噤みました。この場で私達の正体を知っているヴィオの人間はピリカとアリアの二人です。

 ピリカはともかくとして、アリアはヴィオ王国の兵士。それにどうやらトールさんの部下でもある様子。

 躊躇ってくれただけで十分です。

 私はアリアに笑いかけると、トールさんの目を見て――まずは当たり障りのない所から話し始めました。


「私はスノー、こちらは私の従者のロイドとラン、それにマーチです」


 私がそう言うと、マーチが少し驚いた顔をしました。それから僅かに目を伏せます。何だか申し訳なさそうな、そんな雰囲気を感じます。

 ちなみにオパールはトールさんを余計に驚かすといけないので二階に隠れて貰っています。

 さて、自己紹介が済むとトールさんは「そうか」と小さく呟き、そして、


「……単刀直入に聞くが、君達はヴィオの人間ではないな」


 と言いました。

 ……これはまた直球に来ましたね。

 誤魔化すか、話すか――――答え方次第ではアリアにも被害が及びかねない。

 ここで下手に誤魔化しても、いつかはバレる話です。なら否定するのではなく、交渉を引き出すのが得策か。

 そう考えて、私はラン達を見上げました。やや表情は硬いですが、それぞれ小さく頷いてくれます。

 なので私はトールさんに「そうです」と答えました。

 トールさんはテーブルの上で手を組んだ後、深く息を吐きます。


「誤魔化す気はない、か」

「そう聞かれた以上は確信がおありでしょうし。でも、差支えなければ理由をお伺いしても?」

「ああ。ここはヴィオ王国にとっては神域と呼ばれる場所でな。ヴィオの人間ならば滅多に寄り付かないからな」

「アリアはいましたが」

「……例外と思って欲しい」


 トールさんがやや目を逸らして言うと、アリアが何とも気まずそうな顔になりました。

 ああしかし、そうか、ここは神域なのか。それならば大樹と結界にも納得がいきます。


「お嬢、神域って何スか?」

「神域というのは創世神話に絡む話なんですよ」


 マーチに聞かれ、私は簡単に創世神話の一節を話します。


「二柱の神の影が白紙の世界を綴る。

 一柱の神はヴィオ、一柱の神はサジェス。

 長く長く伸びた二柱の神の影は、白紙の大地の上を綴り、大地を、海を、川を、木々を描いて行く。

 描いたものに命を宿らせる為にヴィオとサジェスはそれぞれに大地に降り立った。

 二柱の神の手が大地に触れると、二柱を中心に伸びた影が光へと変わり、生命が吹きこまれて行った」


 これがこの世界の創世神話。

 サジェスでも、確かヴィオでも同じく伝えられている話です。


「白紙の世界……」

「ええ。簡単に言うと、この世界は白紙と(インク)から出来ているそうですよ。それで……」


 言いながら私は窓から大樹を見上げる。


「神域は、二柱の神々が世界を描き始めた場所と言われています」

「……オレら何つー場所に住んでんスかね?」


 若干呆けた顔でマーチは言います。

 彼の言葉はもっともですね、知らないと言うのは恐ろしい。

 神域の重要性はもちろんですが、サジェスとヴィオが争う原因もここなんですよ。

 二つの国の境界線上にあるために、どちらの国も神域の所有権を主張しているんです。つまりは領土争いですね。

 今はヴィオの領土になっていますが、昔から取ったり取られたりを繰り返しているため、結局の所、どちらの国の領土かというのは曖昧なんですよねぇ。


「まぁでも、ここで住むようになったのは成り行きですし。結界を治したお礼にと、家を建ててくれた人がいまして」

「何?」


 私がそう言うとトールさんがピクリと反応をしました。


「建てて貰った?」

「ええ。精霊の方に」

「―――――」


 するとトールさんは驚愕に目を見開いたあと、疲れたように体の力を抜いて背もたれに身体を預けました。


「……そうか、どうりで結界がちゃんと動いていると思った」


 呟くその言葉が、少し意外に思えました。

 言っておいて何ですが、精霊に家を建てて貰ったなんて、普通は納得しないと思いましたから。


「信じて頂けるんですか?」

「ああ。大樹の精霊は良く知っているからな」

「え?」

「いや、こちらの話だ。……そうか、それならば、精霊に許可を受けた君達をおいそれと捕まえるわけにはいかないな」

「本当ですか、士長っ」


 すると誰よりも早くアリアが顔を輝かせ、そう言いました。

 アリアは安堵の表情を浮かべていて、本当に喜んでくれているようです。

 出会って間もない、敵対するサジェスの人間の無事を。

 じんわりと胸が暖かくなるのを感じました。


「有難いのですが、本当に良いのですか? その、立場とか」

「立場としても、状況としても良くはないな。ヴィオとサジェスは戦争中だし、君達は不法入国者だ」


 だが、とトールさんは隣に座るピリカに目をやります。

 やり取りを不安そうに、そして静かに聞いていたピリカは少しだけ首を傾げました。


「娘を助けてくれた恩を、仇で返すような真似は出来ようか」


 トールさんはそう言って、ようやく表情を緩めます。

 その笑顔がピリカにちょっと似ていてました。

 

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