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第十六話「彼女はヴィオの兵士さん」


「いや、本当に助かりました。あのままだったら餓死するところでした」


 湖のほとりでたき火を囲い、マーチが獲った魚をたらふく食べ終えた女兵士――――アリアと名乗った彼女は、にこにこ笑顔でそう言います。

 結論から先に言いますと、助けました。

 やっぱりほら、いくら敵対している国の兵士と言えど、あのまま放置するのは寝覚めが悪いですからね。

 ただやはり身の危険は感じるのでサジェスの民である事は伏せています。

 ……こんな場所に何故、なんて問われたらどう返したものでしょうかね。


 そんな風に思いながら私はアリアが脇に置いたロングソードをちらりと見ました。

 手入れの行き届いたロングソード。持ち主が大事に扱っているのが良く分かります。

 彼女の剣術の腕前がどうかは分かりませんが、道具を大事にしている人に道具は応えるもの。うーん、厄介。出来ればこのまま、何事もなく別れたいものです。


「しかも獲ったばかりの魚まで頂いてしまって、何とお礼を言ったら良いか」

「いえいえ、たまたまですよ。そんなに気にしないで下さい。ねぇ、マーチ」

「そうそう、たまたまっスよね、お嬢。でも姐さん、空腹で動けなくなるまで一体何をやっていたんスか?」

「ああ、それは……」


 尋ねると、アリアさんは顎に手をあてて、答えあぐねている様子。

 何か聞いたらまずい事を聞いてしまったのか。


「……実はこの辺りにサジェスの兵士が入り込んでいましてね。それを探していたのです」


 ぎくーん。

 思わず硬直しかけた身体を何とか抑え、私とマーチはサッと目で合図をします。


(緊急案件!)

(絶対回避!)

 

 目と目で伝わるそんな会話。

 マーチとはそれ程長い付き合いではありませんが、こういう時の意志疎通が出来る程度には慣れてきた模様。

 とりあえず、さも大変そうだと言わんばかりの表情を作っておきます。


「それはそれは、恐ろしい事で……」

「ええ。ですが、ご安心を! サジェスの悪漢共にもし遭遇しても、このアリア、命の恩人には指一本触れさせません!」


 その悪漢共に今、絶賛遭遇中なんですけどね。

 ともあれアリアさんは胸を叩き、何とも頼もしい笑顔でそう言ってくれました。

 それから少しして。


「そう言えば、お二人はどうしてこんな森の中に?」


 ぎくーん。

 本日二度目の身体の硬直――手前。

 今回も何とか抑えながら、私は良い感じの設定を頭の中で捻ります。

 兄弟――にしては顔が違い過ぎているし、かと言って親子――なんてのも年齢的に無理がある気がする。

 マーチに助け舟を求めるように視線を投げかけると、奴はとても優しい表情になりました。

 浮かばないです。

 そんな言葉が伝わってきました。

 まぁもうどっちでも良いや、何故ここにいるか……いるか……。


「え、ええと、その……実は私達……」


 しどろもどろになっていると、突然アリアさんがハッとした顔をしました。


「……もしはお二人は、駆け落ちを……?」


 その手があったか!

 アリアさんから提示されたアイディアをそのまま使おうと口を開きかけた時、


「お嬢ー! お嬢ー! どこですか、お嬢ー!」


 ……ランの声が聞こえてきました。

 ああ、タイミングが……。


「……お嬢? そう言えば、先ほど彼もあなたの事をそう呼んでいましたね」

「え、ええ、はい。ちょっと家の事情でそう呼ばれていまして」

「家の……ですか」

「ええ、家の」


 これは嘘ではありません。事実です。

 誰が呼び始めたのか覚えていませんが、ランやロイド達だけではなく、領民の皆も私の事をそう呼ぶんです。

 変にかしこまった呼び方よりもずっと良いですけどね。

 そのおかげで、家族以外に名前で呼ばれる事なんて、王城に来る前はほとんどありませんでした。

 ……いやヴィオ王国に来てからも同じですね、そう言えば。

 たまに名乗らないと自分の名前を忘れてしまうやも。


「あ、いたいた、お嬢!」


 そんな事を思っていると、森の中からランが軽快な動作で飛び出してきました。


「お嬢、良いニュースです! 何と老師が、お嬢とランちゃんの武器を見つけてくれましたよ!」

「えっ本当ですか」

「はい! ほら、見て下さい! ランちゃんの本!」


 それは武器ではないのでは。

 やたらと分厚い本をランは見せてくれますが、まぁ、鈍器としてなら……。


「お嬢の武器もありましたよ、はい!」


 そう言ってランは剣を見せてくれます。

 その……サジェス王国の紋章付きの。

 いえ、言い訳をしますと、これは支給品なんですよ。一般の兵士よりちょっと品質が良いかなーってくらいの剣なんですが。

 ランはそれを私とマーチに見えるようにしっかりと掲げてくれました。

 当然のことながらアリアさんの目にも入ります。

 私とマーチは錆びついた扉のように恐る恐るアリアさんの方へ顔を向けます。


「……………サジェスの兵士が、入り込んで」


 ぽつりとアリアさんは呟きました。

 それから人差し指でゆっくりと、私とマーチ、それから剣を順番に指します。

 私たちは笑顔のまま、たらり、と冷や汗を流しました。


「あれっお嬢、この方はどなたです?」


 ランの明るい声だけが、やけに大きくその場に響きました。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それから、しばし。

 湖のほとりにて。


「うう、何と、何と非道な……!」


 焚火を挟んで向かい側に座ったアリアさんが号泣しています。

 ハンカチ……はないので、そっと差し出す物がないのが切ないところ。

 実はあの後、すわ一触即発かという雰囲気にまでなったのですが、やって来たランがいつもの勢いのままに私達の事情をアリアさんに話したんですよ。

 その話の上手い事。語り部とも言うのでしょうか、ランは確かに事実を話しているのですが、心に訴えかけるような声量、感情、そしてノリを駆使し――その結果がご覧の通り。


「事情については、相分かりました。そして、例えあなた方がサジェスの者だとしても命の恩人には変わりありません。あなた方の事は決して、人に話さぬと約束しましょう!」


 アリアさんはそう言うと力強く胸を叩きました。

 それは有難いのですがヴィオ王国の兵士として大丈夫なのかしら。

 そんな風に思いましたが、敢えて言葉にはしません。気が変わったら一大事ですし、お礼を言っておくだけにしましょう。

 

 その後、アリアさんは元気に去って行きました。

 口約束を反故にしてヴィオ王国に報告行くのでは――なんて考えも浮かびましたが、まぁ、それで外に出ても、今度は結界が阻んでくれるはず。

 幾分心配ではありましたが、結界を信頼しておく事にします。

 

 しかし、ああ、生きた心地がしませんでした。

 初遭遇のヴィオ王国の兵士が良い人っぽくて良かったです。

 ほっと一息ついたあと、私達は湖で魚をもう少し獲って、大樹のふもとの家へと帰りました。


 ……まさかそこで、道迷って川に落ちたアリアさんが偶然居合わせたロイドに保護され再会するとは思いませんでしたけど。

 どうやら彼女、相当の方向音痴のようです。


「気が付いたら皆迷子になっているんですよ」


 なんてアリアさんは言っていましたが、恐らく逆だと思われます。

 今回も数人で調査に来ていたらしいのですが、アリアさんだけがはぐれてしまった――本人曰く周りがはぐれたとの事ですが――そうです。

 帰り道も分からず、かと言って私達が仲間の元へ送り届けるわけにもいかず。

 困っていたところランが、


「なら、しばらくここで暮らせば良いのでは?」


 なんて提案をしました。

 いやいや、それはさすがにまずいでしょう――と、思っていたんですが、


「それは有難いご提案!」


 アリアさんがとても乗り気でした。

 ヴィオの兵士としての彼女の将来が聊か心配ですが、そんなわけで、私達に新しい仲間(仮)が増えました。

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