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第十七話「そろそろ服が欲しいかなって」


 衣服とは人々が身体を守るため、また自分が置かれた社会的地位を表現するために、人が作り、発展させてきたものです。

 衣服が作られなければ、私たちは裸一貫。冬なんて考えられないくらいに辛い日々を送っていた事でしょう。衣服を身体の保護のためだけではなく、お洒落として着用できる事は実はとても凄い事なのではないでしょうか。

 なんて事を、一着しかない服を見下ろして思いました。


「そろそろ服が欲しいですよねぇ……」


 思わずため息が零れます。

 お洒落はそんなに興味がある方ではないのですが、さすがにこれからの事を考えると一着は辛い。今はこの一着を洗って着ているのですが、乾くまでの間、何も出来ないんですよねぇ。

 服だけじゃなく下着もですが、出来ればあと二、三着は欲しい所です。暖かい今ならまだしも寒くなったらさすがにコートだけでは追いつきませんし。


 それに衣服もそうですが、家具関係も何とかしたいんですよね。

 精霊のライカさんがこの家をプレゼントしてくれたまでは良いんですが、家具がほとんどないんですよ。

 一応、ベッドとか、棚とか、そういう木だけで出来るものはあるんですが、シーツとか毛布とか、そういう類のものは全くなかったんですよ。

 作って頂いておいて贅沢を言うなとはもちろん思うんですけどね、さすがにそろそろ考えないと体も割と痛いです。


「ぼうっとしてどうしたんですかの、お嬢?」


 何とか出来ないものかと考えていると、ひょいと廊下からロイドが顔を覗かせました。


「ああ、いえ、そろそろ服が欲しいなと」

「なるほど……確かに、一着では不便ですなぁ」

「リメイクをとも考えたんですけどね。でも、どれもこれもサジェスの紋章入りですし、万が一使う事になったらどうしようかなと」

「ああ、確かに……」


 ロイドは腕を組むと、少し考えて、


「ふーむ。機織りの機械とはいきませんが、編み棒なら何とかなると思いますのう」


 と言いました。

 なるほど、編み棒!

 編み物の類ならば私も少し自信があります。マフラーとか、手袋くらいですけど。

 セーターは作った事はありませんが、作り方は本で読んだ事があるので何とかなるでしょう。

 問題は毛糸の確保と、これから来る季節が夏という事くらい。


「暑くなるんですよなぁ……」

「暑くなるんですよねぇ……」


 どうやら同じことを考えたようです。


「せめて針と糸があれば、前の空き家のシーツやカーテンをお借りして、何か作れそうなんですけどね」

「針ですか、ふーむ。ニードルラットが生息していれば代用は可能ですが」

「あー、確かに」


 ニードルラットというのは三十センチほどの大きさの小型の魔獣です。見た目は普通のネズミなんですが、体を覆う毛が針のように鋭いんですよ。

 その毛、一応、針として代用できるんですよ。ただ、糸を通す穴がないので括りつけて使う事になるから、ちょっと刺した穴が太くなってしまうんですけど。


「ニードルラットって砂漠に生息しているんでしたっけ」

「ええ。……ヴィオ王国には砂漠はありませんからなぁ」


 ロイドが残念そうにそう言います。

 ヴィオ王国は自然豊かで肥沃な土地で多くの生物にとっては住みやすい国なのですが、ニードルラットにとってはそうではないようで。

 彼らは砂漠地帯を好んで生息しています。もとは砂漠になった場所で生きるしかなかったネズミが順応した結果、そのように進化したのだと本に書いてありました。

 順応出来なければ自然に淘汰されてしまう、世の中とはかくも厳しいものです。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――――と、いうわけなんですよ」


 ヴィオの森の中。

 食料確保のためにロイドとピリカの三人で歩きながら、私はそう話します。

 するとピリカはこくこく頷いて、


「身だしなみは大事だって、お父さんも言っていました」

「ですよね。さすがピリカは良く分かってくれて嬉しいです」

「えへへ……」

「お嬢は最初、作業着が欲しいみたいな勢いでしたがなぁ」


 そこは触れずにそっとしておいていただきたい。 


「そんな事はないですよ、ロイド。私とて女性です、王城で身だしなみの重要さはしかと叩き込まれましたとも!」

「つまり王城以前はさほど重要視はしていなかったと」


 オウ、ヤブヘビ!

 うっかり墓穴を掘ってしまい頭を抱えると、ロイドとピリカにくすくすと笑われてしまいました。

 ……まぁ笑ってくれたなら良いという事にしますか、うん。


「でも、服とか針とか……それなら、何とかなるかもしれません、です」

「えっ本当ですか?」

「はい。あの、えっと……たぶん、あっちの方です」


 そう言うとピリカは歩き出します。

 どういう事だろうと私とロイドは首を傾げましたが、ひとまずピリカの後をついて行く事にしました。

 

 そうして進んでいく事しばし。

 木々の天井がぽっかりとあき、太陽の日差しがキラキラと差し込む広場に、小さな家が見えてきました。

 その家は魔獣に襲われたのか、あちこちが穴が空き、壊れ、酷い有様でした。


「あった! ありました、お嬢、老師。あの、こんなになっちゃっています、けど、ピリカの家です」

「えっピリカの家ですか?」

「はい」


 こくり、とピリカは頷きます。


「魔獣が襲ってきて、最初は家に隠れていたんですけど、見つかってしまって。必死で逃げてもうだめだって時に、マーチさんが助けてくれたんです」

「なるほどのう……」


 ふむ、とロイドが顎をさすります。それから空を見上げ、ふむ、と呟きました。


「ここは結界の範囲内か。ならば最初は危険が少なかったんじゃろうが……」

「効力が薄れた事で、魔獣達が入り込んでしまったんですね。ですが、そうなると……」

「ウッドウルフ以外にも、まだいる可能性がありますな。この家の壊れよう、どう見ても奴らだけではないでしょう」


 私の言葉を引き継いで、ロイドがそう話します。

 家の様子を見る限り、荒し方や壊し方がどうにも違う。そう思って地面を見ると、大きな獣の足跡が残っていました。

 この大きさはウッドウルフのような中型の魔獣ではなく、もっと大きな――大型の魔獣のもの。

 うーん……もしかしたら、(ベア)系の魔獣かもしれない。


「ピリカ、どうですか?」

「えっと、ピリカが見た中にはいませんでした」

「ふむ。そうなるとピリカが家を出た後でという事でしょう。ある意味、運が良かった」


 そういてロイドはピリカの頭をそっと撫でます。

 人の味と、その狩り方を覚えた肉食系の魔獣は、町へ行く可能性があります。

 人が彼らの食料として認識された場合、豊富ですからね。これは中型、大型を問わない話ではありますが――抵抗が厳しい大型の魔獣であった場合、その被害は甚大です。

 もしここでピリカが襲われていたらヴィオの町も、そして私達も無事では済まなかったでしょう。

 ピリカにも、そしてピリカを救ったマーチにも、感謝しなければ。

 戻ったらマーチにも何かお礼をしようと考えながら家の周囲を眺めていると、ふと、小さな石碑のようなものが目に付きました。

 大樹のふもとにある石碑と似ている気がします。

 近づいて石碑に刻まれた文字を読んでみると、やはり同じような結界を起動するための(キー)の模様。


「お嬢、それは大樹の所にあるものと同じものですかな?」

「そうみたいですね。場所は限定的みたいですけれど」

「限定的?」

「ええ。この家と、その周囲を守る結界のようです」


 ロイドに私は頷きます。

 ピリカがここに住んでいたと言うのならば、恐らくこの結界はピリカを守るためのもの。

 ……そう言えば、大樹で出会った精霊のライカさんが『見守る事ができる』と言っていましたけれど、もしかしてそれって……。


 そう思いピリカに視線を向けた時。

 ガシャン、

 と、家の中から何か物音がしました。

 もしかしたら大型の魔獣やも。


「お嬢、ピリカ。わしの後ろへ」


 目を細め、警戒しながら剣を抜いたロイドが一歩前へ出ます。

 私はその指示に従って、ピリカの手を握って数歩後ろに下がりました。

 一応私も武器は持ってきています。いざという時は私も……。

 ごくり、

 と、緊張しながら家の方を注視する私達。

 すると、


「ピリカ! ピリカ、どこにいるんだ!?」


 と、何やら必死でピリカの名を呼ぶ、男性の声が聞こえてきました。

 それから直ぐに家の中から誰かが飛び出てきます。

 あの装い――アリアさんと良く似ていますね。もしかしたらあの人もヴィオ王国の兵士でしょうか。 

 それはそれで見つかったら大変ですが、しかし――――。


「ピリカ!? ……貴様ら、何者だ!?」


 男性は私の隣にいるピリカを見つけると、安堵の表情を一瞬浮かべ、すぐに険しくこちらを睨んできます。

 あれは憤怒の形相。

 ……もしかしなくても、何か勘違いされている予感。


「人さらいか、ピリカに手を出そうとした事……後悔させてやる!」


 そう怒鳴って男性は剣を抜き、こちらへ突っ込んできます。


「えっ、いや、ちょっとお待ちを!?」

「問答無用!」

「お嬢、ここはワシが」


 私達をかばい、ロイドが剣で応戦します。

 ピリピリと空気が奮えるのを感じる。


「……っ、お主、ちょっと話をじゃな」

「悪党と話す言葉などない! ピリカを返せ!」


 男は聞く耳を持たんと言わんばかりに、怒りを露わに何度も何度も剣を打ち付けてきます。

 あまりの剣幕にロイドがやや圧されているのが分かりました。

 まずい、これは何とか落ち着いて貰わねば。

 どうするべきか必死で頭を回転させていると、そこへ、


「違うの、お父さん! この人達は、ピリカを助けてくれたの!」


 と、ピリカが叫びます。

 男性はピリカの言葉に目を丸くして、怪訝そうな顔でロイドと私を順に見ます。

 気持ちは分からないでもないですが、それよりなにより。


「「……お父さん?」」


 何とも間抜けな響きで、私とロイドは同時にそう呟きました。

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